28話〜医者を求めて〜
モーラと再会する事ができた。
ただ彼女は記憶を失っており、自分の事はおろか俺の事まで忘れていた。
「本当に何も覚えていないのか?」
「……はい」
「アニキと旅に出た事も?」
「はい」
「……俺に、した事も」
「……」
無言で頷くモーラ。
「本当に何も覚えていないようだな……」
「あぁ。そうだな……」
「どうする。ロウエンは記憶を呼び戻す術とか」
「知らない事もないが……ひとまずは医者に見せるのが良いだろう」
「それもそうか……」
「俺が連れて行く。主は先に朝飯を食べていてくれ」
「お、おう……分かった」
「よし。んじゃ行くぞ」
「……はい」
モーラを連れて医者をやっているエルフの家へと向かうロウエン。
エルフ達も解散したので、俺も家に入り朝食をいただくのだった……
「忘れてた……」
「え、えへへへ……」
「私も手伝おうとしたんだけどね……」
朝食はできていた。できていたのだが……
「焦がしちゃった」
真っ黒焦げのパン。
「ちょっと火を通しすぎて……」
お椀によそわれているのにグラグラとしているスープ。
「味見はちゃんとしたから!!」
涙目でこちらを見てくるユミナと黙って食えと目で伝えてくるミナモに負け、スープを一口飲む。
「……普通に美味いな」
「でしょ!?」
「バカな!?」
ミナモの驚愕の言葉は聞かなかった事にしよう。
スープは普通に美味い。
若干トロミがあるが普通に美味いのだ。
「いや、普通に美味いな……」
「良かった〜」
パンは焦げていたがスープのおかげで食べ切れた。
「おや、どこか行くの?」
「あぁ。医者の所にな」
「さっきの子の事?」
「まぁな」
「全く……」
「んだよ」
「甘いと言うか、優しいと言うかさ……」
「別に。アイツが家に帰るにしろアニキを追いかけるにしろ記憶が無いと生活に支障が出るだろ」
「え、記憶無いの!?」
「みたいでな……だから様子を見てくる」
「ほいほい。行ってらっしゃいな」
「行ってらっしゃーい」
二人に見送られ家を出る。
行き先は村で唯一の医者の家。
夫婦で医者をやっており、何度か薬草を届けた事がある。
厳つい顔の旦那さんとできたてのパンを思わせる柔らかい表情の奥さん。
旦那さんは厳つい顔に反して非常に涙脆く、患者の怪我や病気が治る度に泣いてしまうらしい。
奥さんはマッサージが非常に上手い。
気持ち良くて気付けば寝てしまうほどだ。
「いらっしゃい」
「来たか……まぁ座れ」
用意された丸椅子に座る。
「あれ、ロウエンは?」
「ロウさんなら向こうでえっと、モーラちゃんとご飯を食べているわよ〜」
「あ、すみません。ご飯まで」
「良いの良いの。薬草のお礼よ。気にしないで」
「そ、そうですか」
「あ〜。話して良いか?」
「す、すみません」
「例の子だがな、記憶を失っているのは本当のようだ」
「……そうですか」
「だが見た所怪我の類が無くてな」
「え……怪我なら」
「あぁすまない。言葉が足りなかったな。記憶喪失のきっかけになる傷が見当たらなかったんだ」
「きっかけになる傷?」
「うん。分かりやすく言うなら、何かで頭を打った跡とかだな。そういうのが一切見当たらないんだ」
「それは……」
「それはまた奇妙な話だな」
「ロウエン?」
「よう主。あ、飯美味かったですよ。ごちそうさまです」
「いえいえ〜。ふふふ」
「お、おいロウエン。モーラは?」
「アイツなら部屋で休んでいる」
「そっか……」
「んで話を戻すが、傷も無いのに記憶を失うとはな……そちらは専門外だから詳しい事は言えんが、妙だな」
「そうなんだよ」
「んんん?」
「主に分かりやすく言うなら、傷を負ってないのに出血しているようなもんだ」
「なるほど」
「うーん……少し違うような気がするが、まぁ良いか」
腕を組みながら渋い顔で頷く旦那さん。
「となると記憶喪失の原因はなんだと思う?」
「そうだな……何かしらのスキルや魔術を使われた可能性もある」
「そんなものがあるんですか!?」
「無いとは言い切れない。あくまで可能性の話だ。他にも原因となる事はある」
「例えば?」
「例えばそうだな……自身の心が耐えられないほど辛い事があった時とかだな」
「他には?」
「思いつかん」
「おいおい……」
「それだけ難しいんだよ。記憶関連はな」
「そ、そっか……」
「俺も長い間医者をやっているが、記憶喪失の患者なんてそんなに診た事がないからな」
「じゃあ……」
「ここでは原因は解明できん。それに、治療も難しいな」
「そうなのか? 旦那」
「あぁ。言ったろ。そんなに診た事が無いって。言っちゃ悪いが、こういうのは専門家に任せた方が良い」
「そんな……」
「心当たりあるのか?」
「知り合いが療養所をやっている。そこに行った方が早いだろう」
「そうか。すまないな」
「いやいや。こちらこそ役に立てなくてすまないな……今紹介状を書く。少し待ってろ」
「あの、その療養所ってどこにあるんですか? 王都ですか?」
「ん? いや、皇国だよ」
次の目的地は皇国に決まった。
旦那から紹介状を受け取り、一度家に帰った俺達。
モーラはとりあえずエンシさんの部屋で過ごしてもらう事になった。
