102話〜戻れないのに〜
「っくぁ〜……疲れたぜ」
「何休んでんのよ」
「あ? んだよミナツキかよ……良いだろ少しぐれぇ休んでよ」
「ダメに決まってんだろ」
「おぐっ」
マインスチル王国の近くにある森に来たあたしはクエスト中にも関わらず、緊張感を持たずに休んでいるフグリの背中を蹴りつける。
あぁイラつく。なんであたしがコイツとクエストに行かなきゃいけないのよ。
シキを傷付けたのに。
「ほらさっさとやる!!」
「もう少し休ませてくれよ〜」
「……ちっ、先に行くから!!」
「あっ、待てよ」
フグリを置いて先に進む。
今回受けたクエストはルビーリザードという中型モンスターが吐き出す特殊な固形物。
このルビーリザードだが、どこにでもいるトカゲの姿をした肉食モンスター。
時に家畜を襲う事もあり、一部では害獣として嫌われているモンスターだ。
このモンスターの捕食方法は独特で、相手を丸呑みにし、ゆっくりと時間をかけて消化する。
ただし骨だけは消化しきれず、体内で特別な酵素によって赤い宝玉に変えられて吐き出される。
この宝玉だが、一部のマニアの間で高値で取引きされており、それの採取クエストに来ていたのだ。
「ったく、つかなんでまだ一個しか拾ってないの!?」
「い、いやそりゃ俺……トカゲ苦手だしよ」
「知るか!! んなの理由になるか!! お前舐めてんのかアァ!?」
「ヒッ!? ヒイィィッ!! だだだだって俺」
「言い訳してんじゃねぇぞゴラ!!」
「ウヒィ!?」
本当はシキと来たかったのに、ハルカとジャンケンで負けたので仕方なくこのクエストに行く事に。
その時に暇だから連れて行けとフグリが言って来たので仕方なく連れて来たのだが、まさかここまで使えないとは。
今頃ハルカはシキと仲良くやっているんだろう。
「はぁ〜……何で連れて来ちゃうかな〜」
「な、なんだよ……そんな事言うなよ」
「言うに決まってんでしょ……ったく、さっさと拾い集めて帰るよ」
「お、おう」
シキを傷付けたコイツと一緒なんて本当は嫌だし、早く帰ってシキに会いたい。
理由はそれだけでは無い、のだけれど……
(また見てるし……)
背後から感じる視線。
周囲を警戒しながら腰の剣に手を伸ばす。
襲ったら迎え撃つ、と視線の主に言うように。
すると腰回りに纏わりつくように感じていた視線は消えた。
(……さっさと帰らないと。つかなんでトウカクは私とコイツを組ませるかなぁ。なんなら一緒に来てくれれば良かったのに)
ぐちぐちとそんな事を思いながらルビーリザードの宝玉を探す。
手っ取り早く大量に見つけるのならルビーリザードの巣を探した方が楽だが、危険性もそれなりに高い。
「なぁなぁ〜。数はもう揃ってんだろ? なら帰ろうぜ?」
「全部あたしが集めた物でしょ!!」
「でもよ〜」
確かに最低数は集めた。
だがそれ以上持って行くと追加報酬が貰える。
追加報酬をどっさりと持って帰ればシキに褒めてもらえるだろうか、とそんな事を考えてしまうのだ。
あたしだって好きな人に褒めてもらいたい。
しかも彼は今フリーになった。
なら、こういう所でできる女アピールをしてポイントを稼がなくてはいけない。
しかもハルカやアキトというライバルが近くにいるのだ。
一応アキトはまだ性別が決まっていないけど、女になれば手強いライバルになる。
ライバルが増える前になんとかポイントでリードしたい。
そんな事を思ってしまうのは私だけではないと思いたい。
「なぁなぁ〜、帰ろうぜ〜?」
「っ……」
「数は集まったしよ、問題は無いだろ? 無理に集め続けて何かあったらそれこそだしよ」
「……そ、それもそうね。帰るとしますか」
