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116話〜取引〜


「お待ちしておりました。ハヤテ」


 玉座の間に戻った俺を出迎えたのは傍らに一頭の魔獣を従えた一人の魔族の女性。

 彼女は片手を自身の胸に当て、片膝をつき、俺に向かって頭を下げていた。


 黒く艶のある長い髪に血色の良い、キメの細かい白い肌。

 その身を黒紫のドレスに包み、その上に黒いマントを羽織っている。

 美しさと健康さを兼ね備えた魔族だった。


 しかもその美しさは、魅了魔法を使わずとも周囲にいる者を性別問わず魅了できる程。

 はっきり言って、俺が今まで出会った女性の中で確実に一番美しい女性だった。


 そして彼女が美しい顔を上げれば、その赤黒い眼に俺が映される。


「私の名はラナスティア・エルシェント。魔族領タルガヘイムを治めております。以後、お見知り置きを」

「……ハヤテだ。一応、勇者の祝福を受けている」

「お噂はかねがね」

「……そっちのはレイブウルフ、か?」

「はい。ご存知でしたか。フェリル、ご挨拶を」

「……グァウ」


 フェルリという名のウルフは俺をジロリと見上げ、値踏みするかのようにしばらく見た後、唸る様に一言言うと自身の主人の足元で伏せをする。

 彼女が連れて来たレイブウルフだが、俺の所のウルとルフより全然大きい。

 およそではあるが、二倍程はあるだろう。

 全身を美しい灰色の毛で覆われたその姿は優雅さと貫禄を兼ね備えている。


「……それで、今日は何の用で来た?」

「はい。それなのですが……」


 ラナスティアはそう言うと、自らの胸に当てていた手を俺に向けて差し出す。


「貴方様のお力になりたいのです」


 指先までスッと伸ばして差し出された手。

 雪の様に白いその手は明らかに誰かの上に立ち続ける者の手をしている。


「……俺の力、だと?」

「故郷を焼かれた、とか」

「っ!!」


 故郷、ではなく焼かれたと言う言葉に力が反応する。


「聞けば魔族と人の国を作りたいとか?」

「だとしたら何だって言うんだ」

「私の領土をお使いください」

「……は?」

「自慢ではありませんが我が領土はそれなりの広さがありますので問題はないかと」

「……俺としては良い話だな。良過ぎるぐらいだ」

「ハヤテ。まさかとは思うが、乗らないよな?」


 アニキがそんな事を言ってくるが、決めるのは俺だ。

 関係無い。


「足りない様でしたら、我が配下の騎士達もお出しいたしますが?」

「……騎士?」

「はい。騎士だけではありませんわ。魔術師もいますしペットもいます。これからやろうとしている戦に、あって損は無いかと」

「おいアンタ!! さっきから聞いてりゃ上手い話しばかりしやがって!! 何の裏がある!!」


 彼女の話を怪しいと思ったアニキが声を荒げて詰め寄り、ドレスの胸元を掴んでいる。


「魔族が急に来たと思えばそんな話……裏があると疑っ!?」


 ラナスティアに怒鳴っていたアニキは急に変な声を出すや、自分の股間を両手で覆って蹲った。


「おっ、お、おぉ……」

「まるで躾のなっていない犬ね。いっそ去勢してあげましょうか」


 どうやらラナスティアの膝が急所にヒットしたらしい。


「い、いっ……でぇ……」

「貴方の様な礼儀の知らない者、初めてだわ」


 そう言うと彼女はスッと右足を上げ


「ぐっ!?」

「そんな貴方は床でも舐めてなさい」


 アニキの頭を踏みつけ、固定した。


「私はハヤテ様と話しているの。邪魔をしないで下さいな」

「ぐっ……はな、せ……」

「それでハヤテ様。いかがなさいますか? 私の話、受けますか?」


 彼女は、アニキを踏みつけながら笑顔で俺に問いかける。


「……受けても良い」

「おい!?」

「ハヤ兄!?」

「それは良かったです」

「受けても良いが、対価は何だ?」


 考えに考えて、思い付いた言葉をとりあえず投げかけてみる。

 するとラナスティアの笑顔が変わった。

 親愛を伝える笑顔から、面白い玩具を見つけた子どもの笑顔に変わったのだ。


「対価、ね。フフッ、気になるのね。貴方は」

「話が上手過ぎるからな。で、何が欲しい」

「欲しい物、ね。えぇ、確かにあるわ。貴方から欲しい物が」


 そう言うと彼女はアニキから足を退かし、俺へツカツカと歩み寄る。

 そしてジッと、俺の目を見てこう言った。


「貴方との子が欲しいわ」


 臆する事なく、僅かに頬を赤くしてそう言ったのだ。


 その言葉を聞いてその場にいる全員が黙る。

 が、群狼の女性陣が真っ先に口を開いた。


「い、良い訳ないでしょ!!」

「そうよ!! ハ、ハヤ兄を渡したりしないんだから!!」

「そ、そうです!! ハヤテさんは私達の」

「大切なご主人様を渡しはしません!!」

「どうしてもと言うのなら、ここで貴女を斬ります!!」


 案の定、ブチギレていた。

 ギャンギャンギャンギャンと、犬の様に吠える女性陣。

 対するラナスティアは俺の返事を黙って待っている。


