妄想の帝国 その37 人類調整計画 阿保撲滅への布石
極東の先進国ニホンが新型肺炎ウイルスの封じ込め失敗などにより滅亡の危機にあるとのしらせが、世界的秘密組織に届く。他人事のように話すメンバーたちに新参の若者が支援策を打ち出すべきと言い出したが…
とある世界的秘密組織の本部。
地下の一室で会議中のトップたちのもとに、ある一方が舞い込んだ。
「ついに、極東のあの国が駄目になりそうだ。新型肺炎ウイルスの対策に大失敗。感染者も死者も増加する一方、国民総生産はかつてないほど下がり、経済も疲弊している」
「ああ、やっぱり、予測通りね」
「あれだけ愚かな政策を連発すれば当然だな」
簡素だが上質な服を身にまとった中年の男女が、もっともだという顔でうなずいていた。
それをテーブルの反対側で聞いていた年若い男性が不思議そうに尋ねた。
「皆さん、なぜ、そんな落ち着いていられるのですか?世界第二位いや今は三位かもしれませんが、それほどの経済規模を誇るニホン国が破綻する寸前だというのに」
青年の言葉に、初老の男性が答えた。
「ふうむ、確かにニホン国の面積は小さいが経済的影響は大きいな。人口もそれなりに多いことじゃし」
「そうでしょう、なぜ、なんらかの手を打たないのですか。このまま、あの国がつぶれれば世界的な影響が出ます。その前にトップを挿げ替えるとか…」
熱心に対策を説く青年に対し、
「それでよいのですよ、それにこちらから何かする必要はありません、かえって彼らのためにも我らのためにもならない」
という声。
「な、なぜです!放っておいたら、あの国は、民はどうなります!世界の英知を結集したというこの組織で、誰がそんなことを言うんですか!」
憤る青年に落ち着いた女性の声が答える。
「私よ」
声の主を知って仰天した青年は叫んだ。
「ちょ、長老、お言葉ですが、それはいくらなんでも酷すぎます!あの国の民を見捨てるおつもりですか!」
長老と呼ばれる老齢の女性に真っ向から反論する青年に対して、初老の男性は驚きの目を向けた。周りの男女が二人のやり取りの行方を注視するなか、長老はゆっくりと答えた。
「まあ、貴男はこちらに入ったばかりのようで、まだまだモノが分かってないようねえ」
「若くてもモノの道理ぐらいはわかっているつもりです。そうでなければ、この部屋に入室は許されません」
「そうねえ、他のものよりずっと知恵はあるようねえ。では知識が足りないのかしら」
「な、何を知らないというのです」
長老は悪戯っぽく笑って急に話題を変えた。
「この地球の人口はいくらになったかしら」
「すでに70億を超え、資源の枯渇が」
「そうねえ、少し減らさなければ、いけないかもしれないわね」
「た、確かにそうですが、安易に難病患者や老人に対して死を促すような行為は許されません。ましてや少数民族を絶滅させようなどもってのほか。人類をよりよき世界に導くことを目指す、我が組織の理念に反します」
「もちろん、そのようなことはもってのほか。しかし、何らかの手をうたねばなりません」
「だから、資源の再分配や、新たなエネルギーの開発などに、いかに支援を」
「貴男のいうことも、もちろん必要です。しかし別な手段も考えねばなりません。すなわち人口抑制」
「そのとおりですが、それをどのように行うかが長年の問題だと、私のような新参者でさえ知っております」
「ええ、頭の痛い問題です。だからこそ、ニホン国の事例が活用できるかもしれないのです」
「そ、それはどういう?」
「ニホン国が今滅びつつあるのは、なぜですか?」
再び話題を急に変えられたせいか、少し怒ったような口調で若者は答えた。
「決まってます、国の、行政のトップたちが愚かな政策しか行わないからです!しかも州、ではない、県のトップたちも科学的根拠の無い戯言で市民を翻弄しています。第三の規模を誇る大都市の首長など、ある薬品が効くなどと公の場で発言し、買い占めが起こって市場で品薄状態、医療機関がかえって困ってしまうという事態を引き起こしました。製品を宣伝する効果もあったのではないかと疑われる始末です、そのうえ当の首長は謝罪するどころか開き直っているのですよ!法に抵触するようなような行為をしたにもかかわらずですよ!」
「まあ、国のトップからして、そのようですね、あの国は。ですが、彼らは国民から選ばれた、ということになっているのですよ。軍事的クーデターなどが起きたわけではない」
「そ、それはそうですが、あまりにも愚かすぎます。なぜ自分の首をしめるような政治家を選んでしまったのか」
まったく理解できないというような青年に長老は穏やかな口調で
「国民も愚かだからですよ、全員ではないでしょうが」
