82話〜ハヤテの為に〜
ウインドウッドの家に戻って来て二日。
俺は家の裏で薪割りをしていた。
「……イメージ、イメージ……真っ二つに割れる薪……行け!!」
真っ二つに切れた薪をイメージして腕を振る。
すると縁がギザギザになっている光輪が放たれ、薪を綺麗に両断する。
「……よし」
真っ二つになった薪を手に取り確認する。
イメージ通り切れた事を確認し、また同じ事を繰り返す。
今、家にハヤテとロウエン、それとウルはいない。
先日言っていた、ロウエンの娘と同じ名前の子に会いに行くためにアクエリウスで別れたのだ。
昨日の内に帰って来なかったとなると、本当の娘さんだったみたいだな。多分話が盛り上がって泊まりになったのだろう。
家族は仲良しに限るからな。
そう思いながら、ガオンという名の魔族の軍団と戦った日の事を思い出す。
あの日、ハヤテは全てを焼き払おうとした。
憎しみに染まった翼を羽ばたかせ、全てを焼き尽くす火の球で地を溶かした。
その光は俺達も飲み込むはずだった。
が、それは俺が防いだ。
突然頭の上に二重の光輪が現れるや俺が展開していた結界の強度が格段に上がり、光による破壊を防いだのだ。
「あれはいったい……」
ハヤテには勇者・陰のスキルがあり、俺には勇者・陽のスキルがある。
対となるスキルをそれぞれ宿した俺達。
片や地形を変える程の威力の力を発揮し、俺は何とかそれを押し留めた。
しかも俺の結界は破壊されたはずの地形を直した。
あれはおそらく、俺の勇者としての力の一端。
それには反動も存在し、俺は戦から数日は眠っていた。
側にいてくれたエラスがいうには、鼻先に手を当てて息をしている事を確認しなければいけない程静かに眠っており、本気で死んだかと思ったそうだ。
ただ、それだけの力を使っても、押し留めるのが精一杯だった。
俺の勇者の力とハヤテの勇者の力。それがぶつかれば確実に……
「俺は死ぬだろうな……」
薪を割りながら呟く。
上手く言葉で表せないが、ハヤテは力の時親和性が高いように見える。
相性が良いから力を十全に引き出せる。
相性が良いから反動もそこまで大きくない。
だが俺はおそらく、相性が普通なので普通に反動を受けて眠った。
俺にもっと実力があれば、その反動にもある程度は耐えられただろう。
「……ハハッ。バカにして村に置いて来たのに、下なのは俺の方だったか」
そんな事を思ってしまう。
ただ一つ確信したのは、もしもハヤテが暴走したら止められる可能性があるのは俺だけという事。
だが俺とハヤテの間にはハッキリと力量差がある。
俺が勇者として驕り、怠けている間にハヤテとの間に生まれた差はハッキリ言って大きい。
その差を埋めるにはどれ程の努力をすれば良いかは分からない。
埋まる程の差かも分からない。
分からないけど、やらねばならない。
それはきっと俺にしかできない事なのだから。
「カラト、お昼持って来たよ」
「エラス……悪いな」
と、そこへエラスが弁当を持って来てくれたので、薪割りは一端休憩だ。
「調子はどう?」
「ん? …….あぁ、少しは軌道を制御できるようになったかな」
「いやそうじゃなくって」
「え?」
「薪の方はどうなのって事」
「……サンドイッチ美味いな。料理の腕上がったんじゃないか?」
「はぐらかさない……全く」
「すまん……」
「……ハヤテの事、考えていた?」
「……どうして分かった?」
「何となく。そんな風に見えたからさ」
「……アイツは、どうなるんだろうな」
エラスが持って来てくれたサンドイッチを食べながらこぼすように呟く。
「……そんな事私には分からないけどさ、もし力になれるとしたらカラト、貴方なんじゃないかな」
