一、これが因果応報!? いまに見てらっしゃい! 六
殿下か聖女かが、とうに根回しをすませていたにちがいない。
「そうですか。それは失礼しました」
力のぬけきった声で答えた私は、回れ右した。馬車はとうにいなくなっている。
ここは街からはなれた丘陵地帯。使用人にかしずかれた生活しか知らない私に生きのびられる場所じゃない。
おまけに夕ぐれがせまっていた。狼の遠ぼえまで聞こえてくる。
死にたくない。生きていれば、まだ逆転の機会はある。希望を捨てないことだけが、私に許された行為だった。
そう。間接的にせよ王子をたばかったのだから、処刑されてもおかしくない。そうならなかった理由は簡単だ。正式に断罪すると、王子自身が私の策謀にだまされたのを認めてしまう形になる。いろいろとまずい。彼からすれば、私が自発的に身を引いたとかなんとか建前を連ねるのだろう。一方で、私の実家にも圧力をかける。私は黙って野垂れ死にするしかなく、だれにとっても都合がいい。私以外は。
なら、都合よく死んでなんかやるものか。いっそのこと暴露文でもバラまいてやりたいが、あいにく羽根ペン一本持ってない。
また狼がほえた。木もれ日が少しずつ消えていく。あてもなく歩いているくせに、速さだけは増していった。
そうして私はいくつか連なる丘の一つを、てっぺんまで登ってきた。断崖絶壁の下は川。
ああ、いつだったか家族でここにきた。ふんわりした敷物……色とりどりの野菜やお肉を挟んだパン……冷たい果物のジュース。
使用人は、私がなにか欲しいといえばすぐににこにこしながらだしてくれた。父も母も笑っていた。
死にたくない気持ちはますます強くなっているのに、なぜか崖から飛びおりたい気持ちも同じくらい強くなった。絶望が濃ければ濃いほど、反動で生きのびたくなる……逆はない。つまり、絶望こそが主従の主とようやく理解した。
処刑台を進むようなつもりになりつつ、断崖絶壁の境目に一歩また一歩と近づいた。
沈む太陽を拝み、最後の一歩をふみだそうとしたとき。
いつのまにか、一人の男が私から少しはなれて横にいた。身なりからして庶民なのはまちがいない。私よりは年上だが、まだ十分若かった。肉づきこそやや貧相なものの、すらっとした体格にそこはかとない気品がある。面長で、短くかりこんだ明るいサンゴ色の髪には清潔感があった。そして、細ながく鋭い目つき。
男は腰に剣を帯びていた。私の片腕より少し長く、鞘には飾り気がない。私をまったく無視して柄に手をやり、抜いた刀身を水平にして夕陽にさらしている。
流れるような手さばきで、男は剣を素振りした。まず上下、ついで左右。手なみのよしあしは、私にはわからない。しかし、最後の一ふりで刃が夕陽をまっぷたつにした。かに見えた。
「ふむ。まあまあか」
青年は抜き身の剣をためつすがめつそうつぶやいた。