83話〜この気持ちは果たして?〜
群狼の仲間に遅れながらも、俺とロウエンも無事にウインドウッドへと帰って来れた。
村の人達もそれぞれ労いのことばをかけてくれた。
どうやら、俺達の活躍は新聞を通して知っていたらしく、皆笑顔で迎えてくれている。
その笑顔は俺の心を癒してくれた。
凄く、凄く癒してくれた。
他にもダークエルフの里での親子の再会。
そう、ロウカさんは紛れもなくロウエンの娘だったのだ。
どうして分かったのかと言うと、ロウカさんの背中には特徴的なアザがあり、ロウエンの娘にも同じアザがあったのだ。
それを確認し、生き別れた娘であると確信した時、ロウエンは泣いた。
それを見てロウカさんも泣き、旦那であるリーヨウさんも泣き、二人の娘であるマドカさんも泣いた。
久しぶりの再会。つもる話もあるだろうと数日泊まる事にし、彼等は親と娘、そして祖父と孫で穏やかな時を過ごしたそうだ。
因みにだがその間、俺はリーヨウさんの部屋で寝た。
そしたまた来る事をロウカさん達とロウエンは約束し、俺達は俺達の家へと帰って来たのだ。
大砂漠の盗賊団の掃討、教国でのルクスィギス鎮圧、更にガオンの軍勢との戦。
主にそれの報酬で得られた結構な額のお金もあり俺達は数日、薬草取りのようなクエストの手伝いに行く程度でノンビリと過ごしていた。
皆が思い思いに平和に過ごす中、俺だけは違った。
心がザワつく。
ソワソワと落ち着かない。
有り余る力を発散したくて仕方がない。
前までは無かったこの感覚に戸惑うと同時に、早く発散しないと爆発しそうだと恐ろしくも感じる。
幸いな事に、家に帰ってからはロウエンは別の部屋に移動しており、俺は恋人と相部屋。
必然的にそういう流れになる事もある。
そのおかげかは分からないが、翌日はある程度落ち着く事ができている。
それと帰ってから驚いたのだが、エラスのおかげでマリカが父親にかけられたスキル効果も完全に消されていたのだ。
おかげでマリカのアプローチが凄い。
それに対抗して来たのがカガリだ。
マリカの作って料理を味見と言って半分食べたり、マリカの使っているシャンプーとリンスの中身を入れ替えたり、目覚まし用の魔道具のスイッチを勝手に切ったりと、地味な嫌がらせをするようになった。
流石にマリカも限界が来たのか、ある時何故そんな事をするのかと詰め寄っていた。
するもカガリは
「私はハヤテ様の奴隷ですので。ハヤテ様達の料理は私が作ります」
と言ったのだ。
いやシャンプー関係ねぇじゃんと思ったが、マリカはそんなカガリに
「私の方が先輩なんだから譲りなさいよ!!」
と年相応の返しをしたらカガリは
「なら私は人生の先輩ですから!! それにハヤテ様の女ですから!! お子ちゃまな貴女とは違うのです!!」
とマリカの胸を指で突つきながら笑って言ったのだ。
それを聞きながらマリカは途中から顔を赤くしていた。
マリカとカガリで話していた内容なのだが、それを何故俺が知っているのかと言うと
「もうやるなよ?」
「は、はひゃ……はひぃ……」
夜にカガリの部屋に行き、もうマリカを虐めないように説得した際に話してくれたのだ。
いやはや。カガリが一人部屋で助かった。
「ご、ごめんなひゃひぃ……」
「謝るなら俺じゃなくてマリカにだな」
「は、はひぃ……わかりまひあぁ……」
「よし、偉いぞ」
うん。俺の説得をちゃんと聞いてくれたようで良かった良かった。
そう褒めながら頭を撫でてやるとカガリはそのままコクッと落ちるようにベッドで眠りに就いた。
早速次の日、カガリはマリカに謝罪し、マリカもそれを受け入れて仲直りしていた。
そのあと二人で買い物に行ったらしいが、今度はカガリの顔が赤かった気がする。
(……あらかじめマリカにカガリの弱点を教えておいて良かったか)
それからは二人で仲良く、俺にアプローチするようになったのが悩みだ。
ただ、その悩みは悪い悩みではなく良い悩み。
今では、恋愛する気の無かった俺がこうなるなんてなと思うぐらいだ。
それでも……
(……落ちつかねぇなぁ)
相変わらずソワソワする。
落ち着かない。収まらない。
少しでも落ち着こうと、最近ではユミナとエンシと三人で夜を過ごすようになった。
それでも抑えが効かなくなって来た俺は、そこにカガリも加えた。
ただそれでも落ち着けない。
