やっときそうな普通な日々
俺のちびっちょい鼻は今、2、30cmは伸びていると思われる。
ふふふっ、廊下の掲示板、さん然と輝く学力診断テスト、一位の名は!
『北美幸音』
俺様だ~!
恐れ敬うがよい!
「おい、ゆ……、ちびっ、お前、すごいな……」
「ふっ、聡になんて、負ける理由……ない。良かったら手ほどき、してあげよっか?」
「なっ、て、手ほどきって……、くっそ、ちょっと褒めてやるとこれだ! 次があると思うなよっ」
くくく、顔を真っ赤にして典型的な捨て台詞をはいて逃げ去っていきおったぞ、小僧め! ふははははっ。
「ちょっと、北美さん。あ、あ、あなた、これどういうことなんですかっ!」
「え? なにって、言われても……、当然?」
「なっ……、い、いいです。今回は負けを認めましょう! でも次はないですからっ、楽しみにしておいてください!」
今回は、って。オリエンテーションの時も俺が勝ったよね? どうでもいいけど。ま、次回も叩き伏せてあげましょう。むふふふふふっ。
ああ、今のお高くとまったやつは、寺前と言ってだな。うちのクラスの副委員長で、杏珠がライバル心丸出しにしてた女子である。名前は何だっけ、思い出せない。……仕方ないね! 純和風美人って感じで、すっごくいいとこのお嬢様然としてて、すらりと背も高く、俺にケンカ売ってるとしか思えないし、事実、勉強で売ってくる。今まで、ずっと負けたことが無かったのであろう。これからは俺がいるから万年二位確定な!
ちなみに委員長は、古尾谷とか言う古くさい感じの名前の男子だ。どうでもいいな!
(全国の古尾谷さん、ごめんなさい)
クラス委員などというものはやりたいやつにやらせておくに限る。内申を気にする奴らに任せとけばいい。ま、他のもろもろの委員とかも俺は回避してるがな! しいて言うなら帰宅委員だゾ~。
話それた……、で、廊下の掲示板に貼り出してある実力テストの順位を前にして、寸劇を繰り広げた。ま、俺が本気だしたらこんなものだ。たかが中学一年の一学期の学力診断テストとはいえ、俺は自重なんてしない! しないったら、しない。やるからには全力でやる、おと……いや、女だ、俺は。
だって、一番は気持ちいいんだもん!
貼り出されてるのは、さすがに上位三十位までなのだが……、一学年六十人程度である。
二分の一に入れなかったやつはもう、それは悔しいことであろう。普通は。
「いやぁ、赤点回避できたよ! 幸音感謝~っ!」
「普通だったので安心した。これならとりあえず、お母さんにも叱られないだろうし、よかった~」
「おかしいっ、どうして私が、幸音や寺前さんはともかく、芹沢なんかに負けちゃうの!」
立夏はまぁ、立夏だな。がんばれ……。
麻衣もまぁ、麻衣だけど、もっと覇気持てや! ……俺が言うのもなんだけど。
杏珠……、残念だったな。でも贅沢だよな。お前十位だろ。充分じゃんか。聡がここまで出来るやつだとは思わなかったが、次は俺も本気で協力するから。一緒に聡を叩き潰そうぜ!
「杏珠、次は勝つ。聡なんてゴミ以下。がんばろ」
俺は背伸びしながら拗ねる杏珠の頭をナデナデしてやった。
「あっ、はぅ……」
怒ってるのか笑ってるのか、わからない微妙な表情で顔赤くしてた。
「あ、ずっるっ、私も~」
変な対抗心燃やした立夏が俺に向かって頭を下げてきたのにはもう、どうしてやろうかと思ったね。まぁ、撫でてやったが。いつも撫でられてるから……、たまにはこういうのもいいと思うんだ。
「幸音ちゃん、芹沢君のディスり方、いつもハンパないよねぇ。でも名前呼びなんだよね~。不思議だねぇ」
「えっ?」
「な、なっ、な~っ」
うっわ、麻衣! なに不穏な言葉、投げ入れてくれるかな? 杏珠がもはや何言ってるかわからん。
もう、勘弁して~~!
