ニ、救世主!? でも庶民よりひどい生活環境ですわ! ニ
バル殿下ほどじゃないものの、私よりずっと背が高い。だから、追いつくには小走りしなければならなかった。
「わっ!」
岩につまずいた私は、両手を前に投げだしながら転んだ。
「よく転ぶやつだな」
肩ごしに、ベレンは顔だけむけてきた。
「す、好きで転んでいるのではありません!」
むきになっていいかえしつつ、たとうとして右足首がぐにゃっとまがった。宮殿から追放されてそのままだったせいで、ずっとハイヒールだった。さっき転んだはずみで、ついに右のかかとが折れてしまった。
「い、痛い……」
足をくじいてうずくまる私に、肩をすくめたベレンは近づいた。そして右手をだす。
「あ、ありがとうございます」
ベレンの右手をとって姿勢をたてなおしたものの、足を引きずらないと歩けない。
「しかたないな。待ってろ。すぐもどる」
「はい」
ベレンは私を残して丘をくだった。急に、ぽつんと一人とりのこされた。どうせすぐにもどるといったらもどるのだろうから苦にはならない。精神的には。
ベレンがいなくなって少ししてから、二、三匹の狼が現れた。こちらをじっと見つめながら、ゆっくりと私を中心に円を描くようにして歩いている。不安にかられる時間もあればこそ、たちまち十匹近い狼に囲まれた。まだ遠巻きながら、その気になればすぐさま襲える。足が思うように動かず、男がいなくなった私は絶好の晩ごはんということか。
へたに騒いで狼を刺激したくない。ベレンが一刻もはやくかえってくるよう、心のなかで祈るしかない。
狼がいっせいに私めがけて走ってきた。思わず目をつぶった直後、ひづめが土を蹴る音がする。目を開けた瞬間、私に牙をむけて飛びかかった狼が背後から馬に蹴ちらされた。手綱をさばくベレンは馬脚をゆるめないまま私の真横まできて、すくいあげるように左手で私を持ちあげたかと思ったら一直線に狼の輪をつきぬけた。それから馬主を巡らせた。
あっけにとられた狼達は、いっせいにほえながら追いかけてきた。ベレンは私を自分の前に横むきにのせ、馬の両脇腹を強く蹴った。ときどき小枝や蔓草が私にもベレンにもひっかかりかけたものの、勢いまかせに引きちぎりながらベレンは馬を走らせつづけた。
丘陵地帯をぬけると、石畳の広い街道にでた。まばらだけど人の姿がある。