ニ、救世主!? でも庶民よりひどい生活環境ですわ! 八
ついで、顔を洗った。宮殿で、銀のお盆に満たされたお湯じゃない。だいいちくさい。目ヤニがとれるだけましか。
「すみません、とても申しわけないのですが……」
着がえおわってから、洗面所をでてすぐに私はもちかけた。
「うん?」
「ゴミ箱を……持っていってもよろしいですか?」
「かまわんが、どうしたんだ?」
「ええと……いらないものを処分したくて……」
「ああ、ドレスを捨てるんだな」
「いえ、それは残します」
「まだ、なにか……ああ、下着か」
納得したベレンはわざわざ口にだした。すばらしいデリカシーだ。
「ベレン様!」
「うっ……い、いや、すまん。俺ももちろん下着はあるが、その……やっぱり女性にはな……」
「私こそ、ついはしたない言葉遣いをいたしました。申し訳ございません」
気まずい沈黙が室内に満ちあふれた。
「と、とにかく、ゴミ箱をお借りしますわ」
「わかった」
できるだけすみやかに、不要な品を処理した。
「すみました。ご不快の念、重ねてお詫びしますわ」
「もういい。それより、師弟の宣誓をしてもらう」
「師弟……?」
「俺の助手になるならそういうことだ。職人の世界のしきたりだ」
「かしこまりました」
「では、席につけ」
「はい」
夕べと似たような配置で、おたがいすわった。ベレンは一枚の紙を私にだした。
「具体的な話はこの紙にまとめてある。伝統にのっとって、俺が中身を一文ずつ読みあげる。異存なければはいと返事して、最後に二人で署名する。それほど時間はかからない。用意はいいか?」
「はい」
「では、第一。私、ロネーゼは刀剣鑑定師ベレンの弟子となり、助手となり、その職務に応ずるところをベレンの命令に基づきまっとうする」
「異存ございません」
第二から第十まで、報酬のとりきめ……師匠の獲得したそれの一割……から就寝時刻にいたるまでを私はすべて受けいれた。どのみち私に逆らう余地はないし、その気になればいくらでも抜け道はある。もっとも、不文律な習慣や干渉もあるにちがいない。
「署名だ」
羽根ペンとインクつぼが渡された。ためらいなく自分の名前を書きしるし、ベレンも同様にすませた。
「これで、俺は正式な師匠だ。したがって、今後はおたくをお前と呼ぶ。お前は俺を師匠と呼ぶ」
「かしこまりました」
「最初の命令だが、そのおおげさな宮殿言葉をやめてくれ。最低限のですますでいい」
地味ながら重要だった。ふだんの言葉遣いはよくもわるくも態度や人柄ににじみでる。精神的な意味でもいったんは宮殿からはなれねばならなかった。




