143話〜失った者〜
その日、青年は馬車の荷台で静かに揺られていた。
今の彼には何も無い。
持っていた祝福の力も大半を失った。
何の力も無い。
今持っているのはボロボロになった衣服と刃こぼれを起こした剣だけ。
「おいあんちゃん。馬が疲れちまったからよ。少し休ませてもらうが、良いかい?」
馬車の持ち主がそう尋ねると彼は短く
「あぁ。分かった」
とだけ返す。
それからしばらくして木陰で馬車が止まると彼も荷台から降りて木陰で休む。
「ほれ。疲れたろ? 飲め飲め」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
そう言って、馬車の持ち主の爺さんが差し出した水の入った瓶を受け取ろうとして、ハッとした後に左手を出す。
「大変だねぇ。まだ慣れんだろ?」
「えぇ、まぁ……」
彼の右腕は何かに食いちぎられて失われていたのだ。
それを隠すようにマントを身に着けている。
「戦争ってのはやだね……お前さんみたいな若い子に、将来に残る傷を残すんだから」
事情を知らないのか、はたまた戦いでそうなったと彼が言ったのか。
爺さんは隣に座るとそう言いつつ、自身も水を飲む。
そんな彼らがいる木陰の向かい。
道を挟んだ反対側では馬が草をせっせと食べている。
「そういやニイちゃんの顔、どこかで見た気がするんだよなぁ」
と、顎に手を当てて考える爺さんに彼は言う。
「よくある顔だからな」
と。
その言葉に爺さんは
「いやいや。そんな大きな傷が顔にある人だったら覚えてらぁ」
と笑って返す。
事実、青年の顔の右側には大きな傷跡があり、そこだけ肌の色が周りより少し白くなっている。
「……それもそうですね」
と苦笑いしながら青年は返す。
「そういやニイちゃんよ。お前さんどこに行くんだ? 俺に後ろ乗せてくれ言って乗ってきたけどよ。行き先はこっちなのか?」
と、思い出したように尋ねる爺さん。
「行き先、ですか……なんていうか、迷っていて。あてもなく彷徨っているんです」
そう答えながら、左手で右腕をさする青年。
二の腕から先を失った右腕。
それはかつて、彼が犯した罪に対する罰なのだろう。
「そうか……ま、人間生きてりゃ迷う事もあるさな。まぁ良いさ良いさ。俺の後ろに気が済むまで乗ってろ」
と、ニカッと笑って言う爺さんに、青年もつられて笑い出す。
「そういやニイちゃん名前はなんで言うんだ?」
「名前……俺は」
訳あり故に、彼は名をこう騙る。
「マガツです」
「そっかそっか。んじゃしばらくよろしくな。マガツ」
そう言い、十分に休んだ馬を馬車に繋いでまた進み出す爺さんとマガツ。
(マガツ、か……また本当の名前を言える日は来るのかな)
そう思いながら荷台で揺られるマガツ。
(きっとその時は俺の償いが終わる時なのかな……)
そう思う彼に、果たして許される時は来るのだろうか。
それを知る者は果たしているのか。
ただ
(みーつけた……)
荷台で揺れる彼をジッと、彼らが休んでいた木陰から見つめる者がいた。
(ハヤテから奪った君が、今度は奪われる番だよ……)
スッと目を細め、その者は思う。
(償わせはしない。幸せをタップリ感じさせてから奪い取ってあげる。そして)
その力で運命に干渉する。
力の弱まった彼に干渉する事は、彼女にとっては容易い事だった。
(死ぬ事すら許してあげない。絶望に浸した後に幸せをまたあげて奪って。それを繰り返して繰り返して、心を殺してあげる。それがあなたにとってできる、償いなんだから)
それは、彼の弟に対して狂愛を抱く者による罰だった……
お読みくださり、ありがとうございます。
ちょっと今回から書き方を少し変えてみました。
読みやすくなっていると良いのですが……
前回より間がだいぶ開きましたが、読んでくださり、本当にありがとうございます。
ブクマ登録、ポイント、本当にありがとうございます。
次回もお楽しみに。