「俺が? ……兄弟だからか?」
「それもあるけど……うーん、なんて言ったら良いのかな。多分だけど、ハヤテの本音を受け止められるのは今は貴方だけだと思うの」
「あいつの、本音?」
「そ。それにさ、ハヤテもいつまでも子どもじゃないんだし、いざとなったら話しに来ると思うよ?」
「……そう、かな」
「そうだよ。カラトより色々見て、成長してんだしさ」
「……そうだよな」
「そうそう。一時期とはいえ私のヒモになっていた貴方とは大違いなんだから」
「うぐっ……そ、それはすまない」
「悪いと思っているのなら良いけれど。あ、私用があるから行くけれど、見張りがいないからってサボらないように」
「分かってるよ」
「良し、じゃあ行ってくるね」
「おう、行ってら」
エラスを見送り、飯をさっさと食って薪割りを再開する。
そうだ。ハヤテだってガキじゃない。
色々と大変になれば誰かに相談ぐらいするだろう。
そう。
そう俺は思ってしまった。
人の限界なんて、いつ来るか分からないのに……
雪と氷に閉ざされた地にて、彼女は笑う。
ケタケタ笑う。
愛しの人を思ってケタケタ笑う。
彼を傷付けた者を裁くために彼女は動く。
相手が聖勇教会の者だろうと関係ない。
彼女は……
「き、貴様!! 急襲しておいてタダで済むと思っているのか!?」
「ハァ〜ン? 誰が貴様だコラ」
「グビャ!?」
彼女に剣を向けた聖騎士は、不可視の力によって捻られ、風に叩き付けられて死んだ。
彼等だけじゃない。彼女の来た道には数十人の騎士達が骸となって転がっている。
「魔導士隊、構え!!」
彼女目掛けて魔術を放とうとした魔導士達は彼女の目で見られただけで目から炎を吹き出し、体内の魔力に引火し、炎に包まれる。
「その程度の耐性で防げると思った? それなら」
「ぐおぉぉあぁぁっ!?」
「心外だわ」
魔導士隊の隊長の体が炎に包まれる。
「な、なんなんだ奴は!!」
「化け物か!?」
「魔王じゃねぇのか!?」
「いや魔王って男って聞いたぞ!!」
「失礼ね……死になさい」
クッと彼女が手を握るだけで、目の前に立つ聖騎士の首だけがグリッと後ろを向く。
「私にそういう口を聞いて良いのは愛しの彼だけ。貴方達のような、替えの効く者じゃ無いの」
スッと目を細め、彼女の道を塞いでいる聖騎士と魔導士を睨む女性。
「聖勇教会……あの時は色々と助けてもらったし、恩義はあるわ。でもね、彼を悲しませたからチャラ」
「なに? 貴様、勇者の関係者か!!」
「うーん……まぁ、そんな所ね」
「何故だ!! 何故我等を焼く? 我等が貴殿に何をした!!」
「愛する者を傷付けた」
「何? 愛する者……一体何の事だ!!」
「……うるさいなぁ。そんな事話す義理も義務も無い。君達の組織の上が彼を傷付けた。それだけで、私の戦う理由になるんだよ」
「っ、貴様名前は何だ!? 一体誰がその、君の愛する者を傷付けたんだ?」
「……名乗りたくないんけどね。私の名前はナサリア。かつて勇者の手で封印された、哀れな勇者さ」
「ナサリア……まさかあの!?」
「力に飲まれ、暴走したあの炎獄の魔女!?」
「魔女とは心外だなぁ〜? ……死ね」
ナサリアを魔女と呼んだ騎士は口から火を吹き、中を焼かれて事切れる。
「君達も死にたくなかったら道を開ける様に……でないと、ね?」
「っ……」
「どうしますか隊長」
「ぐっ……我等では勝てんのは明白。だが道を開ける事も」
「……開ける気は無さそうだね」
「当たり前だ!! 我等の任務はこの先にいる……」
「そう。この先にいるのね。教えてくれてありがと、後は私でやるから……」
