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29話〜取り戻す怖さと迫る刻限〜


「出かけるのか? 主」

「おう。ちょっと様子を見にな」

「そう言って昨日も行っていなかったか?」

「まぁ良いじゃねぇかよ。ロウエンこそ出かけるのか?」

「あぁ。ユミナと一緒にちょっとな」

「どこに行くんだよ」

「ん? デートだよ」

「マジか……お前、ユミナがタイプだったのか……」


 驚きだ。

 ロウエンはもっとこう、大人な女性が好きなもんだと思っていた。


「……あとエンシとフーも一緒に行くけどな」

「フーも連れて行ける所なのか?」

「でなければ連れて行かんさ。それに今日はウルとルフを連れて行くのだろう? 一匹だけで留守番は可哀想だからな……安心しろ。皇城図書館に行くだけだ」

「図書館に!?」

「あぁ。ちょっと調べ物をな」

「そっか……」

「ミナモも一緒に行くんだろ?」

「あぁ。今日はアイツとウル達と行くよ」

「そうか……何も無いと思うが、まぁ気を付けてな」

「おう。そっちもな」


 ロウエンと別れ、宿を出る。


「おっそい」

「ガウ!!」

「ガルガル」

「悪い悪いって……んじゃ、行くか」


 外で既に待っていたミナモ達と合流し、そのまま療養所へと向かう。

 皇国に来てもう三日。

 療養所にモーラを預けた俺達は宿を取り、しばらく滞在する事にしたのだ。

 一言で言ってしまえばこちらの文化を見たいからだ。


 一番の違いは街に普通に魔族がいる事だ。

 王都にも確かに魔族はいたが、エルフやおとなしい人狼やワーキャットぐらいだ。


 だが皇国は違った。オークやオーガが大工を営み、ゴブリンの探偵屋、デュラハンが大道芸人をやっていたりする。

 一番驚いたのがスケルトンが潜って魚を獲っているのだ。彼等が言うには、息をする必要が無いから天職らしい。


 のだが、たまにデカい魚に衝突され、水中でバラバラになってしまうのが悩みだったらしい。

 ので、オークの道具屋が水中での活動用に特別なスーツを作ってもらい、前ほどバラバラにならなくなったそうだ。

 他にもウィッチやエルフが薬屋を営んでいたり、オーガがマッサージ屋を営んでいたりする。

 魔族と共存しているのだ。

 皇国は。


「凄いわね……」

「あぁ。ここまで生活に密着しているなんてな……」


 見るだけで驚かされる。

 騎士団にも魔族達はいる。

 なんでも、騎士団の中に実力があれば種族問わず部下にする騎士がいるのだという。

 良くも悪くも本当に驚かされる。


「おいそこの兄ちゃん寄ってかないかい?」

「悪い。俺達行くとこあってさ」

「いやいや、アンタじゃなくってそっちのモフモフの兄ちゃんだよ」

「……え?」

「がう?」


 こんな感じで、兄ちゃんと呼ばれたからって俺とは限らない。

 今回のように、ワーウルフの肉屋がウルを呼ぶ事だってあるのだ。


「良い肉が入ったんだ。どうだ? 味見して行くか?」

「あ、えっと……」

「ガウ、ガルガガウ」

「おやそうかい……ま、気が向いたら寄ってくれや〜」

「ワフ〜」


 似た種族だからか仲は良いようだ。

 いや、似た種族だから仲が良いというわけでは無いようだ。

 ラミアの女性が人間の青年と腕を組んで歩いている。

 オーガの男性は人間の女性の隣を歩きながら娘を肩車している。

 オーガの女性が人間の男性を買い物に連れ回している。

 他にもいる。

 違う種族同士で結ばれ、家庭を持っている人達がここには大勢いる。

 種族は関係無い。なのに……なのに……


「……ハヤテ?」

「ん? どうした?」

「いや、なんか怖い顔してたからさ。ほれ、ウリウリ」

「お、おいなんだよ……」

「眉間にシワ、ついちゃうぞー?」


 指先で俺の眉間をグリグリと押しながらニシシと笑うミナモ。

 よくよく考えてみると彼女と知り合って割と経った。

 彼女と初めて出会った時、彼女は旅をしていると言っていた。

 その旅の目的は何なのか。

 それはまだ話してくれないが、いつか話してくれるだろうか。

 いや俺達と一緒にいるという事は旅の目的と何か関係しているのだろうか。

 いやそれともまだ余裕があるから一緒にいるのだろうか。


(いや護衛云々言っていたし、危険から身を守る手段が欲しかったのか? )