でも、ま、鬱陶しい奴も多いけど、それなりに楽しいな、学校の生活も……さ。
精密検査から一週間。
俺は晃生の車で、総合病院に連れてきてもらった。もちろん、幸奈も一緒である。当然だろ。でも、デカい車は乗りにくくって面倒だ。フィアットのが可愛いし楽でいいと思う。
今回は、町医者じゃなく直々に総合病院なのだ。
「なんとも不思議なことですが、娘さんの体内に認められていた不明組織は完全に消え去ってしまっています。前回の検査ではしっかり確認出来ていたのですが。――う~む、なかなかに面白い……、やはり開いて確認しておくべきだったのでは? 残念だな……」
CTの写真を見せてもらいながら説明を受ける。つうか、娘さんとか言ってるし、この先生。見た目ハーフな俺が、どう見たら二人の娘に見えるんだっての。ま、嫌ではないけどな!
しかしまぁ、俺の体の中にあったアーモンド大の異物、そいつが無くなっちまったんだからそれはもう不思議だろう。これを見せてくれるまでにも病院内でも話題になっただろうけどさ、先生、本音漏れてるから。面白がらないで! 開くってなによ?
「先生っ! 消えて無くなったっていうことは完治したって考えてもよろしいのですか?」
幸奈にも聞こえてたんかな? ちょっとイラついた声音だ。
「え、ああ、いや。それはちょっとどうでしょう。これと同じというわけではありませんが、確認されていた組織や腫瘍が体組織に吸収されるとう事例もないとは言えませんが……、しかし、これは完治とは……」
なんともハッキリしない物言いである。そりゃわからんだろなぁ。わかるはずもないものだ。この地球上の判断、知見じゃあね。……実際は無くなったりなんかしてない。それどころか…………。
「わかりました。とりあえず、今回の検査では幸音の体には異常は見当たらなかったわけですね。うん、安心しました。検査も今回で最後にさせてもらおうと思います」
晃生、こいつって優男風だけど、こういうとこはやっぱ頼りになるよな。幸奈が頼るわけだ。俺ももうメンドクサイし、これで終わりでいいよ。
「えっ、そ、それは……」
「終わりにさせていただきますねっ」
幸奈がたたみかけた。
「そ、そうですか。仕方ありませんね。……その、またおかしな兆候や、気になることがあるときは早めに検査を受けるようにしてください。今言えるのはそれくらい……ですね」
お医者の先生は、幸奈たちに屈した。ま、幸奈に勝てるのは晃生くらいだな。
そんなこんなで、とりあえず俺の体内異物騒ぎは一旦は、区切りがつくことになった。完治と出来ないところがすっきりしないけど、まぁそれは仕方ないか。
「ゆっきね~~~! もう、なかなかこっち来てくれないから瑠美さみしかったよ~~!」
「うわっ、っぷ」
久しぶりにエトワールに立ち寄ってみれば、店番をしてた瑠美の強烈な出迎えを受けた。
「も、もう、お姉ちゃん! いつもいつも、もういい加減にして欲しいんだけどっ」
俺の猛烈な抗議も馬耳東風、瑠美の耳に念仏である。困ったお姉ちゃんである。
「もう、そんなに怒んないでよ。もうじきほんとにお姉ちゃんになりますからね! 抗議は受け付けまっせ~ん」
うわ、うっざ! ったく、ええ加減大人になれや。もう高2なんだぜ、こいつ。
ま、今は置いとくしかない。
俺は、瑠美に手を引かれ、店の奥の部屋へと連れ込まれた。もう勝手知ったるって感じではあるが。
「じゃあ、打ち合わせしよっか。――式には私と幸音が参加ね! もうさ、もうさっ、ドレスとか大奮発しようね~! 幸音ちゃんのドレス姿すっごく楽しみだよ~~! あ、お友だち、誰を呼ぶかも決めなきゃね~」
「わ、わかった、わかったからぁっ! おちつこ? ね、落ち着いてっ、お願い~~」
瑠~~美、マジめんどくさっ!
ともあれだ。
そう、幸奈と晃生はやっと結婚する!
次回で終わりです




