22話〜過去と向き合って〜
平和なある日。
俺達は群狼としてではなく、それぞれ個人個人で依頼を受けていた。
俺はエンシさんと共に診療所のエルフに頼まれ、薬草を取りに森に来ていた。
「ウル、ルフ。この匂いだよ」
「ガウゥゥ」
「ウゥゥゥ……」
ウルとルフに薬草の匂いを嗅がせて探させる。
当然俺達も探すが嗅覚の優れたウル達にこうやって探させた方が効率は良い。
ウル達は薬草を見付けたら体に着けた籠に入れるように言ってあるので俺達がいちいちウル達の元に行く必要は無い。
一応、籠がいっぱいになったら来るように言ってあるので大丈夫だろう。
ちなみに今俺達が探しに来ている薬草は複数ある。
解熱効果のあるやつ、止血効果のあるやつ、強壮効果のあるやつ、麻酔効果のあるやつ。
他にもあるがエンシさんやウル達と一緒にやれば問題無いだろう。
案の定ウル達は目当ての薬草を探しては籠に入れていく。二頭とも賢くて助かる。
エンシさんもサクサクと薬草を探しては見つけていく。
手際も良く、サクサク見つけていく。
エンシさんが言うには、どういったところに生えているかを覚えているから見つけやすいのだそうだ。
「俺も覚えては来ているんですけどね」
「ふむ?」
「確か止血作用のある薬草は日陰ですよね?」
「そうだな。でもそれだけではない」
「え?」
「日陰は日陰でも湿った土に生えている事が多い。その事も踏まえて探すと見つけやすいぞ」
「な、なるほど……」
そこからはエンシさんに言われた事を参考に薬草を探してみる。
するとどうだろう。めちゃくちゃ見つかる見つかる。
あっという間に籠がいっぱいになった。
一応複数種あるので種類ごとに分けた方が良いかとエルフに聞いたが、後で自分で見るから一緒で良いと言われた。
というのも、同じ薬草でも成長具合で効能の強さに差があるのだという。
大人に使う強さの薬草は子どもには使えない。
その逆もあり、子どもに使う薬草の強さでは大人に効果がほとんど出ない。
その仕分けもあるので、俺達は同じ籠に入れて良いらしい。
ここの医者は珍しく、薬草で治すエルフだ。
治癒魔法とかではなく、極力薬草による治療を行う。
他にも外科手術とかもする珍しいエルフなのだ。
その理由を以前聞いたのだが、面白い答えだった。
「だって、私が使えた医療魔法をもし後任の子が使えなかったら大変でしょう? だからですよ」
俺は驚いた。
医療魔法があるのなら皆そっちを使う。
そっちの方が効果が早いのだ。
怪我の治癒もそうだし、病気が治るのもそっちの方が早い。
だが薬草はそうではない。
時間がかかってしまう。
だが医者はそっちを選んだのだ。
自分の代の事ではなく、自分の後に続く者の事を考えたのだ。
「ふぅ……いっぱいになったね」
「ですね。戻る前に少し休みます?」
「そうだ、ね。ウル達も疲れたろうし」
「じゃあ休憩しましょっか」
「ワウ!!」
「ワフ!!」
休憩という言葉を聞き付けて来たウルに飛びかかられ、押し倒される。
隣ではエンシさんがルフに押し倒されていた。
「ち、ちょっと離れろって」
「ワフワフ!!」
「ワワン!!」
「あはは。元気だね〜」
何とかウル達を離し、休憩をとる。
エンシさんが休憩用にと簡単なお弁当を作ってくれていたので、それを食べながらノンビリする。
ウル達も隣で弁当を食べている。
「美味しい?」
「ワウン!!」
「クゥン!!」
「あはは。そっか。良かった良かった」
二匹の反応を見て微笑むエンシさん。
そういやママエルフ軍団に料理を教えてもらっていたもんな。
と言ってもウル達のお弁当は干し肉なんだけどね。
「ハヤテ君。味はどう?」
「美味しいですよ」
「そっか。良かった〜」
俺の返事に喜んでくれるエンシさん。
そんな彼女を見ながらソニックランナーの唐揚げを頬張る。
下味もしっかり付いているので非常に美味しい。
「そう言えばっていうか……」
「うん?」
「エンシさん、なんか柔らかくなりましたよね」
「……そうですか?」
「うん。王城で会った時とは大違いですよ」
「なるほどな。まぁ、今は騎士ではないからね」
「そういう事ですか」
「そういう事だ。一応、私も一人の女だからね」
「それは分かっていますよ」
「本当かな〜」
「キャラブレッブレですね……」
「気にしたら女にモテないぞ?」
「いや、しばらく恋愛は……」
「……そういえば突然なんだけど」
「何です?」
「何で旅をしているの?」
「あ〜……気になります?」
「まぁ、ね」
「……話すと長くなるんですけどね。うーん…………」
俺は何故旅を始めたのかを話す事にした。
何で村を出たのか。
どこでロウエンと出会ったのか。
ミナモとはどこで。
全て話した。
兄貴に恋人を取られた事も。
親から冷遇されていた事も。
全部話した。
