72話〜旅立ちの祝砲〜
俺は、睡魔に……負けません、でした…よ……Zzz…
チュン……チチュンチュン……
雲一つない晴天の日。
清々しい朝。
窓から差し込む陽の光が優しく俺に起床を促す。
「……ん……んぅ」
枕とは少し違った柔らかい感触を顔に感じながら、のそのそと起きようとする。
「おや、起きたかい?」
「んぇ? ……」
頭上から聞こえる優しい声。
それに遅れて頭がそっと撫でられる。
まだ休みたいという瞼を説得し、ゆっくり開ける。
目の前に広がるのは肌色の海。
柔らかくて温かい。
少し顔を上げてみると、微笑みながら俺を見ているステラさんの顔があった。
「おはよう。カナト」
「……おはよう、ございます」
腕枕をしながら俺の頭を撫でるステラさん。
えっと俺は確か昨日、ステラさんに寝室に連れ込まれて確か……
「おや、赤くなったね」
「……い、言わないで下さい」
「初めは可愛かったのに、やはり君も男だね」
「うぅ……」
そう。
俺は昨晩その……ステラさんと恋仲になって、濃い夜を過ごした。
ステラさんが言った通り、リナシアの事を忘れるぐらい激しくされた。
その時の事を思い出した俺は、恥ずかしさから思わず俯くがその先にあったのはステラさんの柔らかく大きな胸。
「うわっ、ぷ」
「ふふ……君が胸が好きと言うのを知れただけでも良しかな?」
「……からかわないで下さい」
「嫌だよ。君の可愛い顔をもっと見せておくれ?」
「……からかうのなら、見せません」
「あぁ、済まない。謝るからそんなイジワルを言わないでおくれ」
「……本当ですか?」
「本当だとも。可愛い私のカナト」
「……見せません」
「冗談だから怒らないでおくれ」
頭を撫でる手とは反対の手で、俺の顎をくすぐるように撫でるステラさん。
まるで繊細なガラス細工に触れるかのように指先で触れて来るステラさん。
とてもくすぐったい。
「本当なら、もう少しまったりと過ごしたいのだがね……」
「あっ……」
残念そうにそう言いながら指が離される。
「ふふっ、可愛い声だ。でもごめんよ。今日中にやらなきゃいけない事があるからね」
「……パーティー登録ですか?」
「それもあるけれど、拠点を移そう」
「拠点を……」
「うん。昨日、私達がここの客である事はバレてしまっただろうからね。少しでも弁明しようとここに留まる可能性もある」
「それはあり得ますね」
「だから、彼女達が来る前に別の宿に移ろうと思うのだが、どうだろうか?」
「……俺は」
「うん?」
「……ステラさんと一緒にいられるのなら」
「……嬉しい事を言ってくれるね。ほら、おいで」
「あっ……んっ……」
グイッと引き寄せられ、抱きしめられながら唇が塞がれる。
「……よし、充電完了だ」
フフッと微笑むステラさん。
舌先でチロリと唇を舐める姿がどこか色っぽい。
ステラさんも起きるので俺もベッドから抜け出し、荷物の中から着替えを出してモソモソと着る。
「ちょっとじっとしていて」
「え? ……何ですか?」
「良いから良いから」
「んひゃっ!?」
背後からそっとステラさんが、俺の背中と尻に掌を当てる。
「すぐ終わるよ」
ピリッと軽い電流が流れた気がした。
直後俺の着ている服が、魔術師の着るローブへと変化したのだ。
「あ、あの……これは!?」
「私のスキル。組成組替さ」
「組成組替?」
「そう。今見たから分かるんじゃないかな?」
「す、凄い……他にも何かできるんですか?」
「うん? まぁね……ただ別系統の物の形にはできるけどその物にはできないんだけどね」
「……と言いますと?」
「うーん、例えば服を剣の形に変える事はできるけど、それに物を切る力は無い感じかな」
「そうなんですか……」
「あぁ。だからその力で変装をする事もできるよ」
「凄い……」
「ただその都度触れなくてはいけなくてね……柔らかかったよ」
「……ステラさん!!」
「ハハハッ。君だって昨晩散々私の……」
「わー!! わーわー!! わー!!」
「ハハハッ。ごめんごめん……さ、冗談はこの程度にして」
「……冗談って」
「君はちゃんと顔を隠してね」
「分かってますよ」
ステラさんが作った帽子を目深に被る。
「さぁ、行こうか」
スッと手を差し出し微笑むステラさん。
無意識なのか、わざとなのか、そういう仕草をされるとドキッとしてしまう。
本来なら俺がリードするはずなのに。
「……敵いませんね」
差し出された手を取りながら呟く。
こうして俺達はこの宿を後にした。
「集会場は確か……」
「あっちですね」
「そうかそうか。頼もしいな。君は」
ニコニコと笑いながら俺と手を繋ぎ、指を絡めてくるステラさん。
「あの……」
「ん?」
「そういうのは、二人きりの時にしてくれませんか?」
「……嫌かい?」
「……他の人に、見せたくない」
