番外編 陛下からのお使い……予想はしておりましたけれど 二十九
せめて、そぶりでも見せたらよかった。
国王が『自覚に欠ける』とまでいいきった以上、父の政治生命はおしまいだ。
もっとも、背景には王室の財政難もあった。あまりにもぜいたくな暮らしを繰りかえし、つまらない儀式や作法に莫大なお金を使う。もとは、王の力を保つためにわざとやっている面もあった。いつしか手段と目的がすりかわってしまっていた。
安直で確実な解決策は、足りないぶんを誰かから奪うことだ。たとえば家臣の取りつぶし。私財没収、領地召しあげ。
「そなたの賢明さに免じ、ボネス伯爵の処遇について意見を述べるのを許す」
「陛下、ご厚遇を心より感謝いたします」
お礼を口にだしつつ、私の腹はもうきまっていた。
「それでは申します。もはや私は伯爵家の人間ではございません。実家になんの未練もございません。しかしながら」
急いで私は言葉を継いだ。
「庶民のなかには、伯爵家とお仕事のつながりをもって生計をたてている者もおります。せんえつながら、今私が身につけておりますこの衣服も」
私は、心もち胸をそらせた。一角獣と少女がまちがいなく国王の目にはいった。
「これなるはビヨット衣料品店というお店の手になる技でございます。私が追放されましたおり、ぼろぼろになってしまったものを伯爵家とのおつきあいに免じて特別に直されたものでございます」
「ならば、伯爵当人はともかくつながりのある人間にまで累をおよぼすなと申すか」
「御意」
これは、国王にとって意外だったろう。私があべこべに実父を追放し、誰かを婿にして伯爵家の実質的な当主になるのを予測していたはずだ。
こうなれば、国王からすれば、伯爵家をつぶすのにもはや障壁はない。
「王子のことといい、そなたは無欲だな。なにか望みはないのか?」
腹に一物ないのかという意味だ。
「この二か月、庶民として貧民から富豪までのひととおりを体験いたしました。なにからなにまで貴族とはまるでことなる生活で、私はそちらを学び尽くしたいと願っております」
「宮殿の模擬店遊戯とは意味がちがうのだぞ」
「まことに仰せのとおりにございます。なればこそ、学びになります」
「よかろう。そなたはもはや王子の婚約者ではなく、伯爵家の血縁でもない。しかし、王子や伯爵家とかかわりあった者らはすべて無罪といたす。両名とも異存ないな?」
「御意」
私とベレンは同時に答えた。
「よろしい。大義であった」
話が終わった。私達は、ふたたび型どおりのお辞儀をして退室した。