それをエンシさんは黙ってきいてくれていた。
「そっか……そんな事があったんだ」
そのまま静かに話す。
「辛かったね」
その一言。
それは俺が目を背け続けた感情。
辛い。
その一言を誰かに言っていいのか分からなくて黙っていた。
それを言ってくれた。
「辛かったよね」
その言葉に俺は無言で頷いた。
するとエンシさんは俺の事をそっと抱きしめてくれた。
信じていた兄に彼女を取られた。
将来結ばれたいと思い、約束した恋人に裏切られた。
この二つが一番辛かった。
でも、言う暇が無かった。
言って良いのか分からなかった。
俺個人の思いを誰かに言って良いのかが分からなかった。
でもエンシさんは受け止め、それを肯定するように言ってくれた。
「……泣いても、良いんですよ」
その言葉。
言って欲しかった言葉。
求めていた言葉。
気を遣ってかロウエンもミナモもユミナもこの話題には触れなかった。
だが、自分から話したとはいえエンシさんは黙って聞いてただ一言、辛かったねと言ってくれた。
そして泣いて良いとまで言ってくれた。
「今ここには私達しかいませんから……」
その言葉が俺が今まで心の奥底に押し込めていた感情を爆発させる。
「お、俺は!! ……セーラの事が大好きで、将来は幸せな家庭をって思っていたのに……兄貴に取られていて!! もう、俺の知るセーラじゃなくなっていて!!」
止まる事なく出てくる言葉。
悲しかった、辛かったという内容の言葉。
それを最後まで黙って聞いてくれたエンシさん。
彼女はただただ頷いて背中をさすりながら聞いてくれた。
ウル達も俺の話が終わると涙を舐めとった。
その様子が俺を慰めようとしているように見えたのは、多分俺だけかもしれない。
「……落ち着いた?」
「はい……すみません」
「良いんだよ。そんな事があったなんてな……知らなかったとはいえ、聞いてしまってすまなかったな」
「いえ。ロウエン達はその……俺が気にしないように話題にしなかったり、その彼等なりに気を遣ってくれていましたから」
「……そう」
ロウエン達は失恋や傷心という言葉を使っていた。
彼等は彼等で、俺から話すのなら聞こうという感じだったのだろう。
だけど俺は、なんだかんだ話しても本心を言う事は無かった。
セーラを取られていた事に気付けなかった情けない自分を否定したくてとか、母は俺の事が邪魔だったんだとか言って、俺の心の奥底にある本心を言っていなかったんだ。
それを初めて言えたんだ。
自分を守る為に。弱い所を見せまいと必死に隠し通した本心。
それを、聞いてくれた。
「……あの、ありがとうございました」
「ん? ……礼には及ばないさ。仲間だからね。そういう本音を話せるのも仲間じゃないかな」
「……それでも、ありがとうございました」
ずっと抱え続けていた重りをやっと下ろせた感じ。心が軽くなったようだった。
「じゃあ、早く帰るとしよう。医師もこの薬草を仕分ける仕事があるのだしな」
「お、おう。そうだな!!」
エンシさんの言葉に頷き、俺達はウインドウッド村の帰路につく。
やっと本音を話せた事もあり、気分が軽くなった俺はウルとルフと一緒に軽い足取りで歩く。
だからか気付けなかった。
いや、聞こえなかったんだ。
「そんな事が……あの二人、許せんな」
という言葉が呟かれた事に。
『頭!! もう少しっすね!! 』
『カ〜シラ!! 』
『これ終わったらしばらくはお休みですからね!! 』
『久しぶりに家に帰るからな〜。俺の顔、忘れられてねぇと良いけど』
『大丈夫だって。ちゃんと母親の顔ぐらい分かるからさ』
『だと良いんだけどね……』
俺の目の前で口々話す部下達。
俺に話しかけてくる者。
仲の良い仲間同士で話す者。
その話題も様々だ。
家で待つ家族の事。
帰ったら酒をたらふく飲む者と様々だ。
だが、それが現実ではない事は分かっている。
夢だ。
それも……
『おい!! おいしっかりっ!? 』
『おいこっちだ!! こっちに生き残りがいるぞ!! 』
『殺せ!! 一匹残らず殺せ!! 』
『お願い……娘に伝えて……愛しているっ、て……』
『コイツァ上玉だなぁ!! 連れて帰って可愛がってやろうぜ!! 』
悪夢だ。
俺が何度も何度も見てきた悪夢だ。
目の前には部下達の遺体。
敵の遺体も転がっている。
俺の服も、刀も、顔も手も、血で染まっている。
『頭!! 頭だけでも!! 逃げてください!! 』
『頭……すんません!! 』
部下の一人が俺を崖下の川に突き落とす。
「っ……はぁ」
そこでいつも目を覚ます。
「だ、旦那ぁ。大丈夫ですかい? その、すごい汗ですぜ?」
「……あぁ。大丈夫だ」
「良かったら使ってくだせぇ」
「……助かる」
エルフの男性から受け取った手拭いで汗を拭う。
「へへっ、見てくだせぇ。もう少しで工事も終わりまっせ」