「な、何をおっしゃるのです長老!彼らは礼儀正しく、清潔で、親切です。それにそれほど愚かなら、どうして世界の経済大国になれるのです!」
驚く青年に長老は
「確かに彼らは優れた面があります、しかし決定的に欠けているところもある。愚かな為政者を放置すれば自分たちが危うくなるということを理解していないのです」
「そ、それは、どういう?」
「なぜかは理解できませんが、トップが法律を知らない、理解していなくてもよいと考えているようなのです、ニホン国の人々は。何度も言いますが全員ではありません。しかし、経営者が商法を知らない、外交官が他国と自国の法の違いとそれによっておこるデメリットがわからない、政治家が国の根幹である憲法を理解しない、それが実際にあるのがニホン国なのです」
「そ、そういえば、社長なのに労働者を雇うための法律をしらないなどといった女社長がいたとか、しかも数々の法を犯しながら、いまだ経営者をやっているなどと。他の先進国では考えられませんが、しかし…」
「残念ながら、それは本当にあったことです。あの国の人々は良い人かもしれませんが、生きていくため、国を運営するために何が本当に必要かは理解していないのです。そのため任意に選んだ他国の政策を真似しているところがあります、自分の国の実情とかけ離れていてもね。その結果、どうしても政策などがつぎはぎになり、全体的におかしなことになるのでしょう」
「言われてみれば確かに。しかし、そのことと今回のウイルス対策失敗が、どうかかわるのですか?」
「わかりませんか?愚かな為政者の愚かな政策のせいであの国は滅びかけているのですよ、つまり阿保を放置すれば大国ですら滅びるということです」
「確かに、そういうことになりますね。ですが、人口抑制にはどのように結びつくのですか?」
青年の問いに、小さなため息をつく長老。しかし、すぐに気を取り直したように
「阿保を放置すれば国が滅びるなら、そのような愚か者はどうにかしなければなりませんよね。何らかの対策をうたねばならない。さらにそんな阿保が増えないようにしなければならない」
あっと青年が小さな声をあげた。
「ま、まさか。いや、そういわれてみれば、そうですね。阿保を増やさない、好き勝手なことをさせない、一番てっとり早い方法は阿保であるとされたものの出産の統制をする、隔離するといったことになる。これは人口統制の一種ということだ。阿保な人間を選別して、その人口を抑制するということですか」
「知能のすべてが遺伝によるというわけではないでしょうけどね。早期になんらかの検査を行い、矯正する。遺伝的な要因があれば、その因子を持つ人間の生殖を管理する必要もでてくるでしょう。場合によっては一種の断種を行うことも」
「かなり人権に踏み込んだやり方ですが、反対は出にくいですね。阿保、愚か者は国を亡ぼす、すなわち人類にとって害悪、脅威となるのですから」
「人類全体にとって脅威となるのなら、なんらかの対処をすることを、各国とも了承するでしょう。いや、そうせざるを得ない。ですが、それを全世界に理解してもらうには分かりやすい事例が必要だということです。すなわち、いままさに阿保で愚かな為政者のために、それを選んだ同じく愚かな一部の国民のために滅びようとしているニホン国は格好の事例となるわけです」
「世界のトップレベルの経済大国の滅亡というのは、インパクトのある事例ですから、阿保がウイルスに匹敵、いやそれ以上の脅威であると示すには、うってつけですね。しかしニホン国の国民の被害は甚大です。いかに愚かとはいえ、放っておいてもよいものでしょうか」
「仕方ありません。中途半端に介入すれば、かえって事態は悪化します。第一、ニホン国は以前にもおなじような目にあっているのですし」
「え、それはどういう?」
「先の世界大戦です」
「ああ、あの原子爆弾を落とされた、アレですか」
「原爆もそうですが、同様の悲惨なことはたくさんありました。自らの国の国民を自分らが助かるために殺す、または集団自殺を促す軍人たち。上司の無謀な作戦のおかげで、餓死する兵士たち。近隣諸国の女性や子供への暴力や虐殺。ほとんどの原因は時の愚かな為政者のせいです、そしてそれに加担したメディアや一部の国民達、彼らがどうなったか、知っていますか」
「え?ヨーロッパの独裁者の取り巻きと同じように糾弾されたのではないのですか?罪を逃れたものも多くいますが、そのものたちは独裁者に加担したことを公にできず、こそこそと逃げ回ったとか、ニホンもそうなのではないですか」
「いいえ、彼らは占領軍に取り入り、国民をだまし、ほとんどが罪を逃れました。部下たちを無駄死にに追いやった者たちものうのうと名前も変えずに生き残ったそうですよ。大半の政治家は政界に復帰し、トップになったものもいます。今のニホン国のトップは彼らの子孫なのです、それを隠すどころか誇りに思っているらしいですし」
