まぁ幸音だからそんなもの
晃生が家に現れたのは夜も8時をまわってからだった。
「遅くなってごめん。馴染みのお客様がね……、おざなりに対応するわけにもいかなかった。で、どうだい、幸音ちゃんの様子は?」
家に上がり込んで早々、言い訳がてらにそう聞いてきた晃生に、私はこう答えるしかなかった。
「相変わらず。ずっと寝たまま……、かまわないから部屋に入って様子見てあげて?」
晃生は無言で頷いて、幸音の部屋へと歩みを進めた。かつて兄さんの部屋だったところだ。晃生と兄さんは面識は無かったはずだけど、少しは話を聞かせたことはあったと思う。
この子の部屋、ちょっと人に見せるのは憚られるんだよね……。あまりにオタク趣味まるだしで……。
正直、恥ずかしい。
何とかしてって言っても、さすがに趣味のことで幸音が妥協することなどあるはずもなく。私も幸音の境遇を思えば無理強いも出来なかったのでそのままだ。悔やまれる。まぁ、どのみち晃生は部屋の様子には目もくれなかったんだけど!
「普通だな。ほんとにただ眠ってるだけに見える……」
そう言いながら幸音のほっぺを遠慮なくぺしぺし叩く。続けて肩も思いっきり揺すってる。まったく、女の子に対する扱いがなってない。普通なら即、文句言うところだけど……。
「なるほど、強い刺激を与えても目が覚める気配もなし……か」
こちらに向き直ってそう言う表情は至ってまじめ。文句、言えないよね。……これ以上誤魔化すのも面倒だし、この際だ、石と幸音の繋がりについても教えちゃおう。じき他人じゃなくなるんだし、幸音も許してくれるよね。
「……あの、晃生。ちょっとこれ……見てもらえる?」
私は意を決し、幸音の胸元からペンダントを手繰り出し、晃生に差し出す。幸音、さっきから扱い雑でごめん。まぁまだ、子供ってことな訳だし、非常時だし……許してね。
「うん? ああ、ペンダントか。これ……って、おいおい、細かいけど無数に罅が入ってるな。色も随分とまぁ、変わってしまってるけど……、知ってたの?」
「えっ! うそ? そんな冗談やめて!」
私は渡したばかりのペンダントを晃生の手から奪い取り、石の表面をじっと見据えた。
「うそ、うそでしょ……、そんな」
表面には本当に、無数の亀裂がクモの巣のように刻み込まれていた。お昼に見た時はまだこんな罅はなかった。たった数時間の間にこれは入ってしまったに違いないのだ。
「そんな、そんな……、幸音、幸音……、うそ……」
幸音と石が、なんらかの繋がりがあるとするなら……、色が落ちてガラスのようになって、眠ったまま起きなくなったというのなら! だったら、これが、この石が壊れちゃったら。そんなことになってしまったら、幸音はどうなってしまうの!
「幸音、起きてっ、起きなさい! 起きるのよっ! 起きなさいってば……」
罅にまみれた石を見た私は、もう矢も楯もたまらず、静かに眠っている幸音にとびかかるように縋り付き、半ば狂ったように揺すり続け、声も掛け続けた。
「お、おいっ、幸奈! 急にどうしたんだ? 落ち着け、落ち着くんだ、幸奈っ」
そんな私に、さすがの晃生もいつもの冷静な態度を続けるわけにもいかなかったようで、後ろから思いっきり羽交い絞めにされる。それでもやめようとしない私を、痩身の彼のどこにそんな力があるんだろうって思いたくなる、乱暴なくらいの勢いで後ろに引き戻され、そのまま二人して床に倒れ込んだ。
「は、離して、晃生! お願い、離してよ……、お願い……。ゆ、幸音が……」
「幸奈、頼むから落ち着いてくれ。そんなことしても無意味だ! 君が騒いだって何も解決しない。落ち着け!」
その言葉と同時に私は床に横たわったまま、強引に向き合わされ、そのまま抱きしめられた。背中に腕を回され、顔を晃生の胸に押し付けられ、遠慮など一切ない力強さでぎゅっと抱き締められてしまった。
もう私に抵抗する力なんか残ってなかった。
はぁ、完敗だ……。
「ご、ごめんなさい、晃生。あの、落ち着いたから……、その、力緩めてくれる?」
「うん? そうなの? ふむ……。残念だな、この感触、もうちょっと楽しんでおきたかったな」
そんな言葉とともに、力を緩める晃生だけど、ついでに私のお尻をひと撫でしてくれる。
「ば、ばか!」
さっきの今で、これは冴えない、余りにも冴えない。
でもこれも晃生なりの気遣いかもね? ふざけてるけどっ!