彼はそう言うと後ろの方を指差すのでそちらの方を見る。
そこにあるのは橋だ。
ウインドウッド村と王都を繋ぐ最短ルート。
彼等はその途中にある川を跨ぐ橋をかけていたのだ。
俺がここにいるのは彼等の護衛。
と言ってもこの辺にはそこまで脅威となる魔獣は滅多に出ない。
が、先日レイブウルフが出た事もあり、念のため呼ばれたのだ。
「もう少しですので、待っててくだせぇ!!」
「あぁ。悪いな……ろくに手伝いもせずに」
「いえいえ。旦那が暇な方が、俺等としては良い事ですから」
「それもそうだな」
「へへっ。んじゃもう少しなんで、待っててくだせぇ」
そう言うと仲間のもとに戻っていく男性。
その背中を見ながら俺は座りながら主の事を思い出す。
酷く不器用で俺達に本心を言わない。気を遣っているのか分からない。
頼りにしてくれているのは分かる。
だが彼はそんな俺達に心配をかけさせたくないのか、いらん配慮をしている気がする。
その配慮の結果、溜め込みすぎて抱え込みきれずに沈んでしまわないかが心配だ。
(……若いんだからもっと頼ってくれても良いんだがな)
そんな事を思うと同時に、歳の離れた彼にどう接すれば良いのかが時々分からなくなる。
ただ戦力としては信頼し、頼ってくれているのでそこは素直に嬉しい。
だからこそ、俺は彼等を失いたくない。
何度も失った経験があるからこそ、もう失いたくないのだ。
だから敵には容赦はしない。
(俺の群れに牙を剥くのなら、容赦無く食い散らかしてやる……)
たとえそれが、主の肉親であろうと。
「つ、遂にできたぞー!!」
「橋が、橋がかかった!!」
「これで王都への行き来が楽になるな!!」
俺がそんな事を思っていると橋が完成したのか歓声が上がる。
「よーし!! 今夜は宴だー!!」
「そう言ってお前は飲みたいだけだろ〜?」
「あったりめぇよ!!」
「あ、旦那もぜひ来てくださいよ!!」
「そうそう!! ハヤテさん達と一緒に!!」
「飲んで飲んで飲みましょうぜ!!」
「……そうだな。たまには良いか」
「よっしゃー!!」
「やったー!!」
橋完成を祝う会だったら主達も来るだろう。
ウル達もレイブウルフの子ではあるがすっかり受け入れられており、暇な時は子ども達の遊び相手をしている。
ルフにいたっては赤ん坊エルフのいる家庭に行って母親が家事をしている間あやしたりしている。
おまけにウル達の母親の墓まで作ってくれてた。
恐れられていた母狼だったが、子ども達を守り育てるための行為だった事を村の皆が理解し、せめてもと言って墓を作ったのだ。
そこに母親が眠っている事を理解しているのだろう。ウル達は時々そこで昼寝をしている。
「旦那〜!! 早く行きましょうぜ〜!!」
「おう。今行く」
エルフの男性に呼ばれたので彼等を追いかける。
偉業を成し得たと言わんばかりに笑顔の彼等を見て俺も気付けば笑んでいた。
この平穏がいつまでも続けば良いと、叶わぬ事と知っていながら思ってしまった。
この平穏からいつか離れなくてはならない事を俺は知っていた。
平穏とはいつかは壊れてしまうものだと、俺は知っている。
だからこそ、俺はその平穏がいつまでも続いて欲しいと思ったのだ。
真っ暗な空。荒野の中にポツリとそびえ立つ城の中で彼等は話していた。
「どこへ行く、ガオン」
「これはこれは、ドルフ様」
ガオンと呼ばれる男性とドルフと呼ばれる男性。
だが彼等は人では無い。
両者共に筋骨隆々の肉体を持ち、ガオンの下顎には鋭い牙、ドルフの頭部には雄牛の如き角が生えている。
「どこへ。と聞かれましても一つしかありませんよ」
「……人界か」
「はい。魔王様が目覚める前に、侵略の地ならしをと思いまして」
「そうか……気を付けて行ってこい」
「もちろんでございます」
「……まずはどこへ行く?」
「手始めに、王都を攻めようかと」
「……そうか」
「では」
そう言って別れる二人。
ハヤテ達が知らない所で始まる侵攻。
だがそれが彼女を、短いながらも解放する事につながるとはこの時は誰も思っていなかったのだった……
お読みくださり、ありがとうございます。
ロウエンの過去をちょっとだけ書いてみました。
果たして彼にはどんな過去があったのですかね。
ハヤテはエンシのおかげで本音を吐露。
おかげで少しは心が軽くなったみたいですね。
それと時同じくして進む王都侵攻計画。
そして解放されるのはいったい……
ご感想、いつもありがとうございます!!
前回のご感想読ませていただきました。
セーラの嫌われっぷりがすごいですね。
でもね、セーラって書いてて楽しいんですよ。
欲望のために生きる彼女って、何やらしても楽しいんですよ。
で次回、多分皆さんまたフラストレーションがたまると思います。
なぜなら皆さんが心配する彼に魔の手が……
次回もお楽しみに!!