番外編 陛下からのお使い……予想はしておりましたけれど 六
そういえば、闘技場からずっと甲冑姿だった。あっという間に汗が湯気になり、室内が男くさくなる。シャツやズボンは身につけているものの、べたべたになっていた。窓を……私の頭くらいの大きさしかない……開けたい。
「敵意のあるやつがくるとは思えないが、簡単なノックの仕かたを伝えておこう。連続二回、間をおいて一回だ。大事な要領だからちゃんと覚えろよ。あと、俺がでたら絶対に鍵をかけろよ」
「はい。連続二回、間をおいて一回」
「よし」
ベレンは部屋をあとにした。鍵をかけてから、ぽつんととりのこされた私はふってわいた一人だけの時間を……ほんのわずかなものにすぎなくとも……なにかしら役だてようとした。
なにも浮かばない。とりあえず窓は開けた。
そもそも、偽聖女に仕かえしする一心でここまで耐えぬいてきた。それを果たしたいま、次の目標をどうしたらいいのだろう。
最初は、ベレンとの旅を楽しもうと……こういった『出来事』もふくめて……思っていた。けれど、予想よりはるかに速く国王から使いがきて目まぐるしく状況がかわってしまった。のんびり旅情にひたっていられる場合じゃないし、終わってからまたとりかかれる保証もない。
なら、生きのびることだけを果たすしかない。正直なところ、人生最大の山場をのりこえたのだからゆっくり休みたいのに。甘いといえば甘いのだろう。
ドアがノックされた。連続二回、間をおいて一回。
「はい」
「師匠だ」
すぐに鍵を外した。
「どうぞ」
「待たせたな」
部屋に踏みこみしな、師匠はタオルを一枚渡した。新品だ。
「せめて、タオルくらいは新しいものを使えよ」
「ありがとうございます」
こういう気づかいは自然に受けいれることができた。
「では、いってきます」
「ああ」
私が部屋をでると、背後で鍵がしまる音がした。
お手洗いはすぐにわかった。掃除もされていて、少なくとも思ったより清潔だ。明かりもある。でも、二つしかない個室の前に据えられたポンプ井戸に小さなバケツがかけてある。これで手を洗ったり身体をふく水を確保したりしろということだろう。いや、そもそも二階にまで井戸があることは宿の規模からすれば破格の『高級施設』だ。
個室は、ちゃんと鍵がかかるようになっている。ただし、便器はない。床に丸い穴が開いている。暗くて穴の底が見えないのはとてもありがたかった。個室のドアの裏側には、服やリュックをかけるためのフックがある。フックには、香草を束ねた紐がつりさげてあった。おかげでニオイは気にならない。ほかは紙だけ。
バケツに水をくんでから個室にはいり、ドアをしめて鍵をかけるとまず深呼吸した。バケツを床におき、タオルを浸してから服と下着を脱いでフックにかける。あとはひたすらふく。とっととふく。ついでに腰とお尻ももむ。作業しながら、ふと汗のにおいを感じとった。ベレンのだ。どうして私は赤面するんだろう。この先はただ寝るだけ。うん。さわりもさわられもしない。ベッドは狭いものの、ぎりぎり端っこによればどうにかなる。
どうにか身体をふき終わり、使い終わった水は穴に捨てた。服を身につけて個室をでてから、バケツを返して部屋に帰る。ベレンと同じようにドアをノックして、中にいれてもらった。
「変わったことはなかったか?」
「はい、だいじょうぶです」
本当は、あまりだいじょうぶではない。
「なら、俺はベッドのドアに近い側で寝る。まずないと思うが、万一に備えて剣はかかえておく。お前は俺の反対側だ。あと、ランプはつけっぱなしにしておく」
「はい」
いまさら宮殿暮らしのように寝巻きになれるはずもない。実は、仕事場で寝るときは全裸だった。ベレンが起きる時刻はだいたいきまっているから、それより早く起きるようにしていた。
ここで服を脱ぐのはどう考えてもまずすぎる。しかたない。服のまま寝よう。ベレンもそうするようだし。もっとも、万一に備えるならどのみち裸はまずい。
「師匠、お休みなさい」
師匠と背中あわせになる形で、私はベッドにはいった。
「ああ、お休み」




