幸奈と眠り姫
幸奈さん、ひとりがたり
土埃と泥や落ち葉まみれの幸音を家まで連れ戻したものの、余りの汚れに中に入れることすら躊躇する。車のリアシートも悲惨なことになってる。後で掃除必須である。バツで絶対幸音にやらせてあげる!
ともかく、お風呂の準備を整えた後、私は玄関の土間で幸音の服を容赦なく剥ぎとってパンツ一枚の姿にしてやった。一枚残したのはせめてもの恩情である。
しかし……あきれた。
まったく、なにこれ? パンツの中まで土まみれじゃない、どうやったらここまで汚れることが出来るのやら……、ため息ばかりがついて出る。
眠ったままの幸音をバスタオルでくるんでお風呂まで運ぶ。いくら軽いとはいっても何度も運んでるうちに疲れてきた。私も汚れちゃったし、どうせ濡れちゃうんだし一緒に入ってしまうことにする。あ~あ、そろそろ目を覚ましてくれると楽なんだけど。幸音姫は一向に目を覚ます気配がない。肌身離さず下げているペンダントに目をやる。さすがに、これも外した方がいいか? 幸音の体調に影響あるっぽいからあまり体から離したくはないけど、今は仕方ない。
「うそ……、なにこれ」
石の色が、色が……、ない?
前、幸音に見せてもらったときは透明感のある、赤というよりロゼワインのような濃いピンク色をした綺麗な石だった思う。けど今は何の色もない……くすんだガラスでできた、整った形をしただけの石にしか見えない。
私は何とも言えない不安感に襲われる。これ、これってどういうこと? 今までの経験からすれば石の色と幸音の状態には、浅からぬ因縁があることがわかる。
「ああもう、まったくいいこととは思えない!」
私は考えることをいったん放棄し、まずは幸音を綺麗にしてあげることに専念する。何をするにしてもこのままでは幸音がかわいそうだ。
あれだけ汚れて服もボロボロになっていたのに体には傷一つなく綺麗なまま。ぷにぷにモチモチした肌はみずみずしくていつまでもさわっていたくなる。以前カッターを使って見せられた実演には血の気が引いたものだが、これ、ある意味女の夢を実現してるといってもいい体質だ。うらやましいにもほどがある!
この子、将来はエイジングとかどうなっていくんだろ? ……ってああもう、今はそんなこと考えてちゃダメでしょ、私。
まだ気を失ったままの幸音を横たえ、私は中腰になって支えてあげる。シャワーを浴びせ体を温めながら泡立てたタオルで丁寧に洗う。幸音のことだから普段は昔の気分でゴシゴシ洗ってないか心配だ。まぁ、この子の体質考えれば余計なお世話なのかもしれないけどね……。
土埃や泥でバサバサ、キシキシになってしまった髪もしっかりすすいで汚れを落とす。幸音の髪は長いのでこれが結構大変で、この子、ちゃんとやってるかな? といつも不安に思ってる。聞けばやってるって言うけど、はっきり言ってまったく信用できない。でも見る限りは綺麗にしてるように見えちゃうんだよね。
ぶっちゃけ、かなり体質に助けられてると私は見ている! この子のこの髪はマジ、ずる過ぎるのだ。ほらこうやって洗ってるうちに、もうサラサラ艶々してきた。指への引っかかりなんかも皆無、トリートメントをする必要性なんて微塵も感じないチートすぎな髪だ!
いけない私。落ち着け私。だから今はそれどころじゃないでしょ。
お風呂で綺麗にしてあげたらタオルで隅々までふき取り、着替えを着せる。幸音には悪いけど、こういう機会があるごとに、体の成長や、変わったことがないか、しっかり確認させてもらっている。この子が起きてたらこんなこと恥ずかしがって絶対させてくれないが、こういう機会が割と頻繁にあるのだから困ったものである……。
12歳って設定は、中学に入れたいからって観点からえいやで決めてしまったけど、実際のところかなり無理があったとは思う。中学でチビだ、小さいだ、と男子からからかわれ嫌になるって、よく嘆いている。瑠美ちゃんや、ネトゲ? で知り合った林堂さん(鈴にゃん)も猫かわいがりしてるしなぁ。今更いっても仕方ないことだけど、やっぱり小学5、6年生くらいから始めたほうがよかったのかな? でも、それだと幸音絶対学校に行く気にもならなかったと思うし、これで良かったのだと思うしかないな!
身長はやっと140cmに届いたって喜んでたし、胸のほうも膨らむ兆しがでてきてるし。ちゃんと成長してくれているようで私としてはほっと胸を撫で下していたところで、またこれだから……。
こういう時には私の趣味で買った可愛らしい部屋着を着せてあげてる。表向き嫌がって見せるけど、あれ、きっと内心は気に入ってると私は見てる。脱ごうとまではしないし、クローゼットに入れておけば、なんのかの言い訳しながらもちゃんと着るのだから。
ペンダントを見る。相変わらずただのガラスのような冷たい見た目にどこか寂しさを感じてしまう。それでも幸音の大事なものである。きっちり首にかけてあげた。
「よし、こんなところかな」
着替えを済ませ、髪も綺麗にゆるい三つ編みにし、ベッドに寝かせ、掛け布団をかけてあげたところで、ようやくミッションコンプリート、作業完了だ。
でもこの日……、幸音の目が覚めることは、とうとう無かった。
「昨日からずっと目を覚まさない? もう24時間以上……だって?」
「……うん、余りに起きてこないから声を散々かけて、ほっぺも叩いてみたし、体をゆすったりもした。でも、それでも起きないの……」
「……そうか。医者には連れていかないんだね?」
「……う、ん。その、日曜日だし、どうしようか迷ってる。それにっ、体に悪いところなんて全然なさそうで……、ほんとにただ眠ってるだけなの……。今すぐにでも目を覚ましそうな……」
――それに、あまり医者に今の幸音を見せたくはない……って思う。なんとなくだけど。でもやっぱり心配で。私はつい晃生に電話してしまった。CHAINじゃない。……声を聞きたかったから、電話した。
「ふ~~ん、そう……。わかった、月曜は店も休みだし、夜でも良ければ顔出すけど。どうする?」
「……ごめん。お願い……」
お店がある晃生に無理言ってしまった。でも一人で居るのはちょっと……つらい。心配し過ぎだとは思う。きっとそのうち……、何もなかったかのように起きてくるんだ、この子は。そう思うんだけど……、あの石の色を見るとどうしても不安に思えてしまう。ほんと、一体なんなのよ!
今も普通に眠ってる幸音の頭を撫でる。何度も撫でる。ちょっと色白すぎるくらいの顔。そこにあるちょっこり可愛らしい小鼻を指先でつつき、くいっと押し込んでやる。小鼻にしわが寄って、整った顔が台無しになる。でもそれも可愛いな……。
寝ていたってこんなにも可愛いのに……。
血色だってとてもいい。普通に寝息をたて、気持ちよさげに眠ってる。ほんとあまりにも普通。
ただ起きないだけ。
ったく、私の気も知らないで……。
早く起きて。起きなさい!
私は心配でたまらない気持ちを押し殺し、晃生が家を訪ねてくるその時を、ただ待つしかなかった。
まぁね、その、
ほのぼの……