「……そうか。そういう事なら、分かったよ」
俺のお願いを聞き、手を離してくれたステラさん。
「それにしても間一髪だったね」
「そうですね」
まさに間一髪。
俺達が宿を出るのとすれ違うようにリナシアとマリナが宿へと入って行ったのだ。
「服装を変えた程度で気付かないとは……勇者もその程度なんですね」
「ん? そうか……そういえば勇者と言われていたね」
「え、どういう意味ですか?」
「マリナは別に勇者ではないよ?」
「……え!?」
「確かに国民には勇者と言われているけど、別に彼女の祝福は勇者ではないよ」
「え……じゃあいったい」
「彼女が受けたスキルは優者。剣技や弓技に優れた者というスキルだよ」
「……あ、同じ名前だけどってやつですか?」
「そうそう。まぁアイツが何に優れているかなんて、私の知った事では無いんだけどね」
「ですね……あ、ここですね。集会場は」
そんな事を話している内に集会場に着いた俺達。
ここで新たな一歩を踏み出す為に俺はステラさんもパーティーを組むんだ。
「うーん……」
俺達二人とも冒険者としての登録は無事に済んだのだが、俺はある問題に直面していた。
「パーティー名……何にしようか」
パーティー申請書に書くパーティー名がなかなか決まらない。
カッコ良くてゴツいのは合わないし、かと言って可愛い系も思い付かない。
「ステラさんは……いないから聞けないし」
ステラさんはステラさんで用事があると言って出て行ってしまった。
そんな事はしないと信じているけれど、このままもし帰って来なかったらと思ってしまう。
もしかしたらリナシア達の所に行って俺を笑っているのではと、最悪の光景を想像してしまう。
そんな事は無いと思っていても、俺の知らない所で、俺と再会する前にマリナの手に落ちていたとしたら。
そう思ってしまった途端、不安が大きく成長する。
息が荒くなる。
手が震える。
足が震える。
息が、苦しく……て
「ただいま帰ったよ。お待たせ」
「あっ……ステラ、さん……」
苦しくて膝を折ろうとした時、後ろから抱きしめられた。
「ステラさん……」
良かった。
帰って来た。
「ステラさ……ん」
良かった。
どこかに行っちゃわなくて。
「ステ、ラ……さん!!」
「え、ちょっとどうしたの?」
安堵と嬉しさから泣き出してしまった俺に戸惑い、驚くステラさん。
「そっか……ごめんね? 心配させちゃって」
数分後、落ち着いた俺から訳を聞いたステラさんは眉を下げて俺に謝っていた。
「い、いえ……俺が勝手に不安になっていただけなので……」
「……まだ、傷も癒えていないのに軽率だったね。ごめんよ」
「……」
勝手に信じないで、勝手に不安になって、勝手に傷付いたんだ。
全部、俺が悪いのに……そう思っていると
「……ねぇ。パーティー名、私が決めても良いかな?」
「……え?」
「リスリーってどうかな?」
「リスリー?」
「うん。再出発のリスタート。君の元へと必ず帰るリターン。君を傷付けた者へのリベンジ。三つのReでリスリー。どうかな?」
「……良い、ですね。リスリー」
「良かった……やっとまた笑ってくれたね」
「……あっ」
「フフッ。その恥ずかしがる顔も好きだけど、やっぱり君の笑顔が一番好きだな」
「……むぅ」
ステラさんにからかわれながら俺はパーティー名の所にリスリーと書き込む。
ステラさんが考えてくれた素敵な名前。
可愛くて、どこか大人っぽくも感じる名前。
とても、大切な名前。
どうやら俺は、自分が思っているより精神的に参っているようだ。
パーティー申請用紙を受付に渡し、待つ事数分。
俺とステラさんのパーティーであるリスリーは正式に登録された。
「改めて。よろしくな。カナト」
「……こちらこそで。ステラさん」
「さて、ではお祝いと行きたいが……」
「ここを出るんですね?」
「うん。あの二人は君を探しているみたいだからね。早くここを出よう」
「となると……馬車でになりますかね」
「いや、私達が見付からないとなれば馬車の発着所を見張ったりするだろう。ここは地味ではいるけれど、足で出よう」
「足で、ですか……確かにそうですね。発着所を張られては意味がっと」
ステラさんとの会話に夢中になるあまり、他の人とぶつかってしまった。
「いてて……」
「済まない。話し込んでしまって注意が疎かになっていたな」
「気を付けろよ? お前、見えないけど結構鍛えているんだから」
「済まない済まない……」
「大丈夫か?」
「あ、はい……済みません。こちらも話し込んでいて……って」
「ん?」
尻もちをついた俺に手を差し伸べる青年。
どこかで見覚えがある顔。
長い緑の髪を後ろで一つに束ねた青年の手を取り、立ち上がる。
緑の髪の青年の後ろには先程俺とぶつかった黒いコートの男性と金髪の青年にくわえ、白い法衣を着た女性が立っている。
