番外編 陛下からのお使い……予想はしておりましたけれど 十八
両者のあいだには車道と歩道が同心円をなしている。馬車にせよ徒歩にせよ、植込みで咲き誇る青紫や赤のサフィニアを愛でつつ噴水で目を休められるのは楽しいしくみだった。
「ここからは、しばらくばらばらですね」
「ああ。ほら、金だ」
遊びで泊まるのではないから、これも立派に経費の内だ。
「ありがとうございます」
「一応いっとくが、知らない奴が面会にきても無視しろよ」
「はい。師匠もお気をつけて。トリンジ殿、よろしくお願いします」
「うむ」
馬から降りて、私は中庭の歩道に進んだ。トリンジ達は回れ右してホテルを背にした。
ホテルに入り、フロントでお部屋を頼んだ。偽名と偽住所で。三○二号室だって。予約はなかったけど、平日だし観光の季節でもないから簡単だった。宿泊代はそれなりの金額がした。このさいかまっていられない。ちなみにあと払い。いちおう、ベレンから支払われたお給金で十分足りはした。経費で賄ったけど。
鍵をあずかってから、まず売店にいった。フロントと同じく一階にある。
こうしたホテルは、それこそいろいろなお店を抱えている。大げさにいえば小さな商店街を抱えているようなものだ。集まったお店の格式はホテルのそれに比例する。なんてことは二か月の貧民生活や、円形闘技場での興業主同士の会話で自然に知った。
宮殿にいたときは、必要な品は侍女なりメイドなりに一声かければよかった。ベレンといたときは、お買い物なんて自由にできるはずもない。
だから、自分の稼いだお金で買い物するのは生まれて初めて。
色とりどりの看板が通路ぞいにならび、甘かったり辛かったりする香りがたゆたっている。
時間が押しているので、お化粧の道具とバッグとお財布と扇子を買った。バッグは謁見するときにはよそにあずけないといけないものの、あったほうが心強い。
そして、もう一つ。解毒剤も買った。麻痺だろうと致死だろうとなんにでも効く。ベレンの分も。貴族なら当然の用心だ。毒が効きはじめてからでは手遅れになるのも想定して、あらかじめ飲んでおくものにした。まさか徹夜で謁見するはずはないだろうけど、念のために予備も買った。
私は悟った。お買い物って……すごく楽しい! お金はあるのに時間がないから駄目なんて、残酷すぎる。あれも買ってみたい、これも買ってみたい。
いや、むしろ時間がないことがいいのか。浪費と破産は貴族につきものなんだし。はじめてのお買い物がこのくらいですんだのは、ある意味で幸運だ……欲しいものは欲しいけど。
うしろ髪を引かれるような思いで買い物袋を手にして、ロビーに帰った。さっそく荷物持ちさんがきて、ご用聞きをしてきた。お礼をいってから買い物袋をあずけ、階段をあがる。
三階へあがり、荷物持ちさんにはチップをだした。さらに、美容師さんを呼ぶようにフロントへの伝言をお願いする。先にお風呂にはいるから、その分ずらした時刻を指定しておく。荷物持ちさんは丁寧に復唱してから去った。




