66話〜アニキ頑張る〜
数日空けてしまい申し訳ありません。
その……眠気には勝てなかったよ!!
試合当日。
コロシアムは観客で満員となっており、かなり盛り上がっている。
更にはルクスィギス王代理の姿まで見える。
他にも隣国や近隣の国からも来賓が来ており、中にはレイェスさんやミラージュさん、カレンさんの姿も見える。
ただ一つ、問題があった。
「やべぇ……緊張で腹が」
それは、俺の隣で腹を押さえているアニキだった。
セーラの暗示で実力の伴わない自信を持っていた頃のアニキならピンピンしていただろうし、試合はボッコボコにされて帰って来た事だろう。
でも今は違う。
身の丈にあった自信のアニキは絶賛緊張していた。
そんなアニキをよそに俺はロウエンと共に客席を見ていた。
「ほんとすげぇな」
「来賓席はやはり豪華だが他のも盛り上がりが凄いな」
座席は満席。
後ろの方には立見の人もいる他、中継用の水晶で国中に中継されている。
しかもその中継は気合が入っており、娯楽用の放映水晶さえ持っていれば無料で見れるようになっているのだ。
もはやお祭り騒ぎである。
その証拠にコロシアムの周囲には出店が並んでおり、客席の階段では果実酒や軽食を踊り子や爽やかな青年が売り歩いている。
「みんな商売頑張ってるね〜」
「まぁ、稼げるもんな」
「わう〜」
「う、ウルさん。良い子にしていましょうね」
「わう」
俺達の隣ではウルがエラスに頭を撫でられておとなしくしている。
「……大丈夫さウル。アイツ等なら上手くやるさ」
「わ〜ふ〜」
「あ、あの〜ウルさん。服の裾を踏まないでいただきたいのですが……」
「大人しくしているのなら良いよ」
「だな」
「えぇ!?」
「わふっ」
「腹痛い……」
こんな感じで俺達の方は良い感じになっている。
と、そこで観客がメチャクチャ盛り上がる。
俺たちの対戦相手である、ガーラッド達が現れたのだ。
やはりと言うべきか、勇者の子孫である彼等は国民からは人気なようだ。
「ガーラッド様ー!! 頑張ってー!!」
「ニック様逞しい〜!!」
「シュヴェル様!! バイシュ様〜!! 今日も可愛いですー!!」
「バリーナ様〜!! ちゃんと寝てー!!」
「クリスリル様〜!! 可愛いですよー!!」
うん、バリーナへの声援は応援なのだろうかと思ってしまう。
そう思っているとバリーナが前に出てくる。
どうやら向こうの一番手はバリーナのようだ。
「さぁてカラト、行ってこようか」
「う、うぅ……腹がぁ」
「アニキ頑張れ〜」
「せ、せめて応援を」
「頑張ってくださいね」
「エラスまでもかよ……」
「ワフ〜」
「お前は応援してくれるのか……」
「……」
「砂をかけるなよ〜!?」
「元気だな」
「……はっ!? 腹痛が消えた!?」
「こいつバカか」
アニキを見てロウエンが呟くが、幸いな事にアニキには聞こえなかったようだ。
「いよっし!! 頑張ってくるか!!」
両手で頬をパァンッと叩いて気合いを入れるアニキ。
「いってぇ……」
うん、バカだ。
そう思いながら俺はアニキを送り出した。
「さぁて、頑張るかな」
「お前も大変だな。腹は大丈夫か?」
「おう。心配すんなって」
コロシアムの中央でアニキとバリーナは向き合って話す。
「そうか。良い胃薬を持っているんだがな……必要なら言え。安くしてやる」
「金取るのかよ」
「済まんな。ただだと俺の財布がもたないんだよ」
「……まぁ、それはそうか」
気楽に話す二人。
その二人の間に審判を務める女性が立つ。
真っ黒なスーツを着こなし、サングラスを付けたショートカットの女性だ。
「それでは双方、正々堂々とお願いします。では、始め!!」
審判の号令を受け、試合が始まる。
が、すぐに二人は動かない。
アニキは構えを取り、バリーナは両腕の包帯を解いていく。
「悪いな。少し待ってくれてありがたいよ」
「……いや、気にするな。それより、それをするのが必要なんだろ?」
「……まぁな」
スルスルと包帯を解いていくバリーナ。
その下から現れたのは刺青の入った腕。
ただその刺青はファッションで入れるものからは遠く離れたもの。
右腕には太陽、左腕には月がそれぞれ彫られている。
いや、掘られているというより生まれた時からあると思うほど違和感がない。
まるで黒子があるような、あるべくしてある模様と思うほどに馴染んでいる。
「それは……魔力の循環路、って所か」
「知っているのか……流石は勇者様だな」
「勇者、か……勝手にそう言ってくれや」
「ふふっ。そうさ、俺のこれは魔力循環用のパスのような物」
