幸音は淡々と暮らせない (おわり)
最終回
「なんか姉さんとこうしてお風呂入るの久しぶり。でもこういうのも、もう最後かな?」
「何言ってるの? つい最近も一緒に入ったんだけどなぁ? ま、幸音は寝てたけどね」
「な、なっ……、あむむぅ……」
くぅ、あの時か。あの時なんだな。意識なかったとはいえ、ぐはぁ~~~~~、恥ずかしすぎだろ! でも文句も言えん。裏山から運んでもらって、そのまま二日近くを面倒見てもらったんだし……。
「ふふっ、恥ずかしがると思って言わなかったのに。わざわざ自分から言い出すんだもの、さすが幸音」
「あ~~~あ~~~、聞こえないぃ~~~、それより~~~、式の準備はど~~~なの~~~」
「はいはい、とっても順調。式と言っても結局人前式にしたし、パーティ会場押さえるだけだしね。あとはどちらかというと、瑠美ちゃんや幸音たちの方のがやること多いんじゃないの?」
幸奈と晃生の結婚式は、晃生側のご両親と瑠美、あとは親しい友人を呼ぶだけの、こじんまりとしたものになるんだと。人前式っていうやつだ。神前じゃなく、人前な。神さんじゃなく、親族、知人の前で結婚の報告って感じかな。堅っ苦しくなくて良いな!
それに……、結婚式に、親族呼ぶって言ったって、北美家側に問題ありすぎて、ご両家親戚を一堂に会するなんて無理すじもいいとこだろ。
俺と幸奈の祖父母、両親共に死んじまっていないし、親戚に至っては居るには居るらしいんだが、全く付き合いがない。少なくとも俺は知らない。更に究極で、男の俺は失踪ときてる。
そりゃ盛大にはできんわ。
「幸音は気にしなくていいんだからね。私も晃生も格式とか、様式とか、親戚への面子とか……、そんなのに全くこだわりなんかないんだから。人前式の方がシンプルで気楽だし、親しい人だけで、いかにも祝ってもらってるって感じられるし、素敵だと思ってる」
「う、うん。わかってる。わかってるけど……、それでもやっぱ、幸紀としてちゃんと祝ってあげたかったなって……」
誰も送り出してくれる人がいないなんて、寂しすぎるじゃないか……。
「なに言ってるの! あなたが居るでしょ。幸音はたった一人の立派な家族でしょ? 周りがどう思おうと関係ない! 胸を張ってしっかり祝ってくれなきゃ許さないからね、眠り姫様?」
「あうっ、そ、それはもう、言わないでっ、姉さんしつこいっ!」
まぁ口で幸奈に勝てるわけもなし……。
当日はせいぜい俺が幸奈の唯一の家族として頑張って祝ってあげなきゃな!
「ま、ともかく、お風呂に関しては~~~、姉さんはこれからは晃生と毎日入るんだから、私はどっちにしても一緒に入れないけどね~」
「こ、こ、……こらっ、幸音! 何ませたこと言ってるの。困った子ねぇ~! あと、晃生じゃないでしょ、お兄さんとお呼びなさい!」
ませたも何も俺は35だ! なんかさ、幸奈、俺のこともうホントにガキだと思ってないだろな? 最近、子供扱いが過ぎる気がするわっ!
つかさ、晃生だって叔父さんだろ? お兄さんじゃないよな。もっと言えば! 幸奈だって叔母さんなんだけどな。ま、そこはこれからも追及しないでおいてあげよう。元兄心だ。
でも、こんな二人っきりのやりとりももう出来なくなるな。この家ともお別れだし……。
俺、別にこの家に一人で住んでてもよかったのになぁ……。幸奈の、何より晃生の反対でダメ出し食らった。小さな女の子の一人暮らしなんて絶対認められない……だと。俺、35歳……、が通用するわけないよなぁ、ちっ。
しっかし、晃生の家だろ? やばいって。あそこめっちゃ金持ちじゃん。まぁ俺も成金だけど、まだ自由に出来ないし……、そもそもあっちは本物の金持ちだからなぁ。
おおっ、もしかして俺もお嬢様になれんじゃん? 幸音お嬢様……、うわ、さっむっ! いま鳥肌立ったわ……。まて、待て待て! じゃなにか? 瑠美もお嬢……。
ないわ~~~~、ない、ない。お嬢様って柄じゃないだろ、アレ。
ま、これくらいにしておいてあげよう。義理とはいえ姉、なのか? あれ、叔母さんのだんなの妹って、どうなんの? もう関係ない気もするけど、言ったらだめなやつだな、うん。
とりあえずこの家は絶対売らない。売りたくない。いずれ俺が大人になったら再び戻ってこようぞ! それまではしばしの別れだな!
