願掛け型
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、「願掛け」の効果をどれほど信じている?
実際に神様の姿が見えない以上、本当に力を借りることができているのか、判断がつかないのが難しいところだよね。とどのつまりは、結果が良いか悪いかで判断するよりない。
私の周りでも、願掛けの効果に関しては意見の分かれるところだ。
願掛けをすることで、神様の加護を得られると考えている人が一部。他には神様など関係なく、願掛けをすることでプラシーボ効果に似た暗示をかけ、自分の力を引き出す役割があるとの意見だ。
否定派は完全に「人事」を期待していてね。現実逃避に過ぎないから、その時間を下準備に振り分けた方が、確度が増すと話して譲らない。
実際の願掛けの効果はいかほどのものか。
私も昔から興味があってね。いろいろと調べた結果、不思議なケースをいくつか見つけることができたんだ。そのうちのひとつ、聞いてみないかい?
むかしむかし。ある道場の剣術師範の孫が、大病を患った。
遠く離れた場所に住まっていたから、すぐには都合をつけて見舞いへ行くことができない。早くても出発は半月後になってしまう。
その旨を伝える手紙を送りながらも、報せを受け取ったその日から、師範は毎朝のように真剣を使った素振りを行うようになった。
これまでも日々の鍛錬として行ってきたものは、基本的に木剣だった。真剣は手入れなどをするものの、稽古初めなどの儀式で、ゴザを試し斬りするとき以外では、ほとんど握ることがなくなっていた。
その刀を握り、自宅の裏手にある庭へ回って、素振りをする。
土の上に正座して、座位からの居合。そこからさまざまな型へと派生させ、形なき相手を打ちのめしていった。
師範が扱う型はちょうど100。間や残心も考慮に入れると、すべて終えるのに、およそ小半刻(約30分)はかかる。それを師範は、少しでも時間に空きができると、100の型へ費やしたのだそうだ。
これは師範なりの願掛けなのだという。半月後までに、毎日この型稽古100を最低でも6回こなす。その太刀筋と体さばきをもって、孫の快癒を祈願するのだとか。
弟子の数名は、その型100種類の一部始終を見たことがある。
そのほとんどが、武器を持った人を想定したものだった。が、ときにとんぼを切ったり、
明らかに顔を突くよりも、高い位置へ切っ先を突き出したりすることがあった。
師範の話によると、この型は古くより伝わるもの。人ばかり相手にするとは限らない時代もあったろうから、単なる曲芸とは言い切れまいとのことだった。
それでも、現代を生きる弟子からしてみれば無駄の多い動きにしか思えず、口さがない者は、古きを何も改めない頑固さの表れだと、影でひそひそうわさをしていたそうなのさ。
そして半月後。師範が出かけるときがやってくる。
付き添いをするのは、近所に住む師範の甥にあたる人物だが、子供のもとへたどり着くまでの10日間は、不思議なことが何度かあったらしい。
いくら空が曇り、雨が降り落ちそうな天気でも、師範が歩いていく先では、どんどん雲が晴れて空の青みが広がっていく。宿につくや、思い出したように天気が崩れていくという有様だった。
その極めつけが、目的地まであと3日となる山中でのこと。
昨日の豪雨からの土砂崩れにより、道が塞がってしまったという話を聞いたときだ。地形の関係もあり、その道を通れないと何日も日をまたぐ、遠回りになってしまう。
かといって、土砂を取り除く人員もようやく集まったばかりで、復旧のめどは立っていないとのこと。甥は遠回りを進言したが、師範はしばらく考え込んだのち、山越えを選択。進路をそちらへ取った。
話で聞いていた通り、道をうず高く積もった土砂がせき止めてしまっている。左右は絶壁が続き、回り込めるような空間は存在しない。いまも土砂の山のあちらこちらで、ふんどし一丁の人足たちが、土をかき出しているところだった。
ひるみかける甥に構わず、師範はスタスタと山の前へ。崩れる恐れがあるから、これ以上近寄らないよう呼び掛けてくる声も、手をあげて制しながら、山のすぐ手前までやってきた。
その顔がくっと上を向いたとたん。
山のてっぺんから「びきり」と音がした。聞き間違いではなく、実際に山へ登っている面々も、「何事か?」と顔を合わせ出す。
次の瞬間。土砂の山は中央から、真っ二つに大きな亀裂が入っていた。切れ始めたるてっぺんこそ浅いものの、根元へ近づくにつれ、その裂け目は大きくなっていく。地上十尺(約3メートル)ほどの高さに至っては、完璧に穿たれて山の向こうの景色が見えていた。人ひとりずつなら通れる幅の、隧道が、そこにできあがっていたんだ。
あっけにとられる皆を前に、師範は「ちと使いすぎたな……」と小さくため息をひとつ。それ以外は先ほどと変わらぬ、落ち着き払った姿勢のままで、できた穴の中へどんどんと入り、通り抜けてしまったんだ。
予定した日数で孫のもとへ着いた師範は、3日ほどその家に滞在。その間も、例の100の型稽古を欠かすことはなかった。
孫の症状は、師範が来てから急激によくなったものの、完全な快復にまでは至らず。左手に弱いしびれが残ってしまったらしいんだ。
「もし、あの山道を通らずにいたら、あの病も治せただろう。だが、一日も早く孫のもとへ向かいたいと思うのは、罪だったろうか?」
帰ったのちに師範は、甥へそう問いかけたそうだ。