「ん? ……なっ!?」
「安心して寝ていなさい」
ナサリアの道を塞いでいた聖騎士と魔術師全員が一斉に天井に叩き付けられる。
「まぁ、もう目覚めないと思うけどね」
そしてナサリアが通り抜けた後、一斉に床に叩き付けられる。
そのまま彼女が辿り着いたのは一つの部屋。
ナサリアは戸をノックする事もなく開け、中に入る。
中にいるのは彼女が探していた当人であるグラスメント。
椅子に座り、暖炉の火に当たっていた彼はナサリアに気付くと立ち上がって叫ぶ。
「な、何者だ貴様!! 急にっ!?」
「黙ろうか……」
グラスメントを押し倒し、口を押さえるナサリア。
グラスメントは突然の事に目を白黒させるがナサリアは彼が状況を飲み込むより前に次の行動に移る。
「うぐっ!?」
「安心してよ……まだ命は取らないから」
グラスメントの脇腹に腕を突き刺し、ナサリアは囁く。
対するグラスメントは痛みを感じはしなかった。
ただ感じるのは違和感と嫌悪感。
それはまるで、自分の魂を握られている様にも感じられたそうだ。
「君がした事は全部知っているよ……彼の目の前で村の人に危害を加え、彼を怒らせた。彼の怒りは私の怒りでもある」
「む、むむぅ!?」
「彼への償いとして、君には」
「むぐうっ!? ……うぐうぅぅぅっ!!」
突如暴れ出すグラスメント。
暴れる彼を涼しい顔をして押さえるナサリア。
「で・も、彼の力を次の段階にしてくれたから今日は許してあげる」
「ふむぅ……」
「その代わりに……」
「むぐぉっ!?」
ナサリアが軽く力むとグラスメントは目を見開き、足をピンっとさせて体を硬直させる。
しばらくするとナサリアは腕を引き抜き、グラスメントから離れる。
「わ、私に何をした!?」
「安心しなさい。すぐに死なせはしないから」
「だから何を」
「軽い呪いの種を植え付けただけよ。言っておくけど、回復スキルも回復魔術も意味は無いわ。むしろ、その力も食らって呪いは育つわ」
「な、何っ!?」
「まぁそんな事しなくても、貴方自身の醜い欲望を食らって育つわ」
「な、なんで物を!! す、すぐに出せ!! 取り出せ!! うぐおぉぉぉぉっ!?」
「言葉の知らない年寄りね」
グラスメントの体内の呪いの種に指示を出し、激痛を走らせる。
「す、済まなかったぁぁ……」
「済まなかった? 申し訳ありませんじゃないの?」
「も、申し訳ありませんでしたぁ……っぐぅ」
「ま、大目に見てあげましょうかね」
「っ、ふぅ……な、何が目的なのですか」
「んー? 目的? 目的、目的ねぇ……恋に理由っているのかしら?」
ナサリアは自らの行いの目的を恋で片付けた。
だが事実、彼女からすれば恋が一番相応しい理由なのだから何ら間違ってはいない。
ただそれを理解できる相手がいないだけだ。
彼女を愛し、互いに愛し合ったにも関わらず、彼女の危険性に気付くや手を引き、同じパーティー内の女と結ばれた恋人。
その彼の手によって封印された時、彼女の心は憎しみではなく幸福で埋め尽くされていた。
そう言えば彼女の危険性が少しは伝わるだろうか。
封印されてから彼女は、現実に干渉する事が出来ぬ程にまで弱体化したが、意識だけを外に出す事ができた。
その状態で彼女は、彼をずっと見守った。
子を成した時も。子が生まれた時も。子が初めて立った時も。子が初めて言葉を発した時も。
彼女は意識となって側で見守っていた。
彼が死んで、子が大人になってからはその子を見守り続けた。
その子が大人となり、結ばれた時も祝福した。
そしてその子の子も。
その子の子もまたずっと見守った。
見守りながら、自分が復活する時を伺った。