 俺も返事を考える。

 まずは俺への利点。

 俺の夢である国を作るための領土を得られる。

 更にそれだけでなく、その領土を守るための兵力も得られる。

 他には何があるか。

 子が欲しいと言う事は、彼女と俺は夫婦になるという事だろうか。

 魔族が必ずしも夫婦となり、二人で協力して子育てするかは分からないが、もし俺の想像通りならば俺はラナスティアと夫婦になって子を育てる事となる。


 何か問題はあるだろうか。

 何もせずと周囲を魅了してしまうような美貌を持つ彼女と結ばれる。

 何も問題は無い。


 ロウエンも特に反応していないし、大丈夫だろう。

 もし問題があるにも関わらず、ロウエンが異を唱えないのならおそらく、ロウエンでも彼女に敵わないという事だろう。


 ロウエンは群狼の中で一番強い。

 それは間違いない。

 その彼が反応しないという事は問題が無いか、あっても敵わない相手だから大人しく従おうといった感じだろう。


 結果、答えは至って簡単なものに辿り着いた。


「良いよ」

「ハヤテ!?」


 アニキが驚きのあまり()頓狂(とんきょう)な声を上げ、女性陣がギョッとした目で俺を見ているが、知らん。

 結局はそうだ、俺が決める事だ。

 群狼のトップは俺だ。


 俺が歩む道は俺が決める。

 だが、誰が上かだけはハッキリさせておく必要がある。


「では……」

「言っておくが、群狼のリーダーは俺だ」

「それは重々承知しております」

「なら良い」

「それでは早速行きましょうか」

「行く? どこへ」

「ハクガネへ、です。魔族軍をさっさと蹴散らし、村を焼いた者へ報復を」


 また片手を自身の胸に当て、片膝をついて恭しく頭を下げながらそう言うラナスティア。


「……あぁ、聖勇教会か。そうだな、アイツ等にはキッチリと落とし前をつけてもらわないとな。いやその前に、魔族軍さえ来なければ間に合ったかもしれないんだ……アイツ等さえ来なければ……あぁ、そうだ。アイツ等が来なければモーラの墓が荒れる事はなかったんだ……あぁ、そうか。そうだよな」


 ふつふつと、魔族軍と聖勇教会へ怒りと憎しみが湧き上がってくる。

 今の俺はおかしいのだろうか。

 いや、おかしかったら彼女の墓が荒らされて悲しむ事はできないはずだ。

 だがら、だから俺はきっとおかしくはない。


 自分に言い聞かせる様にそう思う俺の背中には、真っ黒な翼が生えていた。






 場所は変わって聖勇教会の本拠地。

 雪と氷に閉ざされた地で、彼等は何やら話していた。


「本当に良かったのか? やっちまってよ」

「問題は無い」

「左様。仮に彼が怒り、その矛先を向けたとしても此方には切札がある」

「切札? ……あぁ、秘匿中と勇者とか言ってたなぁ。そんな事」

「異国より召喚せし勇者。彼ならどんな攻撃でもそっくりそのまま返せますからな」

「うむ。それこそ、魔王クラスの化け物でも無い限り、彼の守りは貫けんよ」


 聖勇教会のトップ五人が話す内容。

 それはおよそ、常人が交わすものではなかった。


「して、我等が呼んだその勇者は今何処に?」

「近くの村にでも行ってんじゃねぇの? ほら、最近エルフの行商が来ているって言ってたしよ」

「しっかり働いてくれるのであれば、何をしても構わんさ」


 彼等は呑気に話す。

 既に手遅れである事に気付かないから、呑気に話す。


 彼の怒りは人の域を超えた事を彼等は知らない。

 彼等はハヤテが怒っている事を知ったとしても、村を焼いた事に対して怒っていると勘違いするだろう。


 そう、彼は村を焼かれた事ではなく、モーラの墓が荒らされた事に対してのみ怒っているのだ。

 仲直りできるかもしれなかった少女が眠る墓。

 最期の言葉を人を経由してしか聞けなかった少女が眠る墓。

 その墓を荒らした聖勇教会をハヤテは許さないだろう。


 いや、許さないだろうではない。

 絶対に許さない。


 確かに聖勇教会は戦力を保有している。

 小国ならば相手にならない程の戦力だ。

 だが、彼等が相手にできるのは人間や魔族まで。

 それ以上は相手にしても敵わないのだ。


 そして、そんな彼等によって逆鱗を撫でくりまわされたハヤテの怒りは既に人の域を超えた。

 超えてしまった。


 聖勇教会に向けられる怒り。

 それはもはや、災害と呼べるものにまで膨れ上がっていた。


 そしてその怒りは一先ず、ハクガネに攻めて来た魔族軍へと向けられる事となる。

お読みくださり、ありがとうございます。


ハヤテの怒りの理由は村を焼かれた事ではなくモーラの墓を荒らされた事。

多分、今のハヤテが今までの中で一番ブチギレていると思います。


そんな彼に接触したラナスティア。

彼女の目的はどうやら彼との間に子をもうける事みたいだが、果たして何が狙いなのやら……


ブクマ、星ポイント、本当にありがとうございます。

次回、ハヤテが……


次回もお楽しみに。

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