四、虚々実々……細工はりゅうりゅうでございますのよ! 六
むりやり私をたたせるようにして、鼻同士がくっつくほど顔を近づけてくる。第三王子でさえそこまでしてない。
「今後、博打は厳禁」
「はい……」
「帰るぞ」
「師匠……」
「どうした」
「腰がぬけて足がいうことをきかないです」
「陰謀で間接的に一人殺しておいてよくいう奴だな!」
「そんなこと大声でいわないでください!」
しばらく私達は見つめあった。
「しかたない」
「えっ……きゃっ!」
ベレンは私の肩と両足をすくいあげるようにして持ちあげた。お姫様だっこだ。
「ちょ、ちょっと……」
「うるさい。初日からお前にはふりまわされっぱなしだ。ちょっとは反省しろ」
ベレンに叱られるのが、なぜか気持ちいい……わけない! わけない!
ゆでエビさながらに赤くなった私を抱えたまま、ベレンは表通りにもどった。
「も、もう歩けますから!」
「そうか」
いきなりずしんとおろされた。人目は気にしなくてよくなったし、足も動くようになった。彼の手の感触だけはなんとなく残った。
それから数週間。本来の意味での仕事をこなしつづけた。馬の世話から天秤や虫眼鏡の使いかたから記録の整理のしかたまで、毎日みっちりと。試し斬りだけはまだだった。私としても、教わったことを消化するのがせいいっぱいで関心をもつ余裕がない。
ベレンと私の間には、あれから性別を意識したり進展したりするようなことはなかった。忙しすぎるからだ。
御前大会が間近になり、飛躍的に鑑定依頼が増えた。その何割かはビヨットの紹介だった。しっかり恩を売り、まとめて返させるつもりなのだろう。利息をつけて。陰謀家にとって因果応報は鉄則だ。ビヨットが誠実にふるまうかぎり、私もそうする。
気がかりなのは、フードの男が具体的に誰とつながっているかだ。ベレンはけっして教えようとしないし、私が自力で探れるわけがない。あの口ぶりからして、ベレンのような個人営業とはまるでことなる組織の人間ではあるだろう。
「この字はなんて読むんだ?」
白昼の仕事場で、ベレンは眉根にしわをよせた。私が書いてまとめた書類を手にしている。私の危惧に気づくはずもない。
「『柄と刃の接合部に細かいヒビがある』です」
鍛冶屋さん達も、これぞという品を作ろうと焦るあまりに失敗が増えることがままあった。時間をかけねばいいものは作れない。しかし、期日は厳しい。使う人間が完熟する訓練もしなければならない。おまけにライバルの進捗がいやでも耳に忍びこんでくる。
時間いっぱいまでとりかかって結局失敗作だったということもある。それら一連にはほとんどコメントせず、ベレンは淡々と依頼をこなしつづけた。




