80話〜復讐を経て……〜
教会で過ごすのにも慣れて来た頃の昼過ぎ。
「あまりくっ付くな。歩きにくい」
「ですが……」
教会の敷地内を散歩がてら歩く俺の服を握り、ひっ付いて歩くのはカガリだ。
その様子は怯え半分、警戒半分といった具合だ。
まぁそれは無理もないだろう。
なんせ彼女は魔族。
それも先日の戦の際に捕らえられた、元敵の者だ。
首輪による契約で今は俺の奴隷になっており、決して他者に危害を加えるなと命じてはいるが、周囲はそれでも恐れており、警戒している。
それをカガリも感じているのだろう。
「……少し離れて歩け。命令だ」
「っ……」
「安心しろ。お前はもう群狼の一員。お前を傷付ける奴が出れば、その時は俺が相手をしてやる」
「……は、はい」
命令を受け、強制的に数歩後ろを歩かされるカガリ。
うん、今日も良い散歩日和だ。
と思いながら歩きながら、カガリを連れて帰った日の事を思い出す。
まず一番驚いていたのはアニキだった。
「お、お前が奴隷を……」
と、呟いてカガリと俺を交互に見ていた。
次からユミナとエンシが驚いていたな。
ミナモはミナモで驚きつつカガリの傷を癒やしてあげていた。
エラスも驚いていたが、もう仲間なのならと一番早く受け入れていたように見える。
ウル、ルフ、フーだが、特に驚く様子も無く、なんか来たな〜程度の感じだった。
そして最後にスティラだが、敵意を露わにし、連れて来た聖騎士に剣を向けさせながら
「ダメです!! 絶対にダメです!! 勇者様に魔族の奴隷なんて相応しくありません!! なんなんら私が」
とか言っていたので、もう契約した事。
とやかく言うようならここを出て行くと言ったところ、納得いかないという表情で黙ってくれた。
「なぁカガリ」
「……なんでしょうか?」
「……もう少ししたらここを発つよ」
「えっ……そうなんですか?」
「俺達の家はちゃんとあるからな……来るだろ?」
「ご主人様が捨てると仰らない限り、私は着いて行きます」
「……そうか。なぁ……俺の事、どう思っているか素直に言ってくれるか?」
「どう思っているか……ですか」
命令で、俺の事をどう思っているかを尋ねる。
多分、恨んでいるのだろう。
いや、恨んでいるに決まっている。
首輪の効力で体の自由を奪い、俺が上だと心身に教え込んだんだ。
当然良い感情は抱いていない、そう思って答えを待っていた。
「……初めは、嫌いでした」
「だろうな」
「……でもユミナ様やエンシ様、ロウエン様やカラト様にご主人様の事を聞いたのです。弱みを握ろうと思いまして……どんな人なのかと」
「そうなんだ」
「それで……知りまして。どうして旅に出たのか、どんな戦いをして来たのか」
「ふぅん……それで、どういう答えに至ったの?」
「……傷付く事に鈍感になっているのだと、思いました」
「……ん?」
「一つの大きな傷だけを癒す事に集中するあまり、他の小さな傷を見ない気付かない……だから貴方は、気付かない内に小さかった傷は大きくなってしまう」
「もういい」
「その結果貴方は苦しみ続けていま」
「黙れ」
「っ……だ、黙りま、せん!!」
「黙れと言っている!! どっちが上か忘れたか!!」
俺が自分の傷に気付いていないだと?
ふざけるな!!
そんな事あり得ない!!
あり得るものか!!