 いやだったら一人で旅に出るなよと思ってしまうが、その時の顔がまた怖い顔になっていたのだろう。

 また眉間を指先でグリグリされてしまった。


「何か考え事してたでしょー?」

「……おう」

「何考えてたの〜? お姉さんに言ってみ?」

「……ロウエンとかミナモの事でさ」

「うん?」

「まだ知らない事。いっぱいあるなって思って……」

「うんうん?」

「いつか、話してくれるかな……って思ってさ」

「……そっ、かぁ……んー、じゃあその時が来たら……私がなんで旅をしているのかを話してあげよっかな〜」

「良いのか?」

「うん。約束」


 ニコリと微笑みながら頷くミナモ。


「にしても何か騎士が多くない?」

「うーん……そう言われてみれば、多い気もするな」

「何かあったのかな?」

「聞いてみるか?」

「んーん。それより早く行こ」

「良いのか? ……っておい待てよ」


 ツカツカと先を歩くミナモを追いかける。

 王都と比べ、街にいる騎士が多い皇国。

 だから立ち話している騎士の会話が時々聞こえてくる。


「北の盗賊団の掃討にレイェス様が直々に出たそうだぞ」

「本当か? それなら、盗賊団とすぐに掃討されるだろうな」

「だな〜。でも国境沿いに魔族共が集まっているらしいしよ」

「何も無けりゃ、良いんだけどな」

「おいおい。それじゃ俺達の警戒損になるじゃねぇか」

「馬鹿言うな。俺達騎士が働かないで給料泥棒できているって事は、それだけ平和って事なんだぞ」


 そんな会話を騎士達はしていた。




 (モーラ)が療養所に来てもう三日。

 今日も彼等は来てくれました。


「具合はどう? あれから記憶、何か思い出した?」

「……すみません。ミナモさん。まだ何も……」

「そう……ま、まぁゆっくり思い出していきましょうよ」

「ありがとうございます……」

「ワフ……」

「ワン……」


 ミナモさんは言葉で、ウルさんとルフさんは頭を私の足に乗せて励ましてくれます。

 今日は天気も良いので外でお話をしているのです。

 療養所の庭は自然で満たされていてとても綺麗なんです。

 今も花が咲いていて、蝶々が飛んでいてとても穏やかな風景です。


「顔色、良さそうだな」

「ハヤテさん」

「呼び捨てで良いんだけどな……」

「す、すみません……」

「あー、ハヤテがモーラちゃん泣かせたー」

「ガウ?」

「バウ?」

「え、俺が悪いの!?」


 仲良く話す二人と二匹。

 その光景を見て私は心が温まると同時に、ズキリと痛むのを感じました。


「……どうした?」

「具合、悪い?」

「え? ……あ、いや……大丈夫です」

「そうか。なら良かった」


 そう言って私を心配しつつ笑ってくれるハヤテさん。

 そんな彼の事が、私は好きです。

 一緒にいられるミナモさんが羨ましい。

 撫でてもらっているウルさんとルフさんが羨ましい。

 彼女達の他のパーティーメンバーも羨ましい。

 一緒に旅をして、一緒に過ごして……


 羨ましい。


 私もできる事なら共に過ごしたい。

 でも、私にはそんな権利が無いのかもしれない。


 ここに来る前に、一時的にハヤテさん達の家で過ごさせていただい時に偶然聞いてしまった会話。

 その時ハヤテさんはロウエンさんと話していました。

 そしてロウエンさんが言ったのです。

 目の前でされた仕打ちを忘れていない、と。


 どうやら私は記憶を失う前にハヤテさんを傷付けていたようです。

 そんな私には側にいる権利は無い。

 そう思ってしまいます。

 いえ、それどころかこの好意を向ける権利すら無いとまで思ってしまいます。


 ならばいっそ、記憶を失ったまま新しいモーラとして彼と共に……いや、それはダメです。

 彼が今私に向けてくれている笑顔は、本当の私に向けられたものではないのですから。


「にしてもモーラのクッキー美味しいわね」

「あぁ、本当に美味しいな。これならいくらでも……ってウル!! ルフ!!」