そして、その時は来た。
その女性は二人の男児を身籠っていた。
その頃にはナサリアも、他人の夢に現れるぐらいには力を取り戻していた事もあり、こう言ってやったのだ。
『明日産む子は勇者になりますよ〜』
と、いかにも天使らしいホンワカした雰囲気に姿を変えてお告げをしたのだ。
そして実際に彼女はその子達を勇者にしてあげた。
自らが持つ、勇者の力の一端を分け与えたのだ。
本来ならできないはずの芸当。
だが彼女は長い時を封印されながら生き、それを可能にするだけの力を得ていたのだ。
結果、生まれた子どもは勇者の力に宿した。
片方は勇者・陰。もう片方は勇者・陽。
愛した男の子は勇者となった。
それを知って彼女は喜び、叫んだ。
外に聞こえないと知っていた彼女は、声の限り叫んだ。
が、封印されたままでは会いに行けない。
外に出る為には当然、封印を解く必要があったのだ。
復活するにあたり彼女が悩んだのはどうやって封印をさっさと解くか。
ナサリアはなんと、ハヤテに会いたいという想いを原動力に、少しずつ長い時間をかけた取り戻した力を惜しみなく使い、封印を強引に解いていったのだ。
そして最後の一押しとしてハヤテの翼の力を借り、封印を完全に解いたのだ。
「そ、そんな……事が!!」
「まさに、愛の力って奴だね。にしてもアクエリウスの人達は封印について何も知らなかったみたいだけれどね……」
彼女がカラトよりハヤテに惚れた理由。
それは簡単だ。
髪の色が彼の愛した男と同じだったのだ。
それだけの理由でと思うだろう。
だが彼女にとってはそれは重要な事だったのだ。
「さぁ。これで私が彼をどれだけ愛しているか分かってもらえたかな?」
「く、狂っている……お前は狂っている!!」
「だろうね。でも、君達だってそうだろう?」
「な、何?」
「君達は権力に狂っている。私は、愛に狂っている。そこに何の違いがある?」
その言葉にグラスメントは目を見開き、言葉を失う。
ナサリアは、狂う事を肯定したのだ。
認めたのだ。
相手を否定するでもなく、自らと同じとして認めたのだ。
「そこでさ……君、死にたくないんだよね?」
「は、はい……」
「じゃあさ、ハヤテの邪魔をしないでくれるかなぁ?」
「ひっ!?」
「あ、断っても良いんだよ? その場合、呪いの力でお前を殺して、私の言いなりとして動かすだけだから」
「そ、そんな事できる訳が」
「できない事を言っても脅しにならないと思うんだけど?」
「っ!?」
笑顔を崩す事なく告げるナサリアに、今まで感じた事の無い種類の恐怖を覚えるグラスメント。
「で、お返事は?」
「……わ」
「わ?」
「……分かり、ました」
「そう、良い子ね。じゃあ約束は守りなさいね? じゃないと」
「うぐっ!? ……ぐおぉぉあぁぁぁぁっ!!」
「呪いの種、グングン育てちゃうからね?」
笑顔でそう言うやナサリアは指を鳴らし、作り出した空間の歪みへと姿を消す。
その場に残されたのは呪いの種を植え付けられ、文字通り命を他者に握られたグラスメントだけが残された。
お読みくださり、ありがとうございます。
更新遅れて申し訳無いですー!!
昨晩は睡魔に勝てなかったよ……
さて、今回は……
ナサリアの件書くのが疲れた……
だって、ハヤテ達が勇者になれた理由を書くのが楽し過ぎて疲れたんですよ……
すみません。
……与えられた祝福という事は、彼等が受けた本来の祝福があるのかもしれませんね……
ブクマ、星ポイント、本当にありがとうございます。
本当にメチャクチャ励みになっております!!
次回も読んでいただけると嬉しいです!!
次回も、お楽しみに!!