「進言、致します!!」
「っ!! いい加減に!!」
「私は貴方を救いたい!! 傷付けられたから分かります!! 貴方の傷の深さが!!」
「黙れ!! 黙れ黙れ黙れ!!」
「憎いとはもう思っておりません!! 私はただ」
「黙れと言っている!! ……俺の傷だと? 俺以外の誰にそれが分かる!?」
「っ……くぅ!!」
俺の命令を無視して話し続けるカガリに、首輪から電撃が放たれる。
「貴方は、隷属させる事で拷問から私を救ってくれました……あのまま行けば私は、魔族としての尊厳を踏み躙られ、ボロ衣の様になるまで嬲られて捨てられていたはずです!! それを貴方は」
「ただの気紛れだ!! お前の体が目当てだったからだ!!」
「それでも!!」
「もう良い黙れと言っている!!」
グゥル……と、野生の動物が敵を威嚇するような音を立てながら、黒い風が俺の腕に巻き付く。
「……申し訳ありません」
「……っ、ふぅ……良いよもう」
彼女が黙ると黒い風も溶けるように消える。
「ただ、俺の命令を守れないのはいただけないな」
「……申し訳ありません」
「……次は気を付けろ」
「はい」
「……でも」
「……?」
「……ありがとうな」
「……今、なんと?」
「うるさい……何でもない」
馬鹿な女だと思うよ。
あれだけ酷い事をした相手の事を心配するなんて。
本当に、馬鹿な奴だよ。
そう思いながら歩いていると
「こちらに勇者様がいるのは知っています!! 会わせて下さい!!」
門の方で何か騒いでいるみたいだ。
様子だけ見てみようかなと行ってみたが、騒いでいるのは子どもだった。
燃えるように赤い髪の女とその後ろには金髪の女がいる。
「私はオーブ王国の勇者マリナ!! ここに滞在しております勇者様にお話があって参りました!!」
門番に食ってかかるような勢いで話すマリナという勇者。
残念ながらそんな知り合いは俺にいない。
と、そこで俺に気付いた門番が俺に助け舟を求めるように見て来たので、助けてやる事にした。
「勇者様〜」
「あぁ〜泣くな泣くな。で? どうしたよ」
「こちらの方が勇者様に会わせろと言って聞かなくて……」
「ふぅ〜ん」
「あ、貴方が勇者様!?」
「……知らないけどそう言われているよ」
「あ、あの!! 私を」
「断る」
「何故ですか!? 私はオーブ国の王女でもあります!! 旅を終えてから終の家としても」
「興味無いな」
「な、何故ですの!?」
「……何でって言われてもなぁ。俺達とお前達じゃ力量差があり過ぎる」
「そ、そんな事ありませんわ!!」
「どうだかな……まぁどの道、俺はアンタに興味は無い。持つ事も無いだろう。だからこの話はこれまでだ」
「そんな……くっ……って、そこにいるのは魔族!?」
「ん? ……あぁ、ソイツは」
「でしたらソイツを討ち取って自分を売り込むのみ!! 覚悟しなさい!!」
「えっ、私は……」
カガリを見付けるや手頃な獲物とでも言うように剣を抜き、斬撃を飛ばすマリナ。
「へぇ……」
ズゥル……と地を這うように吹き抜けた黒い風が斬撃に触れるや、まるで角砂糖がコーヒーに溶けるように斬撃を打ち消す。
「そんな!? 何故庇うのですか!?」
「彼女は俺の仲間だ。お前、俺の仲間に剣を向けたな……」
ズル……ズルズル……ズルズルゥゥゥ……と湿った何かが地を這うような音を立てながら、黒い風が吹き始める。
「ひ、ひぃ!? も、ももももも!! 申し訳ありません!!」
慌てた様子で剣を手放し、頭を下げるマリナ。
「……先の行動、それは俺に対する敵対行為と見て良いんだな?」
「め、滅相も……」
「良いんだなぁ!?」
「滅相もありません!! あれはただ!!」
「もう良い。今回一度だけは許してやる。さっさと消えろ……」
「ど、どうか……せめて私の実力だけでも」
「……聞こえなかったか? 今回だけは許してやるからさっさと去ね!!」
「は、はいぃぃぃっ!!」
黒い風と黒い感情を見せられ、逃げるように走り去るマリナ。
「ったく……大丈夫か?」
「は、はい……ありがとうございました」
「気にすんな。にしても、何者だよアイツ等……」
マリナ達が去ると同時に黒い風は消え、穏やかなそよ風が吹き抜けた。
その日の夜。
俺はロウエンと教国の騎士と共に迷いの森へと来ていた。
来た理由はただ一つ。
