番外編 陛下からのお使い……予想はしておりましたけれど 三十六
レクシャがいなくなり、ベレンは改めてラルコーを見おろした。
「ロネーゼ、お前は寝ていろ。あとで俺が交代する」
「はい。でも、ラルコーにはいま聞いておきたいことがあります」
「疲れがたまっているだろう。一度区切ったほうがよくないか?」
「ありがとうございます。でも、逃せない機会です」
「いいだろう」
ベレンが認めてくれたのを幸い、私は一歩ラルコーに近づいた。ラルコーはあいかわらず縛られて床に転がされている。さすがに、すぐには自由にできない。
「あなたがやろうとしていることは、ご家族も知ってらっしゃるの?」
「ああ」
「賛成してる?」
「してるんだろうな」
姉の仇にこだわるわりには投げやりないいぐさだった。
「なにそれ?」
「ドブまみれの死体が修道院からつき返されて、父上も母上も放心状態だよ。遺体に竜みたいな模様がついてるせいで、司祭からも葬儀を断られた」
陰謀に敗れた人間の、無残な最期だ。彼女だって、陰に陽に私を罠にかけようとしていた。お互い様ではあるものの、とりたててラルコーに主張する気にはなれなかった。
「ご兄弟姉妹は?」
「いない」
つまり、ラルコーが子爵家最後の一員となる。
「私だって、子爵家が名誉を回復したらあなたの気が晴れるとは思ってない。たとえレクシャと結婚しても」
「どういう意味だよ」
ラルコーは苛だちを隠そうともしなかった。
「私を殺さないと先に進めないのでしょう?」
「ああ、よくわかってるじゃないか」
「ロネーゼ……」
ベレンが顔をしかめた。
「本音をはっきりさせておいたほうが、私としてはやりやすいです。こんな状況で私を尊敬しますなんていってたら首をねじきってます」
平然と私は述べた。
「ふんっ、せいぜい寿命の心配でもしてろ」
「お肌の心配が先です。師匠、終わりました。ありがとうございます」
「こういう状況だから、俺もこいつも一階からでるわけにはいかん。すまんが我慢してくれ」
「大丈夫です。ちょっと失礼します。手鏡はもどしてもいいですか?」
「ああ」
手鏡を拾い、私は洗面所にはいった。まだメイクも落としてないし、髪も結ったままだ。
ベレンの性格からして、できるだけ私を寝かせておくつもりだろう。宿屋のときと同じ理屈だ。私としても逆らうつもりはない。
子爵夫妻がラルコーの説明どおりなら、レクシャは簡単に家宝を盗んでくるだろう。打ちあわせめいたこともできない。無関係な第三者……それこそ冒険者など……を雇うのもこの時間帯と制限時間ならまず不可能だ。