「ワッフワフー!!」

「ガウガウ!!」


 私が作ったクッキーを平らげてしまったウルさんとルフさん。

 でもハヤテさんはそのクッキーを美味しいと頷いてくれた。


 彼を傷付けた記憶を失う前の私にはこのクッキーは作れないでしょう。

 この笑顔を作れないでしょう。

 ならいっその事、本当に記憶が戻らなければ良い。


 なにより私は、彼を傷付けたという記憶が戻る方が辛い。

 好きな人を傷付けたという記憶を知りたくない。

 どんな方法で傷付けてしまったのか、何を言ってしまったのか。それを知る事が怖い。


 それと同時に、記憶を取り戻す事で彼へのこの想いを失ってしまうのではないかと不安なのです。


 果たしてこの感情は、記憶を失う前から持っていたものなのか。

 それとも、記憶を失ってから得たものなのか。

 それも分からなくなってしまう。


 苦しい。

 苦しくて苦しくて。

 こんな辛いのなら、彼を好きになりたくない。

 彼に恋をしたくない。

 でも、私がそう思っていても


「お、おい。大丈夫か? 部屋に戻るか?」


 ハヤテさんは椅子から立つと私の隣にしゃがんで背中をさすってくれる。

 優しくしないで。

 私は貴方を傷付けたのに。

 お願いだから優しくしないで。


 そうどれだけ願っても彼は優しくしてくれる。

 微笑んでくれる。

 私が落ち着くまで背中をさすってくれる。


 そんなに優しくしてくれるから。

 こんな私に優しくしてくるから。

 私は貴方に恋をしてしまう。


 貴方を取られたくないと思ってしまう。

 貴方の側に居たいと思ってしまう。

 貴方と添い遂げたいと思ってしまう。


 だから。

 それならなおの事、私は記憶を取り戻さなくてはいけない。

 記憶を取り戻して、彼に謝らなければならない。

 そして許してもらってやっとスタートラインに立てるのだ。


 だけど許してもらえるとは限らない。

 当たり前だ。

 でも私はそれを受け入れなくてはならない。それが償いなのだから。


「……落ち着いたか?」

「……はい」

「そっか。なら良かっ……」

「あの……」

「ん?」


 立ち上がる彼の服を掴んで引き止める。


「どうした?」

「あの……」

「……ん?」

「……凄く、大事な話があります」

「大事な話?」

「はい。でも、今はできません……」

「今はできない?」

「はい。記憶が戻ってから……それでも伝えたい想いが変わらなければ。その話を、聞いてくれますか?」

「当たり前だ。聞くに決まってんだろ」


 彼は悩む事なく頷いてくれた。


「だけどまずはゆっくり、無理をしないで記憶を取り戻そう。な、モーラ」

「……はい。ありがとうございます」


 その言葉が温かくて。

 傷だらけの私の心に染み込んで。

 癒してくれるのにそれが痛い。


 でもその言葉は記憶を失う前の私ではない、今の私に向けられた言葉。

 私にとっては、宝物にも等しい言葉。

 その言葉と、彼への想いを胸にそっと秘めて私は彼等を見送るのです。

 楽しい時間は本当にすぐ終わってしまう。

 それが悲しい。もっともっと彼と一緒にいたいのに。


(あぁ……明日が早く来たら良いのに……)


 そんな事を思ってしまう。


 あぁ本当に、幸せな時はすぐに終わってしまう……

お読みくださり、ありがとうございます。


今回は記憶を失ったモーラ視点を書いてみました。

彼女の不安が上手く伝わったら良いのですが……


前回のご感想。本当にありがとうございます!!


次回は少し短くなるかもしれません。

次回で……

次回もお楽しみにです!!


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― 新着の感想 ―
[一言] いかん。モーラに気持ちをもっていかれる。
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