番外編 陛下からのお使い……予想はしておりましたけれど 七
不安が心の中で渦巻いている。その一方で、疲れきっていてもう意識を集中できない。
とにかく寝たい。あっという間に意識が飛んだ。そして叩きおこされた。正確には蹴りおこされた。ベレンの右足が私の背中を。
右手で目をこすりながら首を左側に曲げると、案の定ベレンは両手両足を投げ出すようにして幸せそうに眠っていた。ひどい寝相の悪さだ。手足を元の位置に戻しても、どうせまたドスンバタンを繰りかえすのだろう。
弟子の私が師匠の行く末も含めてあれこれ悩んでいるというのに。二重にけしからん。
どうしてくれようかと悩むうちに目がさえてしまった。いまさらベレンを起こしたところで、私の眠気が回復するわけでもない。とにかく背中に彼の足が当たったままなのは重いしうっとうしい。だから、一度ベッドをでた。
そして気づいた。すっかり忘れていたけど、髪を手入れをせずに寝たからぼさぼさのグシャグシャだ。
とにかく、私には二つの選択肢しかない。だらしなく広がった師匠の左腕を枕のかわりにするか、床で寝るか。
あれ? 待って。彼の腕を枕にするって、なんだか恋人同士みたい。いやいやいや。起きたときに誤解を招くというか。招いて欲しいというか。
思案投げ首。床にたちつくしたままの私の耳に、全く予想だにしない物音が届いた。暖炉から、なにかが煙突を伝ってこちらに近づいてくる。
まさか、あの騎士が……? でも、野良犬か野良猫かもしれない。ヘタにベレンを起こしてヤブヘビだったらどうしよう。
ランプは相かわらず部屋を照らしていた。煙突の音は、かすかながらも少しずつ大きくなってきている。
やっぱりおこそう。
布団ごしにゆすったら、ベレンは軽くうめいた。
「師匠、煙突からだれかきます」
耳元でささやくと、ぱちっと目をあけた。両手をついて勢いよく上半身を跳ねると、はずみで私達の唇があわさった。
「んーっ!」
仰天! 驚愕! 衝撃! ナニシテルンデスカ! どさくさ紛れに! で、でも……これはこれで悪くないかも……。
いやっ! 悪い! 正真正銘、私の初めて……のキス……が! もっとロマンチックなのがよかったのに!
「どうした、敵か?」
自分から顔をはなして、ベレンは聞いた。余韻もクソ……あら、ごめんあそばせ…… もない。まさか、寝ぼけていて覚えてない……?
「だ、暖炉から……」
ベレンは即座に剣をぬき、私を軽く押しのけた。暖炉のすぐ近くで身構える。
「ロネーゼ、さがってろ」
「はい」
ベッドの反対側……戸口から数歩の場所まで、私は音をたてないように歩いた。
暖炉から、人の頭がぬっとでてきた直後。ベレンが相手の喉元に剣をつきつけ、私の背後でドアがあいた。反射的に振りむいた私と、フードをかぶった誰かが対面した。その背後に、つまり廊下にもう一人……トリンジがいた。
「きゃあああっ!」
じかに暴力を意識させられた場面は、生まれてはじめて。人が恐怖で悲鳴をあげる気持ちが素でわかった。