仕方がない。
最低限の数より少し多めに集められた事だし、帰るとしよう。
気付けば日も暮れてきている。
早く帰らないとシキ達も心配してしまうし、夜の森にフグリと二人なんて死んでもお断り。
そう決めた私はクルリと振り返って元来た道を戻る。
「そうそう。そうしようぜ?」
次の瞬間、私の首に背後から腕が回されて……
「話って……何よ」
宿に残った私は、トウカクに呼ばれて彼の部屋にいた。
「いやいや。そんな怖い顔しないで。ちょっとしたお話だから」
人当たりの良い笑みを顔を貼り付け、彼は先に椅子に座る。
「手短にお願い……」
「あぁ、うん。それは良いけど……見て欲しいものがあってね」
「見て欲しいもの?」
「うん、これなんだけどね」
椅子に座り早く話してと態度に出すと、彼はテーブルの上に水晶をコトリと置いた。
確かこの水晶には記録機能があったはず。
「これがどうかし……」
私が言い終わる前にトウカクは水晶を起動させ、記録されている映像を再生させる。
「……えっ」
再生された映像を見て、私は固まった。
映像の中で一人の男性に襲われている女性がいる。
女性は男性に抵抗し、口からは拒絶の言葉を発しているか男性はニヤつきながらその手を離さず、何か言っている。
問題だけれど、問題はそこではない。
だって……
「な、なんで私が……」
襲われているのは私で、襲っているのはフグリ。
「大変だよねぇ……怖いねぇ」
それを私に見せながらトウカクは感情の無い笑みを見せる。
「こんな悪人が僕のシキのパーティーにいるなんて、怖いよねぇ……ほんと」
「っ!?」
ゾゾゾッと寒気が足元から頭のてっぺんに向かって駆け上がる。
「許せないよねぇ……」
刹那、心臓が止まった気がした。
「……あ。あの」
「あぁ安心しておくれ。僕は君に対してもう何の感情も抱いていないから。君がシキを裏切った事に対する怒りはあるよ? でもね……もう君達は赤の他人だ。なら怒る必要は無い」
「それは……」
「君が頑張っているのは見ているからね。僕も鬼じゃないからさ……でも、フグリは許せないよ。フグリだけは許せない。彼がこのまま居続ければ、シキのパーティーの評判は落ちてしまう」
「……じゃあ、追放するの?」
「当然じゃないか。僕のシキの視界に……いや、聞こえる範囲に、匂いが届く範囲にいて欲しくないんだよ」
「ぼ、僕のって……」
トウカクの言葉には少しずつ、狂気と親愛が込められていく。
いや違う。狂愛だ。
「ダメかい? 僕はねほら、種族的に性別が定まらずに生まれてくるじゃないか……なんで僕は男になっちゃったんだろうねぇ……シキに会うまで性別を決めなきゃ良かったと思っているよ」
「……ま、まさか」
「あぁ、僕はシキを愛している。もし叶うのなら今から性別を変えたいぐらいに愛している。でもそれ以上に、シキの幸せを願っている。僕自身の幸せ以上に、彼の幸せの方が大事だからね」
目を細めて語るトウカク。
だが、その目に光は無い。
深い海のように暗い目をして語る。
「ねぇホノカ……シキの為にもフグリを追い出すのを手伝ってくれるかい?」
「えっ……でも」
「あぁごめんよ。言葉を間違えたね……手伝え。手伝わないならこの水晶を君の家に送り付ける。大量にね……」
「それだけは!!」
「シキを裏切っておいて選択肢を与えてもらえるとでも思ったかい? 勘違いしないでおくれ。僕はね、君がシキの側にいられるように配慮してあげているんだよ。でもその配慮をいらないと言うのならば君は僕のシキに必要無い」
「そ、そんな事言っていな」
「じゃあ手伝うんだね?」
「……そ、その代わり」
「ん? 何だい?」
「その水晶を私にちょうだい……」