まぁちょっと回り道になったけど、晃生にまだ伝えきれていなかった石の話を聞かせた。(さすがに兄さんから幸音へのくだりまでは話せないけど……)これを聞いて晃生がどう思うか。普通なら気持ち悪いってなる? 気味悪がって、もう近づいてこなくなる?
まさか!
晃生がそんなこと言うやつなら私はこいつと、こいつと一緒になるなんて思いはしない!
「なるほど……ね。ま、なにか隠してるとは思っていたけど……。これはちょっと、僕の予想の上を行ってたね」
幸音のベッドの縁に直に座り込み、眠り姫の顔を見ながら話しこむ私たち。もう夜の12時を回った。倒れている幸音を見付けてから、かれこれ36時間以上は経っていると思う。
「ここ最近は特に同調するかのように色が変わってた。なにかしら、精神的な高揚や落ち込みみたいなもの、体調もかもだけど……、そういう事柄で変化していたと思う」
「で、合わせて、それに伴う周囲への影響力みたいなものも存在していたと……」
「ええ、そうみたい。私も何回か幸音の声が頭に直接聞こえたこともあるし、一番は階段から落ちそうな子を助けたことかしら? これは聞いただけで、見たわけじゃないけどね」
「へぇ~~、階段から落ちそうな子を……ねぇ」
こいつ、疑ってるの? ったく、晃生のくせに!
「幸音は嘘をつくような子じゃありませんから! 絶対無理なタイミングだったけど、落ちる勢いが緩やかになったって。だから引き戻せて落ちずに済んだって……」
「ああ、幸奈。ごめん、別に疑ってないって。だ、だから、そんな泣きそうな顔しないでくれ」
――まあ少しばかり感情の軋轢が生じることはあったけど、だいたいは理解してもらえたはずである。
「でも、だとするとこれは……、気にならざるを得ないか……」
今は幸音の掛け布団の上、胸のあたりに置かれている……罅で曇り、ただのガラス細工となり果てたペンダントを二人で見つめる。あの綺麗だった、美しい輝きを持つ石の面影はそこにない。
「これまでの話からすれば、この状態は今の幸音ちゃんの状態を示していることになる。――幸奈、明日朝一番で総合病院に連れていこう。さすがにこのまま寝かしておくだけっていうのは悪手だと僕は思う。今までの経緯から連れて行きづらいのはわかるけど、でも、何度か精密検査はしてるんだろ? なら行こうよ。僕ももちろん付いて行く」
晃生のその力強い言葉に私はもう頷くほかなかった。
その夜はもう遅いからということで晃生には泊っていってもらうことにした。どこで眠るのかはここで言う必要はないだろう。……ないから!
――朝が来るのが怖いと思ったことなんて今までにあったかな? 記憶にはないけど、今はそんな感覚が心から離れない。それを誤魔化すように私は子供のように縋り付いて眠った。
早朝、気だるい体に鞭打ち、トイレへと向かう。
「ぉあよ~」
「えっ?」
……ドアの前に立ったところで、出てきた小さな影に挨拶され……た。
「ええっ!」
まって、ちょっとまって……、
「どしたの、ゆき……、あ、姉……さん?」
……ぅそ…………。
私は現れた小さな影。
幸音を力いっぱい、力の限り、抱きしめた――。
主人公、幸奈でよくね?www
セリフ二言のみw