「太陽と月……成程な。循環の中では一番有名だな」
「これのおかげで俺は、発動させた術から過剰な分の魔力を取り込む事ができる。便利だぞ」
「そりゃすげぇな……俺も欲しいぐらいだわ」
「ははっ。まぁ、相性次第だからな……俺は産まれた時からあったんだけどな……良い事ばかりじゃないぞ」
「そりゃ何だってそうだろ」
「そうだよなぁ……でもま、俺の方はまだ良いさ」
「ん?」
「生まれた時から勇者と言われて期待されていたアンタと比べりゃ、俺が背負って来た重荷はまだまだ軽い方さ」
「ほーう。言うじゃねぇか」
「所詮は他人事だからな」
「それは……違いないな」
「……さて、待たせたな。これで全力を出せる」
「そうか……お前も大変だな」
「お前程じゃないさ」
「そうかそうか。ま、お前も頑張れよ」
「お前もな」
互いに疲れたような笑みを見せてから二人は動いた。
両手を後ろに向け、掌から魔力を放出して突っ込むバリーナ。
対するアニキは魔法陣を三つ同時に展開して待ち構える。
「ほう。そこまでできるようになったか」
「前までは食らえぇ〜とか言ってたいした威力の無い技使ってたのにな」
「あぁ……魔滅の光明とか聖なる光流れとか使ってたなぁ」
「懐かしいよね」
「あの頃はアイツメチャクチャイキってからなぁ」
「そこ聞こえてんぞ!?」
「ほらほらよそ見してないでちゃんとやれ〜」
「頑張れアニキ〜」
「お前等な〜。もう少し気合入れて応援しろよな!?」
「だそうだ。エラス、応援してやれよ」
「え、私ですか……あ、負けたら夕飯抜きですよ〜」
「マジかよ……頑張らねぇとな」
エラスからの言葉を受けて気合いを入れ直して構えるアニキ。
バリーナの得意分野とアニキの得意分野は被っているらしく、二人して魔術系の技の応酬になっている。
更に二人共魔術で身体を強化しての肉弾戦を繰り広げている。
その合間を埋めるように電撃や火炎を飛ばし合っている。
普通じゃ見れない、斬新な戦い方をしている。
「ふむ。魔術で身体強化か……オーソドックスだが意外と難しいんだよな」
「え、そうなのか?」
「あぁ。基本がなっていないとできない技だからな。こりゃ向こうでみっちりしごかれたな」
「基礎がしっかりしていないとってやつか」
「そういう事だ。まぁカラトの奴は元々魔術系が得意だったみたいだし、そこら辺を伸ばしてくれたみたいだな」
「……感謝だな。お前が紹介してくれた人に」
「それだけカラトの素質も良かったって事だ」
「……流石は勇者だな」
「それだけの原石をあのクソは……」
「俺だって奴の本性を見抜けなかったさ……アニキだけの責任じゃ無い」
「……いや、全てはお前達の優しさにつけ込んだアイツの責任だ。アイツだけのな」
「……」
「お前は悪くないさ」
「……ありがとうな。今日まで」
「おいおい。まるで今日でお別れみたいな言い方だな。やめてくれよな」
「悪いな……ただ今日はさ、何か嫌な予感がするんだよ」
「……その予感が外れる事を願いたいな」
「……そうだな」
ロウエンと話す俺の前でアニキとバリーナの激闘が続く。
雷撃や氷の矢、火球を飛ばして相手の動きを制限して接近し、殴る。
うーん。
何とも原始的な戦い方だが浮遊魔法を使う事で殴られた側は即座に立て直している。
他にも放たれた火球を魔法陣で吸収し、別の魔法陣から打ち返したりしている。
俺にはできない戦い方だ。
だが知っておけば連携を取る際に役に立つだろう。
バリーナの一撃が顔面に突き刺さり、鼻血を出しても歯を食いしばって踏ん張り、後退せずに前に進むアニキ。
本当にアレはアニキなのだろうか。
勇者と言われ、クソに誑かされ、エンシさんに襲いかかって金的されたあのアニキなのかと思ってしまう。
それぐらいにアニキは変わっていた。
「っぐ!! ……アァァァァッ!!」
「がっ!? ……く!! ……ッラァ!!」
火球による爆発音。
雷撃によって空気が弾ける音。
氷の矢が砕ける音。
それ等に混じって聞こえるのは肉を打つ音が聞こえる。
「センスはなかなか……だが」
「うぐっ……」
「体ができあがっていないな!!」
バリーナの綺麗なアッパーを受けて宙を舞うアニキ。
そのままドサリと。背中から地に落ち、動かないアニキ。
「死んだか?」
「それだと嫌だなぁ」
「……ば、バカ言うな……こんなんで、死ぬかよ」
「お、生きてたか。良かった良かった」
良かった。アニキは無事に立ち上がった。
「あれでまだ立てるとはな……綺麗に入ったと思ったんだが」
