番外編 陛下からのお使い……予想はしておりましたけれど 二十七
私はあえて聞かずにすませていた。よくはわからないものの……いや、よくわからないからこそ触れてない。師匠の息子にしてかつての親友、つまりブロンゾをあんな形で失ったのだから。
「はい、ございます」
「予の所望を伝える。一度きりゆえ、よく聞いてよく考えたうえで答えよ。そのサファイアを予に渡せ」
これは、無体というほどではない。むしろ妥当だ。あくまで国王の立場になるなら、だが。
「かしこまりました。ご要望、つつしんで実行いたします」
ベレンはあっさりと答えた。葛藤や不満があるのは、誰にでも想像できるだろう。にもかかわらず、徹頭徹尾なんの表情もうかばず口調もかわらなかった。
「よし。そなたの決心に対し、礼を述べておこう。しかし、予が果たすべき責務はもう二つある。ロネーゼ」
「はい」
ここからだ。
「バルがそなたとの婚約を破棄したのは、まことに浅慮であった。バルは身も心も恥にさいなまれておる。だが、そんなバルにも父としての愛情は尽きておらぬ。ロネーゼよ、バルを許す気はないか?」
これは、遠まわしにバルと復縁しろという意味だ。
私の気持ちを無視するなら、バルの名誉は大幅に回復する。偽聖女の悪事を暴露した人間が、許すばかりか結婚するのだから。
ベレンは、サファイアの件を考えに考えぬいたことだろう。私にも打ちあけてくれたらいいのにという、嫉妬めいた感情もあった。でも、彼が決断すべきことだったのにはかわりない。
だから、私も決断せねばならない。
「まことに申し訳ない次第ながら、お断りいたします」
一字一句、私ははっきりと発音した。近衛騎士達の鎧が、かすかにがちゃついた。
「なぜだ。それほど腹をたてたのか?」
「いいえ。もう落ちついております」
「ならば、なぜだ」
「私には……私には、もう愛している殿方がいるからでございます」
「ベレンか」
国王は、こういうことでも明察なのをしめした。
「御意にございます」
「あえて明かす。そなたとの婚約が復縁しなければ、バルは王族としてすべての、かつ最終的な責任をとらねばならぬ」
それが自殺であるのはわかりきっていた。
「よく存じあげております」
「それでもなお、断るのか?」
「はばかりながら、殿下のご身命をお救いする手だてがほかにもう一つございます」
「なんだ」
食いついてきた。次の一言が勝負になる。
「恐れながら、陛下は殿下だけでなくすべての国民の父にございます」
建前として、それは広くとおっている。
「そうだが、だからどうしたのだ」
「先にベレンが献上することになったサファイアには、ブロンゾも封印されております。陛下がサファイアをご所有なさるかぎり、ブロンゾはサファイアのなかで生きていることになります」
「ブロンゾが?」
「はい。偽聖女の件につきましては、ブロンゾはより積極的に悪魔と手を組んでおりました。しかし、陛下は大空のごとき寛容さでブロンゾには死罪をおだしになられませんでした」
「……」
本当は、どうなるのかはっきりしない。どうせはっきりしないならこちらから先手をとる。
「ならば、ブロンゾよりずっと罪の軽い殿下をお許しになられてはいかがでございましょうか。陛下の寛容さを広く国民に知らしめることになりますれば」
「バルはそなた達の前で腰を抜かして逃げたが、不名誉極まりないぞ」
「それは幻覚でございます。偽聖女が、苦しまぎれに殿下の名誉を汚そうとしたのでございます。陛下はご賢察あそばされ、偽聖女のつまらぬ悪あがきを打ち砕かれました」
私が口を閉じると、国王は玉座のうえで右拳をあごにあてた。眉根にしわをよせ、黙りこんだ。