「な、なんですって、なんて愚かなんだ!他国の新聞社に地球最強のバカと揶揄されるはずだ、父祖が自らの国の国民を滅ぼしかねない真似をしたことも理解できないとは!」
「そのような人物を国のトップとして選ぶ国民も国民ですけれど。とにかく消滅寸前までいきながら占領国に取り入り、その要求をのみ、政策を真似することで、なんとか復活をとげ、世界の大国とよばれるようになったわけです」
ほうっとため息をつく長老。
「そのような経緯があるならば、愚か者を放置してもよいと思うのかもしれません。ですが、愚か者を放置しながら経済的復興に成功したということは、言われるほど愚かではないのでしょうか、何かほかに理由が」
「家庭を、女性や子供を犠牲にしたからですよ。かの国は成人男性を工場の機械と化し、教育、育児、などをすべて女性にゆだねることで生産力を飛躍的にあげたのです。言っておきますが生産性ではありません。本来自分自身や家族のために使う時間、労力を製品の生産にほとんど振り向けるという労働者を多数作りだすことによって驚異的なレベルで製造力をあげた。むろん近隣の紛争により物資を大量に販売することができたということもあります。それにその反動がでて、バブルというものがはじけた後は経済成長が鈍化し、少子高齢化は先進国で一番進む。家庭を軽視するぐらいですから、少子化がすすむの当たり前ですが。それでも会社にすべてをささげるといった男性は今も存在するそうです。まあ会社と契約した女性もですが」
「シャチクと呼ばれるのは、そのせいですか。なるほど会社の家畜ですね、自分のすべてを会社にささげるのですから、人間性などまるでない。いや国の経済力をあげるためですからコクチクですか。それにしてもそれでは人生の意味も、なんのために家庭をつくるかもわからなくなるのでは?それで疑問に思わないのですか」
「教育からして、そのような者たちをつくるように設計されているようです。もちろん不自然さについていけず、いわゆる義務教育から脱落するものも少なくありません。若者の自殺率も先進国で群をぬいて多いのです。あの歪んだ社会に適応するものもおりますが、弊害も大きい。なぜ学ぶかが理解できない成人が多いのですよ、教育機会がなぜ必要なのか、高等教育をうけているものですら理解しているか怪しいのです。人間としての存在意義や人類や社会への貢献など考えたこともない人はすくなくないでしょうね、世界的規模の大会社のトップや高級官僚でさえね」
「それで肺炎ウイルスにあのような対応をとったのですか。ニホン国の官僚は優秀だと聞いていましたが、根本を全く理解していなかったのですね。あのようなちぐはぐなことをなぜ行ったのかようやく理解できました、他国の政策や自称専門家の言うことを恣意的に採用しただけなのですね」
「ようやくわかっていただけたようですね。彼らの復興は愚か者を放置したうえでの見かけ倒しのものだったのです。一度滅びる寸前まで行きながら、自らの愚かな行為も為政者の愚かな行為も反省せず、裁くこともせず、一種の誤魔化しの復興を遂げたため、あの国は今さらなる悲劇に見舞われているのです。中途半端に介入すれば、再び紛い物の先進国となることは目に見えています」
「それで完全に駄目になり、何が間違いか国民自らが理解するまで放置しておくということですか。本当は何をすべきだったのか、誰を裁くべきか、国民が考え、自分自身の手で行動するまで」
「そのとおりです。介入すれば、介入したものの要求をそっくりそのまま受け入れるだけです、ろくに考えもせず。子供が親に従うようにね。現にかつての占領国の子分のような真似を為政者自らやっているでしょう?そのようなことを二度と繰り返させてはならない」
「そうですね。ニホンの子供たちや今の為政者に反対する人々は気の毒ですが、思い切った荒療治が必要ということですね。そして愚か者、阿保を放置しておくことが、どれほど人類、いや地球全体の生命にとって危険か示すために」
「そのとおりです、愚かなままでいることが悪である、そのような悪は放っておいてはならない、できれば消滅させることが望ましいと、全人類に理解してもらわなければならないのです、人類存続のためにも」
静かだか力強い口調でいう長老に、その場にいるものは皆頭をたれた。青年は進み出て、最大限の敬意をしめすように長老の前に跪いた。
このお話はフィクションです、念のため。さらに作者は本文の長老の意見に必ずしも賛成ではありません。
どこぞの国では似たような陰謀がどこかであるんじゃないかなあというぐらい支離滅裂な状況にありますが、何とかなると信じたいものです。