第四話 お決まりのヘタレ主人公
いつの間にか日は落ちはじめ、図書室はだんだんと夕焼け色に染まってゆく。
孝司と愛紀は二人で黙々と図書委員の仕事をしていた。
男女二人で夕暮れの図書館に二人。
その状況で何も話さない二人の間には、かなり気まずい空気が流れていた。
「紺野君が居残りなんて、珍しい…ですね?」
以前書いた通り、孝司が居残りにならないのは紛れもなく不正のおかげであり、決して真面目というわけでもない。ただその話をここでしてしまっては孝司のイメージが総崩れだ。
「そうですね…ちょっと調子が悪くて・・・」
「そうなんですか、」
(駄目だ、会話が止まる…)
そう思った孝司は、思い切って気になっていることを聞いてみることにした。
「そ、そういえば…清水さんこそ居残りなんて珍しい…ですね…」
「あ、それが…昨日学校に教材を忘れちゃいまして…朝から何とかしようとしたんだけどほら、今日は小テスト一時間目だったじゃないですか?」
「そうそう、僕もそのせいで居残りになってしまいまして…」
「あ、そうなんですね!一時間目はひどいですよね…」
・・・
・・・
愛紀はいざ話し始めると意外と話しやすい人だったのだが、孝司にはあれ以外の会話のネタが見つからず、またも沈黙が流れる。
・・・
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その時、先に口を開いたのは愛紀だった。
「紺野くんは…普段本とか読むんですか…?」
「え、えっと…」
孝司は回答に困る。それもそのはずだ。彼はアニメ化したライトノベルなどはかなり好んで読むものの、決して目の前の優等生女子に言えるような内容ではなかった。
あたふたしている孝司を愛紀は不思議そうな目で見る。
(よし…ここは少しでも見えをはっておこう…)
「そ、そうだね…まぁ読まないことはない、ですかね…」
「そうなんですね…」
結局孝司の中途半端な回答のおかげでまたも会話が止まりかけた。
(これは…なんとかしないと…)
孝司はなんとか続けて口を開く。
「あの…清水さんはどんな本読むんですか…?」
「えっ私?私は最近だと…銀光物語…とか?」
「なっ!?」
孝司は心の中で仰天した。
銀光物語。純文学として投稿され、書籍化を果たしたweb小説。文学者からの評価を受ける中、アニメ化も果たすというマルチな分野での成功作だ。
アニメの出来もよく、オタク界隈では知る人ぞ知る名アニメとしてその名を確立している。
無論孝司が知らないわけがない。
「おもしろいですよね…銀光物語…」
「紺野くん…知ってるんですか?」
「あぁうん…全部読みました…」
「そうなんですね!その…ラストシーン…めっちゃよかったですよね…」
愛紀の顔色が変わる。
「わ、分かります、とにかく綺麗なラストで…」
ぎこちない会話。しかし彼らにとってはかなりの進歩だった。
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・・・
・・・
その後も銀光物語の会話はぎこちないままだったが思ったよりも長く続き、いつの間にか図書委員の仕事は終わっていた。
「はぁ、疲れましたね。」
「ですね。」
ここで愛紀は少し考える素振りをして口を開いた。
「あの…同級生なんだし…敬語やめにしませんか?」
「あ、あぁうん、いいですよ…」
「じゃあよろしく!」
「分かりまし…わ、分かった…」
愛紀は孝司のあまりの動揺ぶりに思わず笑ってしまう。
「じゃあまた明日ね。」
「じ、じゃあ。」
孝司は予想外に愛紀と親しくなってしまい、高まる鼓動を抑えながら学校を去る。
だがしかし、この日の会話に愛紀の本性が隠されていたことを孝司は後々知ることになる。
◆◆◆
「あんなに女子としゃべったのは何年ぶりだろう…」
孝司は湯船に顔をうずめる。
高校に入ってから女子とほとんど会話していない孝司にとって、今日の清水愛紀との会話は、かなり刺激的なものだった。ましてや相手はクラス1の美少女。
湯船に浸かりリラックスしているはずの今でも心臓の鼓動を抑えられないでいる。
「なんか…ラブコメの始まり…みたいじゃね?」
孝司はれっきとしたオタク。このシチュエーションに反応しないわけがない。
ただ以前にも書いたようにこんなラブコメ展開が自分の身に起こっていくはずがないことを彼は理解している。
「ペチン!」
自分があまりに自惚れているのに気付いた彼はすぐさま自分の顔に塗れた手で平手打ちをくらわした。
◆◆◆
その日の深夜。孝司は携帯を耳に当て誰かと話している。
「わかった、じゃあその日で。楽しみにしてる。」
「はーい、じゃあね。」
…
…
…
「ぬおおおおお!」
携帯を置いた孝司の喜びの絶叫が夜の紺野家に響いた。
次回 第五話 デートイベント に続く