「悪かったな。坊主」
「坊主じゃないです」
「それはそれは済まないな」
「おいロウエン」
「分かっているよ……」
「ロウ、エン……」
「ん? お前俺の知り合いか?」
「いや、初めてだ」
「そうか。ならぶつかって転ばせてしまった事に対する謝罪として一つ、役に立つ事を教えてやろう」
「何で上から目線……」
「そこの肉屋のオッちゃん。どうやらウゼルの……クラング王国に行く用事があるそうだぞ」
「……本当か!?」
「おう。荷台にでも乗せてもらったらどうだ?」
「それは良い事を聞いた……でもどうして」
「出ようとか馬車とか聞こえたからな。肉屋のオッちゃんがクラング王国に行くような事言っていたからよ。ま、交渉は自分でやれや」
「……あ」
「あん?」
「ありがとう」
「……これでぶつかったのはチャラだぞ。ほら行こうぜハヤテ。ギルマスがお待ちだ」
「あぁそうだったな……んじゃ」
「ハヤテって……あの」
ハヤテという名を聞いて呼び止めようとしたが、聞こえなかったのか彼等は集会場へと入って行ってしまった。
「……何か縁があれば、また会えるかな」
そんな事を呟きながら俺は教えてもらった肉屋へと向かった。
その日の夕方。
ガタゴトと肉屋の馬車の荷台で揺られながら俺はステラさんの肩に頭を預けていた。
クラング王国まで乗せていって欲しいとオッちゃんに頼んだ所、もの凄くありがたい事に彼は快く引き受けてくれたのだ。
おかげでこうして俺達は……
「イチャついてくれて全然良いからな〜」
「あ、いえ俺達は別に……」
「ヒョッヒョッヒョッ。若いって良いね〜、オッちゃんも若い時はブイブイ言わせたもんさ」
「で、ですから……」
「ごめんよごめんよ。ウチの馬はしっかりしとるうえに足が速いからなぁ。モンスターも寄ってはこんこん。安心しておくれや。夜までには着くからな」
馬車の荷台は側面と天井が布で覆われており、オッちゃんとは小窓状に切り抜かれた所から話をしている。
「……だ、そうだよ?」
「ステラさん……からかわないで下さい」
「フフッ。済まない済まない」
この人はこの人で全く。
そう思いながら俺は首から下げたペンダントを見る。
リスリー結成を祝って、ステラさんが買ってくれた物で、細かく細いチェーンの先には青く透き通った石を使って作られた飾りが付けられている。
「そんなに何度も見なくとも、ちゃんと似合っているよ」
「……ステラさんも、ですよ」
「それは嬉しい事を言ってくれるね。ありがとう。選んだ甲斐があったよ……でも、買いに行ったせいで君を不安にさせてしまったね」
俺のペンダントの飾りを掌に乗せて語るステラさん。
彼女も同じペンダントを首から下げており、飾りには黄色の透き通った石が使われている。
「……もう不安にはさせないから」
「……はい」
「すまない。向こうに着いたらと思っていたのだが……」
「……ダメです」
「キスだけでもか?」
「ダメです」
「むぅ、意地悪だな」
「朝の仕返しです」
「……そうか。フフッ、なら仕方ないな。でも」
そう言いながらステラさんは俺の手を握り
「このぐらいは良いだろう?」
そう言って彼女に寄りかかる俺に、彼女はそっと体を預けた。
カナトとステラがクラング王国に向かっている頃……
(許さない……)
一人の少女が激しい憎悪を抱いていた。
(絶対に許さない!!)
その手には一つのペンダントが握られている。
(あの女……私のカナトを!!)
そのペンダントにはリングに通されており、そのリングの内側には二人の名前が刻まれていた。
片方はカナト。
もう片方はリナシア。
だが今は違う。
鋭い何かで傷付けられた結果、カナトの名前だけが読めないように消えている。
(取りやがって……奪いやがって!! あの女!!)
自分がやった事を反省もせずに彼女は憎しみの炎を育てる。
(見つけたらタダじゃおかない!!)
カナトを取られたと思い込んでいる彼女は止まらない。
(待っててカナト。必ず見つけて、あんな女から解放してあげるから……だから、少しだけ待っててね)
そうして彼女はそのまま、手にしたペンダントを口へと持って行き
飲み込んだ。
彼との思い出を飲み込んだ。
「……これで、いつでも一緒だよ」
お読みくださり、ありがとうございます。
カナト再出発!!
ステラ!!しっかり支えてあげてね!!
そしてオッちゃん!!ありがとう!!
因みに彼の名前はオッミートです。
なので、オッちゃんです。
……最後書いてて怖かったー!!
リナシアさぁ……お腹壊すよ?
あ、次回からハヤテ視点に戻りまーす。
ブクマ、星ポイント、感想、本当にありがとうございます。
めちゃくちゃ励みになっております!!
次回も読んでいただけると嬉しいです!!
次回もお楽しみに!!