番外編 陛下からのお使い……予想はしておりましたけれど 一
円形闘技場をでてすぐ、私達は街をはなれた。ベレンは馬できていて……世話は闘技場の職員がしてくれていた……すぐに出発できたのはありがたい。もっとも、私はまた彼のうしろに横座り。
ベレンは、自分の剣を回収した一方で古代剣は捨ておいた。もちろんサファイアは持っている。元々あれは、ルビーに封印された悪魔が柄頭にはまっていてこそ意味があった。それがなければただの剣だ。
「二、三日ほど街からはなれた宿屋にでも泊まって、身の振りかたをじっくり考えよう」
闘技場をはなれながら、ベレンはもちかけた。
「はい」
化けの皮がはがれた偽聖女を倒して、体力を失わなくてすむはずがない。それでも、なにがあるかわからない以上は仕事場にもどることすらできない。手元にわずかなお金が残っているのはまだしもの幸いだった。
馬にゆられながら、私はふたたび仮面をつけた。ベレンは素顔のままで、これはしかたない。
ベレンは馬の横腹を蹴り、脚を速めた。闘技場はもちろん、仕事場も遠く背後に去っていく。
街からは思ったよりあっさりでられた。もう夕方になりつつある。
「師匠……」
ベレンの背中にしがみつきながら、私は彼の耳元にささやいた。
「ああ……いわなくてもいい。俺も同じ気持ちだ」
街に通じる道路には、まだまだたくさんの人がいる。基本的には日没で城門がしまってしまうから、心なしか速足になっている。そんなときに思わず顔をむけてしまうのが、道沿いにならぶ屋台や小売店だった。焼いた牛肉をはさんだ細長いパンや、串に刺した鳥肉。牛乳と蜂蜜で割ったワイン。
一段落つくと、胃袋はさっそく私達に命令してきた。お腹がすくとはかりごとはうまくいかない。そんなことは鉄則中の鉄則だ。かつては、徹底的なダイエットを通じて食をぎりぎりまで細めてはいた。でも、いまとなってはなぜかたくさん食べたくなってきている。王子の関心をえるために痩せてきたのに、王子と絶縁したとあっては我慢する意味がないというのもあった。もう一つは、庶民……というより貧民……の暮らしぶりを実体験して悟った。もっと強い体力を養わないといろいろな意味で耐えられない。今回の一件は、ある意味で師匠の強さに頼って勝ったようなものだ。それではいざというときに師匠の足手まといになってしまう。
などといったところまで察して『同じ気持ちだ』と口にしたのではないだろう。