「いや、メッチャ良かったよ……おかげで今お前の姿がブレブレだ」
「そうかい。んじゃ次で決めるか」
「生憎、負けるつもりは無いんでね」
「それは、俺だって一緒さ!!」
「っ!?」
「閃光!!」
眩い光を生み出し、相手の視界を奪う魔術を使うバリーナ。
だが
「爆音!!」
「なっ!?」
アニキが使った術は文字通り爆音で相手の聴覚を攻撃するもの。
だが何故か今回は違う。
バリーナの閃光を上書きするように強力な光と音がバリーナを襲ったのだ。
「っつ!! ……なんで、爆音で閃光響音が発動し……」
「種はお前が知ってんじゃないか? ……って聞こえているか?」
「……あぁ。辛うじてな。種は俺でも分かるって……まさかお前」
「お前がやった閃光。それの過剰魔力をそのまま使わせてもらっただけだ」
「よくできたな。すげぇよお前」
「見様見真似のぶっつけ本番。正直、驚きだよ」
「……流石は勇者、か」
「……悪いけどよ、その言葉だけで片付けないでくれよ」
「アン?」
「俺は俺なりにお前みたいに戦う理由があるんだよ」
「へぇ……俺と一緒か」
「「回復」」
同時に聴覚と視覚を回復させる二人。
「俺は、救う為に戦う。勇者様は、何の為に戦うんだ?」
「……それは、お前が立ってたら教えてやるよ」
ダンッと音を立てて土を蹴り、足裏から魔力を放出して加速する二人。
「ウオォォォオォッ!!」
「ウラァァァァアァッ!!」
同時に繰り出した拳が、互いの頬を同時に捉える。
「……アニキ」
膝を下り、相手に寄りかかったのはバリーナだった。
「……成程……な。背負っているものの、重さの違いが出た、か……」
「……良い一撃だったぜ」
「……嬉しい、ねぇ……勇者様に、褒めて……もらえる、なんて……な……クヒッ、ケヒッ、……ヒ……」
「っ、とと……アンタも大変だよな。ったく」
バリーナを支えながら勝った事をアピールするように左腕を掲げるアニキ。
それを見て割れんばかりの歓声をあげる観客達。
魔術を使いながらの肉弾戦なんていう、普通なら滅多に見れない戦いを繰り広げた二人に対する称賛の嵐。
中には泣いているオッサンまでいる。
だが、全員が全員盛り上がっている訳では無かった。
「何故だ!! 何故バリーナが負けた!!」
バンッと音を立てて椅子の肘当てに握り拳を叩き付けているのは貴賓席のルクスィギス。
既に酔っているのか、はたまた怒りからなのか顔が赤い。
「我が王よ。まだ一回負けただけです。まだ、試合に負けた訳ではございませんよ」
「そうですよ。まだ二人いますから」
荒れるルクスィギスを宥めるのはラギルとサラ。
サラの失われた片腕は取り戻されており、爛れた顔の半身も治癒スキルを使ったのか綺麗に治っている。
彼女はルクスィギスに気に入られたのか、体の線の出るドレスを着て隣に座っている。
「そうですよそうですよルクスィギス様〜」
「……ハラグロか。お前、どのツラを下げてここに来ている」
「嫌ですよ〜。私の顔はこれしかありませんよ〜う」
「……何の用だ」
「いんえいんえ〜。私はただご報告を〜と思いまして〜」
「報告だと?」
「はいはい〜これを〜、ニックに渡して起きましたのです〜ぅ」
「これは……くくっ。やるじゃないか」
ハラグロがルクスィギスに渡したのは液体の入った小さなガラスの筒。
ただその筒はただの筒ではなく、片側には針が付いている。
その中には紫色の液体が入っている。
「負けそうになったら使えと伝えております。一発で元気になりますよ」
「ほうそうかそうか。ククッ……お前は相変わらず使える奴だな」
「お褒めに預かり光栄ですよ。次期ローライズ教王様」
ハラグロの言葉に満足そうに頷くルクスィギス。
だがハラグロは知らない。
ニックが、自分の筋肉に絶対的な自信を持っていたので、ハラグロと分かれてすぐにその薬品を捨ててしまっていた事に。
そしてそのニックの相手が……
「あんなの見せられたんだ……俺も気合入れてやるか」
「あんまり本気出すなよ? お前が本気でやったら相手瞬殺になっちまうんだから」
「おう。ハンデとして、刀は使わないでやるさ」
「……」
「おい合掌やめろ」
ニックの相手は、ロウエンだった。
お読み下さり、ありがとうございます。
アニキ、頑張ってた?……まぁ良いか。
でも見様見真似である程度できるって事は、センスはあるのか……
さて、群狼の一部メンバーがいませんがどこに行ったんですかね〜
ブクマ、星ポイント、本当にありがとうございます。
メチャクチャ嬉しいです!!
次回も読んでいただけると、嬉しいです。
次回もお楽しみに!!