「頼む!! せめて!! せめて武人らしく戦いの中で死なせてくれ!! こんな森の中じゃ!!」
ガオンの処刑を行うのだ。
「頼む!! せめてもの情けを!!」
「ふざけるな……お前は、無力な市民を魔獣達に襲わせ、死なせた。その報いも受けてもらうぞ」
「ヒッ!? ……い、嫌だ!! こんな最後認められるか!!」
「暴れるな!!」
「おとなしくしろ!!」
「さ、触るなぁ!!」
後ろ手に縛られたまま、ガオンは騎士を突き飛ばして逃走する。
「貴様!! 止まれ!!」
「ロウエン」
「はいよ」
俺の言葉を受けてロウエンがポーションの入った瓶を投げ付ける。
それはガオンへと届かず、足元へと落ちて中身をぶちまける。が、中身はかかった。
「……追うか」
中身が全部かからずとも良い。
それがかかるだけで、奴への俺の復讐は完了へと近付くのだから。
息を切らせながらガオンは走る。
ハヤテ達から逃げる為に。
家族の元へと帰るために。
逃げる際に何やらポーションを投げられたが中身は僅かに足にかかったぐらいだ。
おそらく、逃走した際に取り押さえる為に使う麻痺ポーションか何かだろう。
かかった量は僅かだが、念の為に距離は稼がねばならない。
そう思いながら彼は走り続ける。
走り続けて走り続けて、彼の目の前に森の出口が見えた。
そう、光が見えたのだ。
あぁやった。
俺は逃げ切ったのだとガオンは思い、光に向かって駆け抜ける。
森を抜けた先にあった景色を見て彼はに涙を浮かべた。
彼の家があったのだ。
帰って来たのだと彼は思った。
「お、おぉ……俺は遂に……帰って、来たのだな」
一歩踏み出し、家へと向かう。
家の前に来て彼は息を整える。
と、その時だった。
扉が開き、中から妻が出て来たのだ。
「……また、会えたな」
喜びから涙が溢れる。
妻は、優しく微笑んでいる。
「ただいま、帰ったよ」
ガオンの言葉に妻は優しく微笑みながら両腕を開く。
その腕の中に彼は歩みを進める。
進めて……
「……終わったな」
「あぁ。せめてもの情けだ。幸せな夢を見て、逝け」
俺はロウエンと共にガオンの最期を見ていた。
奴は頭から、ワームに食われ丸呑みにされた。
恋しかった我が家に帰ったという、幻想を見ながらワームに食われたのだ。
「にしても考えたな」
「モーラは食われて死んだ。なら奴も、同じ目に」
「……初めて会った時とは比べものにならないぐらい、おっかなくなったなぁ〜」
ロウエンが使ったのは幻欲のポーション。
効果は、対象が望む絵を見せるというもの。
一言で言えば、幻覚を見せるのだ。
「んで、復讐を遂げてのお気持ちは?」
「……一瞬だが、凄いスカッとしたよ」
「一瞬か?」
「……あぁ。だがそのスッキリ感はクセになりそうだ」
「……ほう」
「ガオンでこれだけだったんだ……セーラの時はどうなるか、楽しみだよ」
「おぉ……怖い怖い」
肩をすくめ、苦笑いするロウエン。
「……さて、帰ろうぜ。騎士達も待っているしよ」
「……あぁ。そうだな」
「んで、次はどうするんだ?」
「……そろそろ家に帰ろうと思う」
「家に……ウインドウッドにか?」
「あぁ。あそこなら、今よりは落ち着けると思うからな」
「そりゃ重要だな。いつ発つ?」
「明日だ」
「急だな……引き止められたら?」
「押し通る」
「了解だ」
教国に留まっていても旨味は無いだろう。
あのマリナという少女とも関わりたくは無い。
それに何よりロウエンを娘さんに早く会わせてあげたいのだ。
彼女だって待っていると思うしな。
そんな事を思いながら歩く。
「あぁ、早く帰りたいな……俺達の家に……」
自然に出たそんな呟きが、どこか酷く懐かしく思えた……
お読みくださり、ありがとうございます。
うーん…ハヤテ、まさかの奴隷に見抜かれるとは…
あれだけの否定の言葉は図星だったからか、それとも拒絶と為か……
マリナは拒絶されたけどね〜
……やっと、モーラの仇が討てましたね。
彼の最期はこんな感じかな〜?とある程度決めてはいたので楽でした。
にしても、序盤と比べるとハヤテがだいぶ黒くなってますね……
誰か救ってあげてー!!
ブクマ、星ポイント、本当にありがとうございます!!
メチャクチャ励みになっております!!
本当にありがとうございます!!
次回も読んでいただけたら嬉しいです!!
次回もお楽しみに!!