番外編 陛下からのお使い……予想はしておりましたけれど 二十五
全裸になれば、ほんの一瞬でも隙はできる。刺客はどうせ男ばかりだろうからなおさらだ。
「クククッ……アハハハハハハ!」
「わ、笑わないでください! 私は真剣なんです!」
「いや、すまなかった。王様が仰天する様子をつい思いうかべてしまった」
それなら、わからなくはない。でも……。ぶーっ。
「そう口をとがらすな。悪かった」
「怒ってません」
「怒ってるだろ」
「怒って……いたっ!」
馬車ががたんとゆれて、唇を噛んだ。
「大丈夫か?」
「なんともないです」
「血がでてるぞ」
「ええっ!?」
「みせてみろ」
自然と唇を彼にむける姿勢になった。ベレンは私におおいかぶさるように、その……。両腕を私の背中にまわして、その……。
キスをしたの! キス!
「い、いきなり……なにするんですか!」
「いや、無事に帰れるかわからないからいまのうちに……」
「まるで、今生のわかれみたいじゃないですか!」
「これしかないって思ったんだよ」
「どうせならもっといろいろな機会があったのに……」
「一回目はなかなか決心がつかないもんだよ」
一回目じゃないし。
「恋愛音痴のトーヘンボクと思ってたのに、ズルいです」
「恋愛音痴? トーヘンボク? この俺が?」
「えっ?」
「えっ?」
思わず私達は見つめあった。
「ひょっとして……俺の気持ち、わからなかったの?」
「なんですか、俺の気持ちって」
「そりゃ、昨日宿屋でお前がいっしょに寝るっていったときに俺は受けいれたし……寝いる前に俺が背中を寄せても嫌がらなかったし……」
「そんな感覚、まったく意識できなかったんですけど。寝ぼけた師匠に蹴とばされはしましたよ」
「えっ? すまなかった」
「いいんですよ、それは」
おかげで貴重な初体験になったし。
「お前、自分が恋愛音痴なんじゃないのか?」
王子まで手玉にとったこの私に! なんたる暴言!
「師匠にはいわれたくありません!」
「じゃあ、お前はどうだったんだ?」
いきなり質問されて、怒りがきゅうに吹きけされてしまった。
「そのう……ちょっとずつはそうなってましたけど」
「なら問題なかったな」
「そういう問題じゃありません! そもそも恋愛っていうのは……」
馬車がとまった。カーテンをかすかに開くと、宮殿を囲む壁があった。かつては当たり前に見おろしていた光景だと自覚するのに多少の時間がかかった。
馬車は門で一度とまり、衛兵と簡単な会話をへてからふたたび走りだした。『王冠のサファイア』が二つ三つは入りそうな中庭をぬけて、とうとう正面玄関までやってきた。




