ニ、救世主!? でも庶民よりひどい生活環境ですわ! 四
丘をくだるとき、あちこちすりむいたり切ったりしてできたミミズ腫れや切り傷がベレンにはできていた。
「ああ、大したことじゃない」
「手はお仕事のために重要ですわ。お水をご用意できますか?」
第三王子を落とした私の手練手管……でもあるが、実は血が苦手な私。陰謀はふつうにするけれど。
私の真相は知らぬが仏で、ベレンは部屋のすみにあった水さしをもってきた。もはや役にたたなくなったハイヒールをぬいだ私は、水さしまで近よった。水さしの口にポケットからだしたハンカチをあてがい、かたむけて濡らすとベレンのかたわらまできた。
「ありがとうございます。失礼ではございますが、おかけになって頂けますか?」
ベレンはおとなしく座った。彼にむきあうように、私は片膝をついてしゃがんだ。
「少し、しみるかもしれませんが……」
かたっぱしから傷口をぬぐうと、ベレンはかすかにうめいた。ハンカチは血と泥で汚れたものの、反比例して手当ては進んだ。
「すみましたわ」
「すまん。ありがとう」
「いえ、もとはと申しましたら私がおこしたことですから」
「そうだったな。まずは事情を聞こう」
きれいになったばかりの手で、ベレンは改めて空いている椅子をしめした。
「はい……いいいっ!?」
思わず右足をひっこめた。床に落ちた鉄クズかなにかがつきささっている。
「しまった……まだ細かいゴミが残っていたのか」
「ど、どうということはありませんわ。それよりお話を……」
「職場が血まみれなのは困る。さっきのお返しだ。座ってろ」
「ハンカチでも巻いておきますから、おかまいなく。メイド……ではなく自分で血もふきますから」
「ここは俺の職場だ。それに、おたくは助手候補だ。だから、俺の命令が先になる」
ずんずん近づいてきたベレンは、さっきと真反対の立場で私の前にしゃがんで足をとった。
「あ……」
痛みより恥ずかしさで、また私は赤面して顔をそむけた。肌ざわりのかすかに硬い手が私の足を包み、たいした抵抗もなく鉄くずが引きぬかれた。一度たちあがって水さしを手にとり、足全体を洗ってからテーブルにおいた。それから、手ふき紙を何枚かまとめて傷口にあてがった。床にしたたった血も新しい紙でふきとり、ゴミ箱に捨てた。
「さて。これでおたがい準備はすんだな」
ベレンは机の反対側の椅子にすわった。急にとても距離が遠くなった。
「はい。それでは、お話いたします」
いまさら隠す必要はなかった。そもそも、私は正式な裁判にかけられないまま追放されているから公的には犯罪者といえない。