そして俺はロウエンと、皆がリビングとして使っている部屋でテーブルを挟んで話していた。
「行くのか?」
「行かなきゃだろ。モーラの記憶を取り戻さないと……」
「取り戻して何になる?」
「ロウエンは反対なのか?」
「反対以前の問題だ。俺の目の前で主にした仕打ち、忘れてはいない」
「それはまぁ……俺だって忘れた訳じゃねぇけどよ」
「ならば何故」
「幼馴染みとしての、情けってやつ……かな」
「……全く。甘過ぎるぞ」
「それが俺だ」
「はぁ……主はそれで良いかもしれんがな、問題は彼女だ」
「なんで……」
「記憶を取り戻すという事は、彼女が記憶を失う程辛かった事を思い出すという事だ」
「……それは」
「それを思い出させる事が、果たして彼女の為になると思うか?」
「……」
「思い出しても、その辛い思い出が原因でまた失うかもしれないぞ」
「……そうかもしれないけど」
「まぁ主が、過去にされた仕打ちの仕返しのために記憶を取り戻させて苦しめたいと言うのなら、別だがな?」
「そんな事!!」
「……落ち着け」
テーブルを叩いて立ち上がる俺をロウエンは左手を見せて落ち着かせる。
「今のは俺が悪かった。主がそういう事を望んでする人間ではない事は理解している。すまなかった」
「あ……いや、俺こそすまん」
「幼馴染みだから見捨てられないというのは分かる。だがな、主の船にも定員はある。それを超える数を乗せようとすれば、主という船は沈んでしまうぞ」
「……」
「少し冷静に考えろ……」
「……お前はどうするんだ」
「俺は俺でやる事があるからな」
「……そうか」
「……自分のキャパ。見失うなよ」
そう言って部屋を出るロウエン。
「……俺のキャパ、か……」
俺としてはモーラを助けたい。
幼馴染みとして助けたい。
殴られた事があったけど、村にいる時は相談になって乗ってもらった。
だからといって、俺が助ける事だろうかと考えてみる。
モーラはアニキのパーティーのメンバーだ。群狼のメンバーでは無い。
ならば助ける必要は無い。
(本当に、俺がやるべき事だろうか……)
考えても答えが出ない俺は、ひとまず家を出るのだった。
三日後。
俺はロウエンと共に川に釣りに来ていた。
「……決めたのか。主」
「あぁ。俺の考えは変わらないよ」
「……そうか」
「せっかく紹介状を書いてもらったし、モーラも了承した」
「……」
「それに……」
「それに?」
「弱っている人を見捨てたくない」
「……全く」
「悪いな」
「……見捨てられた辛さを知るから、ってやつか」
「悪いか?」
「いや、悪くない。が、まぁこうなるとは予測していた。船の手配は済んでいる」
「ロウエン……」
「紹介状も書いてもらったしな」
話しながら川に竿を振るロウエン。
「この前は悪かったな……」
「い、いや……俺の方こそ」
「初めからこうなるとは思っていたんだ」
「え?」
「主の事だ。なんとか理由付けして助けようとしたはずだしな……」
「分かってんじゃん」
「ふっ……一応、最初の仲間だからな」
「……ありがとうな。本当に」
「……気にすんな。って主、糸引いてるぞ」
「え? ……あ、本当だ!? って逃げられた!!」
「ククッ……本当に面白い人間だな。主は」
「そうか?」
「あぁ。面白いな……まだ未熟で世間知らずで」
「それ悪口になってねぇか?」
「まだまだ食えたもんじゃないがな。だから、これから知れば良い。これから見て、聞いて、感じて、知れば良いんだ」
「……」
「聖装に選ばれた、魔族軍を騎士と共に退けた。だがお前は俺から見りゃまだまだ子どもだ。ゆっくりで良い。焦らずに大きくなれ」
「……やっぱ先輩が言う事は違うな」
「これでも先輩だからな……釣れないなぁ」
竿を引き、立ち上がるロウエン。
「お前の船にはキャパがあるって言ったよな?」
「あ……お、おう」
「一人で抱え込むなよ。沈む前にちゃんと相談しろ。仲間だろ?」
「……そう、だな……」
「俺にできなかったらミナモやユミナ、エンシだっている。俺達がダメなら、この村の大人達だっている。戦いの時じゃなくてももう少し頼る事を覚えろ。良いな? 主」
「……そうだな。そうするよ」
「聞き分けが良くて助かるよ」
ニッと笑うロウエン。
「んで、船を手配してくれたって言ってたけど……」
「あぁ。出発は三日後。帰ったら支度だ」
「おう。ありがとうな!!」
「気にするな……仲間、だからな」
「……でも、ありがとうな」
「……気にするな」
そう言って先に家へと帰るロウエン。
次の行き先は決まった。
皇国にある療養所。
出発は三日後。
きっと記憶を取り戻せる。
俺は何故か、そう信じ切っていた。
だけど俺はこの選択を後悔する事になる。
お読みくださり、ありがとうございます。
次回はいよいよ皇国に行くよ!!
果たしてモーラの記憶は戻るのかな?
でもハヤテ、やっぱり見捨てられなかったんだね……仕方ないな!!
前回のご感想も読ませていただきました!!
いろいろな反応がありましたが……本当に、創作の燃料になっております。
本当に、ありがとうございます!!
次回もお楽しみに!!