幸奈の結婚式は五月。待ち遠しいような、寂しいような。俺の気持ちは……、
複雑だ――。
――五月の第三週の日曜日。
ついにこの日が来てしまった。幸奈がお嫁さんに行ってしまう日だ。兄の気分と妹の気分。その二つが絡み合って俺の気持ちはほんとのほんと~に複雑なのである。
正直……、かなり寂しい。
でもまぁ、ここはきっちり祝福してやらないとな!
「幸音~~、こっちにいらっしゃいな~」
花嫁である幸奈様からお呼びがかかった。ああ、あそこには近寄りたくないでござる~~。
「ほら、幸音。幸奈姉さんが呼んでるよ。行こっ」
くぅ、この、こんにゃろ瑠美め。もうお姉ちゃん面か! あ、でももう入籍は済ましてるからいいのか。でも正確に言えば晃生の妹ってだけで俺との繋がりは……ってもういいか。
今日の俺は、幸奈と瑠美がこれでもかってほど時間と金かけて、選りすぐったドレスやらアクセやら、髪はハーフアップでちょっと大人っぽくセットしてもらって、更には薄~くメイクまでされているのである。こ、この俺が、チークやらリップやら塗られてしまった……。
もうお婿に行けない。ま、それはそうだが……。
その段取りで3時間近く拘束されちゃったんですが、どう思って? 更にドレスに至っては瑠美とペアだったりするのである。
ノースリーブのワンピースなんだけど、胸周りにはレースが使われてるいかにも少女趣味のドレスである。腰の括れ(俺にはまだほとんどない、ほっとけ)のところに大きめのリボンがあしらわれてるのがポイントだ。膝上丈の広がったスカートはすっごく女の子らしくて可愛いと思うけど……俺が着てる時点でなぁ……。同じデザインとはいえ、俺がピンク、瑠美がブルーと、色は違ってるので、背の高さも違うし、まるっきり同じと言うわけでもない。俺、これはめっちゃ嫌だったんだけど、頭には花とかキラキラしたやつ散らされまくった髪飾りまで付けられた。なんで俺だけなんだよ! 瑠美もつけろやっ!
あ、ちなみに俺たちに色気を求めてはいけないのだ! 瑠美含む。くふふっ。
「何このこ、可愛いぃ~~!」
「幸奈の姪っ子ちゃんね、幸音ちゃんだよね~? ハーフだって聞いてたけど、銀髪赤目だなんて、漫画かアニメの世界じゃない~、リアルで見るとすっごい!」
「瑠美ちゃんとペアだなんて、二人してもう姉妹みたいじゃない。晃生君、幸奈はモノにするは、姉妹は可愛いわで、もう、うらやましすぎっ」
くわぁ……、なんだこれ! すさまじいパワーなんですが!
俺、今日この中で持ちこたえられるんだろうか?
「お姉さま方~、幸音にはお触りしないよう、お願いしま~す。御用ある時は瑠美を通してくださいね~」
「まぁ、瑠美ちゃんったら、もうお姉さんしてるじゃない。幸奈と三人で、女ばかりで晃生君も大変だね~」
「何言ってるの、幸奈に赤ちゃんできてみなさいよ、しかも女の子だったりしたらさ、あの晃生君でもさすがにタジタジになっちゃうんじゃない?」
「「「いえてる~~~」」」
お姉さま方。もういいんじゃないでしょうか? このペースで最後までいっちゃうの?