肉体は疲れても心が一向に落ち着かないのだ。
そんな中俺はエラスを頼った。
「そんな事が……もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「済まない」
「その症状が出たのはいつ頃から?」
「……多分、翼が出るようになってからだな。強くなって来たのはガオンを倒した直後辺りだ」
「うーん、勇者の力が関係しているのかしら」
「……」
「にしても聞いた事無いわね。私が治癒魔術を使ってみても変化は無いし……」
「……」
「ちょっと待ってて。何か良い薬草が無いか本に乗ってないかしら……」
「……」
俺に背を向け、本棚の薬草の本を眺めるエラス。
だが俺の心はそこに無い。
「……っ」
(お、落ち着け……落ち着け)
エラスの言葉も途中から入っていなかった。
俺の意識は、エラスの肉体に向けられている。
シスターの服を着ているその身体は成長して大人に近づいており、触ってみれば柔らかいだろう。
「うーん……症状的にはこれが近いかしら」
無防備に背中を向け、本を読むエラス。
その姿を見てまず動いたのは俺の中の黒い感情。
その中でも奥底に潜んでいるドス黒い部位がウネるように動き出す。
裏切った兄の女を滅茶苦茶にしてやれと。
彼女だってお前を傷付けたじゃないかと。
傷付けられたお前には、傷付け返す権利があると。
そう俺に囁きながら背中を押してくる。
「うーん……」
顎に手を当て、考えるエラス。
その姿は可憐で、清楚。
子ども達の相手をしている姿はまさに良きシスター。
だけど俺は知っている。
アニキと共に俺を下に見ていた時のあの目。
『そうだ。お前を蔑んでいたあの目を、お前に屈服させて媚びる目に変えてやれ』
ズゾズゾ……と俺の心が黒く変わっていく。
あぁ見てみたい。そう思ってしまう。
俺に組み伏せられたエラスの姿。
泣き叫びながら俺に静止するように懇願するエラスの姿。
そうだ。勇者として俺から彼女を奪った過去があるアニキから、今度は俺が女を奪ってやる。
アニキが勇者にならなければ、セーラは俺に良い女を演じ続けていたんだ。その後でも俺が勇者になっていれば、セーラは……
(い、いや違う!! アニキはセーラに利用されていたんだ!! それは違う!! )
かぶりを振って考えを打ち消す。
それでも一度動き出した黒い感情は消えない。
『なら、カラトを殺してしまえ。殺してしまえばエラスを奪ったとは言われないだろ? 』
そんな事
『出来ないよなぁ……お前みたいな甘ちゃんは。でも良いのかぁ? 目の前にぶら下がっているご馳走を見逃して、本当に良いのかぁ? 』
黒い俺が囁く。
利用されてはいたが、アニキが俺を傷付けた事は事実。
その事を完全に許していないから、俺みたいなドス黒い俺が産まれるんだ。
そう囁き続ける。
それを否定しても彼は消えない。
『否定するのが何よりの事実だ!! お前はそうやって!! 事実から目を背けるのに精一杯なだけなんだろ!! 』
『違う!! 』
『違わないなぁ!! その現実逃避に女達を利用した最低な男さ!! 女を抱いて現実から目を背ける!! 屑バカラト以上のクズ男だなぁ!! 』
『そんなはず無い!! 俺は!! 』
返す言葉が見付からない。
だって俺が話しているドス黒い感情は俺自身の感情。
その感情がそう言っているのなら、そう言う事なのだ。
つまり俺は、アニキを許しておらず、エラスを自分の物にしたいとも思っているのだ。
否定すればするほど、事実であると認めてしまう。
事実だから目を背けたい。
醜い事実だから認めたくない。
そんな、そんな事が……俺を……
「あ、あぁ……」
「ん? どうしたの?」
俺の心をへし折りに来る。
「アァァァァアアアアァァァァァッ!?」
頭を抱えて叫ぶ。
今の俺は、何者なんだ。
何がしたいんだ。
どこへ向かおうとしているんだ。
俺は、俺の事がもう分からなくなっていた。
ハヤテが悩み苦しんでいる頃、帝国領内の森の中でナサリアは笑っていた。
愛する者が自分に近付いている事を感じたからだ。
「良いよ!! 良いよ良いよ良いよ!! その調子でもっと、もっともっと魔に染まろう!! そして君のハーレムを築くんだ!!」
両手を天に向けて掲げながら嬉々とした様子で叫ぶ。
「そうだよ!! お兄さんと違って前途多忙な君にはその祝福をもっと開花してもらう必要があるんだ!!」
