プロローグ
「みんな、おはよー」
ボクこと未司 紅葉の朝は早い。
いつも朝日が昇る頃に目覚め、軽く身支度を整え台所へ。
ボク自身の朝御飯を作りつつ他の皆の分のご飯も同時に用意する。
しばらくすると足元をすり寄り執拗にボクの匂いを嗅いでくるナニか。
「おはよう。クラリス、ビッケ」
「わんっ」
「なーお」
挨拶をするボクに返事を返してくれる二匹の動物。
一匹はゴールデンレトリバーの女の子、クラリス。とても愛嬌たっぷりな笑顔をボクに向けて尻尾をぶんぶん振って顔を擦り付けつつスンスンと鼻を鳴らす。
そしてそのクラリスの背に器用に乗っているマンチカンの女の子、ビッケ。
ビッケは素っ気なさそうな表情でボクを一瞥したあとひと鳴き。
興味がなさそうなフリをしているが、こちらも鼻をひくひくさせ、ちらちらとこちらを見て頭をこちらに差し出しているのを見てちょっと微笑ましい。
「今日も君たちは可愛いねぇ」
そう言ってボクは料理の手を止めて二匹の頭を撫で回す。
クラリスは尻尾の振るスピードがさっきより早くなり、ビッケはごろごろと喉を鳴らす。
「ちょっと待っててね。これができたら朝の散歩に行こうか」
「わんわんっ♪」
「ふしゃー!」
散歩というワードにクラリスは大喜びでそこらじゅうを駆け回る。
ビッケは急に走るクラリスの頭を叩いて抗議の声をあげた。
ーーーーーーーーーーーー
「また、だったね」
「くーん」
「ぐるるるるっ」
「二人とも、そんな顔しないの」
朝の散歩が終わり家に着いたボクたち。
いつものコースを歩いているのだが、人とすれ違うと......さらに厳密に言えば女性とすれ違うと奇妙なものを見る目でボクを見てくる人がいる。
これは物心着いたときからずっとだが、例外を除けば何故かこういう風に嫌そうな顔をされたり嫌われたりされる。
ボク的にはもう慣れてしまったので気にしないようにはしているが、この二匹不満なようだ。
クラリスは終始悲しそうな顔をするし、ビッケに至っては今にも相手に飛びかかりそうな勢いの不機嫌っぷりだ。
「さ、気にせずにご飯食べて忘れちゃおうね」
「わんわんっ」
「......にゃ~」
ボクの言葉に二匹もひとまずは気を取り直そうと思ってくれたのか(ビッケはまだ不機嫌ではあるが)返事をしてくれた。
ーーーーーーーーーー
「いただきます」
「わふわふっ」
「にゃ」
朝の散歩を終えてからは朝食の時間。
クラリスとビッケの分の食事を彼女たちのお皿に盛って、最後にボクたちのも用意をして席に着く。
ボクが手を合わせると二匹もボク(人間)の真似をするのがなんだか不思議な光景だ。
(まるで家族みたいだな)
そうしんみりと考えながらボクも食事に手をつけようとすると玄関のドアが思いっきり開く音が聞こえ、こちらに近づく足音。
「コウちゃんクラリスビッケ、おっはよー!! コウちゃんは今日もいい匂いだなー!!」
席に着きながら元気な声でボクたちに挨拶をするポニーテールの女の子、早乙女 璃里が近くまで来てくんくんとボクの身体の匂いを嗅いでくる。
「前からそうだけど、なんでボクの匂いを嗅ぐのさ」
「んー、昔からの癖、かな? 今じゃ一日一回これやらないとなんか調子狂うんだよね。まぁ細かいことは気にしない気にしない」
「いや、璃里は良くてもボクは気になるから。体臭を嗅がれるのってなんか恥ずかしいし」
「あたしはコウちゃんの匂い好きだけどなぁ。何ていうか独特な匂いがしてさ」
「それ、喜んでいいの?」
「いいのいいの。というわけで、いっただっきまーす!!」
なんだか誤魔化されているような気がするが璃里が気にしないのであれば多少は目を瞑ろう。
そんなボクの考えなど気にせず璃里は席に座り用意しておいたご飯を口一杯に頬張る。
「ん~♪ やっぱりコウちゃんのご飯美味しいよね。ママのより美味しい」
「それは言い過ぎだよ」
幸せな顔をしながら食べる彼女にボクはため息を吐きつつ。
この関係性からも分かる通り、璃里はボクの近所に住んでいる、いわゆる幼馴染みである。
内向的なボクとは違い活発な性格でよくボクを外に引っ張り出したりしてくれたりとすごく世話を焼いてくれる。
そのお返しというわけではないが、こうやって朝練(陸上部)の前の朝御飯、そして昼食のお弁当をボクが作ってあげている(もちろんその分のお金は璃里のお母さんからもらってはいるが)。
「謙遜しないの。早くコウちゃんがボクのお嫁さんになってくれたらな。そしたらこの美味しいご飯を毎日毎食堪能できるのに」
「はいはい、いずれね」
璃里のお嫁さん発言も挨拶の一部みたいなものなのでボクはいつものごとく適当に彼女の言葉に相槌を打つ。
......何故か璃里のお嫁さん発言にはクラリスとビッケの二匹が微妙そうな顔をするのが気になったりするがそこは無視しておいてもいいだろう。
「ごちそうさまー。そろそろ行かなきゃ。それじゃ行ってきまーす!!」
綺麗に平らげ、挨拶もそこそこに璃里は慌ただしく出ていった
「あ、璃里。お弁当忘れてるよ」
テーブルの上に置いてあった璃里の分のお弁当を持っていくのを忘れていたのでボクはそれを持って追いかけていく。
「あ、ゴメンゴメン。これがないとあたしの人生終わるところだよ」
「大袈裟だよ。ハイ」
玄関のところで璃里にお弁当を手渡すとありがととお礼を言って受け取り玄関のドアを開けようとする。
「そんじゃ改めて、行ってきーーー」
ドックンッッッ!!
瞬間、ボクは何か得体の知れないが胎動する音、そして世界が揺れた感覚を味わった。
璃里は気付いていないのかそのままドアを開けるとそこはーーーーーー
「まーす......って、あれ?」
「......え?」
ドアの先の景色はいつものコンクリートなどの人工物は見当たらず、辺り一面鬱蒼と生い茂る木々だった。
「......wow」
見慣れない場所にボクが言葉を失っているなか、璃里はそう呟くのが精一杯だった。