「これを? あぁ、良いよ」
「えっ……」
アッサリと私に渡される水晶。
そのアッサリぶらに間の抜けた声が出てしまうが、彼は続ける。
「ん? どうしたんだい? ……あぁ、なんでこんなアッサリ渡したのかが気になるのか」
「そ、そうだけど」
「簡単な事さ。僕は君に誠意を見せた。だから次は君に誠意を見せて欲しいんだよ……」
「誠意を?」
「そう……あぁ、良いんだよ? 別にまた、裏切ってくれても」
「……」
「でもその時は容赦はしない。君を地の果てまでも追いかけて、生まれて来た事を後悔させてやる……その覚悟があるのなら、裏切っておくれよ」
「……っ」
「さぁ、どうする?」
「……」
「さぁ……さぁ、さぁさぁ……さぁ!!」
「……わ、分かったわよ。協力、するわよ」
「ありがとう。そう言ってくれると思っていたよ」
ニッコリと微笑むトウカク。
だがその目はやはり、笑っていない。
「……にしてもミナツキはどこに行ったのよ。もう日が暮れてしばらく経つけど」
「ミナツキかい? ……あぁ、彼女ならフグリと採取クエストに行ったよ。二人っきりでね」
「そんな……危ないでしょ!?」
「そうだねぇ、危ないねぇ」
呑気にそんな事を言うトウカク。
その時だった
「たっだいま〜」
私達がいる部屋のドアが勢いよく開けられた。
「やぁ、おかえりミナツキ」
「いや〜疲れた〜。にしても良い額稼げたよ!!」
「そうかい。それは良かったね」
「えへへ〜」
部屋に入って来たのは満面の笑みのミナツキ。
だが問題はその背後にある
「ミ、ミナツキ……アンタ」
「んー? あぁ、コイツ?」
私の言葉にケロッとした様子で返すミナツキ。
その背後にいたのが
「急に襲って来たからボッコボコにしちゃった〜」
顔をパンッパンに腫れ上がらせたフグリの姿だった。
「やっぱりこうなるよねぇ……」
「ま、まさかあのミナツキに手を出すなんて……」
人の事を言えたものでは無いが、私はフグリに対して呆れた。
だってミナツキは私達の中でも一番のおてんば娘で喧嘩っ早い性格。
ハクガネにいる頃は同年代で喧嘩で勝てる子は男女先輩後輩問わずいなかった。
そんなミナツキに手を出したとあれば……
「まぁ、生きているだけ儲けね」
「そうだねぇ……」
「ずびばぜん……でじだ」
「アン?」
「ウヒッ!?」
ミナツキに睨まれて縮こまるフグリ。
シキから私を奪った時と比べると見る影もない程に情けない姿。
こんな奴のせいでと思うと同時に、こんな奴に言いくるめられ、乗せられたと思うと自分で自分が情けなくなってくる。
と、そんな時に彼も帰って来た。
「ただいま〜……ってどうしたの!?」
「あ、シキおかえり〜。あのね聞いてよ〜」
「っとミナツキ。その前に良いかな?」
「何よトウカク」
「うん、ちょっと見過ごせない事が起きてね……フグリ、なんの事か分かるね?」
「ウ、オ、俺バ……」
「さて……」
そこで一度言葉を切り、椅子から立ち上がるトウカク。
「騎士に突き出されるか、自分から去るか……好きな方を選べ」
優しく話すトウカク。
不安にさせないように笑顔で話すトウカク。
だがその笑顔は、これから起きる事を予想し、できてしまう笑みを必死に堪える笑み。
まさに、残酷な微笑みだった。
お読みくださり、ありがとうございます。
昨日眠くて投稿逃してしまいました…申し訳ありません。
あーん、トウカクが怖いよ〜
でもこういう、ズレたキャラ好きなんですよ。
次回はフグリが……
ブクマ、星ポイント、本当にありがとうございます。
めちゃくちゃ、励みになっております!!
次回も読んでいただけると嬉しいです!!
次回もお楽しみに!!