つうか、男ども! 晃生の友人連中はなにやってんだよ! なんでこんなに女ばっかで、男いないん? くっそ、晃生、ハーレムやろうだったんかい!
うらやまけしからんわっ!
もう女の子だし、関係ないな……。
うん、ない。
帰っていい?
新郎新婦、幸奈と晃生の結婚式、人前式ってやつは家族や親しい友人を前に、その、あ、愛を誓うそうだっ。
みんなの前で、ええぇ……、誓い合った二人は、まぁ、幸せそうだった。チューもしてたしな!
来てるやつ、スマホで撮りまくってたな。きっとすぐ共有されてさ、すさまじい勢いで来てない奴らに拡散されるに違いない。
しかし、幸奈のAラインドレス、ちょっと胸、強調されすぎじゃない? あまり見せると減るから自重して! 男どもにサービスなんてせんでいいのです! ま、けしからん胸はともかく、タキシード姿の晃生と真っ白なドレスの幸奈。足元まですっと広がったチュールのスカートが透き通るばかりの清楚さを見せてくれてる。悔しいけどお似合いの二人だ。
幸奈が、綺麗すぎて目から汁がでてきた。
くっそ、晃生、ほんとうらやましいやつだ!
幸奈を幸せにしなきゃ、俺が、俺の能力で空に浮かべてそのまますっ飛ばしてやんぞっ!
「ああもう、幸音、泣いちゃうとメイクが崩れるよ? 仕方ないなぁ……」
瑠美が甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれる。すまぬぅ……。今そうやって優しくされたら余計……。くぅ、お兄ちゃんは悲しい。嬉しいけど悲しい。近くには晃生と瑠美のご両親だっているというのに。さっきから俺にちょっかいかけたくて仕方なさそうだ。でも今は待って。
俺は瑠美の胸にとうとう顔をうずめて泣き出してしまった。
誰だよ、俺の涙腺をこんなゆるゆるにしたやつは! ああそうか、石のやつだったな。
まぁ、あいつは石にしか見えなかったけど、石なんかじゃなかった。どこからか飛来した、何らかのものだ。わからんけど。
もう俺の体の中に完全に溶け込んでしまって確認のしようもない。ああ……、俺は一体どうなったんだろうなぁ?
「幸音いいこ、いいこ。ほらほら、泣いちゃダメだよ~」
瑠美が俺を優しく介抱してくれてる。……けど、なあ、ちょっと違うだろ! もっと普通でお願い、頼むから。
「だいじょうぶ? 幸音。 大人の中で大変でしょ? 疲れたら私に遠慮しないで休んできていいからね」
「うぅ、だ、だいじょうぶ。姉さんこそ主役なんだから、お友だちのお相手ちゃんとしなきゃ。お父さんとお母さんのことも放っておかないで、しっかりお話しないとダメだよ!」
「まぁ、言ってくれるね、幸音」
そう言う幸奈の笑顔が眩しい……。
「私は、大丈夫! これからもきっと大丈夫!」
俺は瑠美から離れ、幸奈と晃生に向かって宣言した。
さらに言おう。
「大丈夫だけど、やっぱ、一人は寂しい。二人にはきっと『おじゃま虫』だと思うけど、これからも私のこと……、よろしく、ね!」
幸奈が目を潤ませて晃生に縋ってる。ああ、幸奈もメイクが……。
いつの間にか周りに人の輪が出来てて、微笑ましいものを見る目をしてる。その目やめて!
はっず!
「私もいるよ、私も!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて、周りを騒がせてる、高校2年生。
瑠美、やっぱうざっ。
淡々と暮らすのは難しいけど、これはこれでいいと思う。
女の子に変わっちゃうなんていう、訳の分からん人生だけど。変なものに侵された体だけど。
この先どうなってくのか不安でいっぱいだけど!
だけど……。
家族と一緒ならなんとかなるさ。
……かなり頼りないけど、友だちもいるし――。
俺の人生にも幸あれだ!
―おわり―
ちょっと駆け足
読んでいただき、ありがとうございました!
※次話に幸音キャラ絵を追加しました。
イメージ壊したくない、下手な絵なんて見てられっか! って方はスルー推奨です。