目を見開き、クルクルと回りながら乙女の表情で続けるナサリア。
その際に周りに振り撒いた魔力によって、地面の草花がみるみる枯れていく。
自らの祝福が、彼が持つ祝福に近い存在だから分かる。
彼の苦悩も、欲望も。全てが分かる。
だって自分も辿って来た道だから。
「だけど!! だけどね!! 君には乗り込めて欲しいんだ!! その試練を!! その苦難を!! 私はダメだったけど……悲しいすれ違いのせいでダメだったけど、君は違う!! 最高の仲間がいる君ならできる!! だから頑張れハヤテ!! 乗り越えて、そして」
ニタァ……リ、と粘性の高い液体が垂れるような笑みをナサリアは浮かべる。
「いつかは辿り着くんだ。勇者でも無い、魔王でも無い。その上に……まだ誰も到達していない、人智を超えた高みへと……」
そこまで言って彼女は言葉を止めた。
そしてその表情はみるみる変わっていく。
喜から怒へと、紙が燃えるよりも早く、その表情は感情と共に変わっていった。
「……お前、ここに……いや、私に何の用だ?」
背後に向かって言葉を投げかけるが、それと同時に背後にある一本の木が切り倒された。
「おーおー……おっかねぇ女だなぁ?」
その木の後ろから現れたのは刀を下げ、飄々とした男性。
「もう一度聞く。私に、何の、用だ」
ジクリジクリとナサリアから魔力が放出され、その魔力に触れた枯れた花達は、先程とは違って色を取り戻し、生き生きとした姿へと戻っていく。
「いやぁなぁに…………数百年ぶりに聖剣が抜かれたからなぁ、ちょっくら様子見だ」
「黙れ下郎」
「まぁまぁそう気を立てなさんなってウワッ!?」
下郎と呼ばれた男性がしゃがんだ直後、背後の木の幹がボゴッと音を立てて膨らみ、破裂した。
「おいおい物騒だなぁ……」
立ち上がり、ニヘラニヘラとした表情で続ける下郎。
「まぁ本当の用件はお前の目的を探る事だったんだが、随分とデッカい独り言だったな。あぁありゃぁ、グリフィルがマルクシアに寝取られて泣いていた時以来か?」
「……」
「いや、あの時の方が声はデカかったなぁ。でもお前と来たら、結果を出せばきっと帰って来てくれる〜とか、あの女に弱みを握られている〜とか言ってたっけなぁ」
「……れ」
「けど結局グリフィルはマルクシアを選んだ。アイツを愛していたお前はその決定を受け入れ、潔く身を引いた。感動的だねぇ〜」
「……まれ」
「でも酷いよなぁ。結局あの二人は共謀して、お前を封じちまったんだからなぁ?」
「黙れ!!」
「おっと、悪い悪い。お前の、地雷だったなぁ?」
「……お前が、彼の名を語るな!!」
「おいおい……怒るなよ。俺は俺で、お前の恋を応援していたんだぜ?」
肩を竦める下郎に対し、怒りを募らせるナサリア。
「知っているぞ……貴様が、貴様がマルクシアを……私の愛する人の妻を斬った事を!!」
「……ほう?」
「知っているぞ……貴様が裏切り、マルクシアを斬ったせいで、グリフィルは子を失った事を!!」
「あらら、そりゃ悪い事をした……」
「私等を裏切り、魔族に魂を売った裏切りの勇者!!」
「……そういやぁそう言われていた時もあったねぇ」
「私達だけではない。息子の家族も手にかけたそうだな」
「……あぁ〜、あれに関してお前は部外者だろ」
「マルクシアの仇……グリフィルの子の仇……そしてハヤテの敵となるのなら」
「……お?」
「ここで死ね!!」
「やっぱ、そうこなくっちゃなぁ!!」
「エンジィィィッ!!」
「ナサリアァ ァァッ!!」
直後、魔力と刀がぶつかる。
音を吹き飛ばす程の激突。
その結果、山が一つ更地になった。
お読みくださり、ありがとうございます。
今回は……ちょっと人を選ぶ話になりましたかね〜…眠い……
眠い中書くとね、余計な雑念が消えるせいか、書きたい事が書きやすい気がするんですよ〜
書きたい欲以外の雑念を睡眠欲が押し出してくれるみたいで〜…あ、でも睡眠欲に書きたい欲が負ける時もありますよ〜
ラストすごかったですかねぇ……
だって裏切りの勇者かれだったんですもん…
裏切りの理由とか、彼についてもその内書く日が来ますかね〜
ブクマ、星ポイント、本当にありがとうございます。
いつも本当に嬉しいです。
次回も読んでいただけると、嬉しいです。
次回もお楽しみに〜