幸音はふしぎ
まだ、これまじめ回?
杏珠と和解というか、友好? を深めてたらお母さんが戻ってきて、俺が目を覚ましているのに気付くと、ほんとに誠意ある謝罪を受けた。
うんうん、もうわかったし。もういいです。お腹いっぱい。
でも、なるほどこの人の顔には覚えがあった。確かにあの時居たような気がする。
人の感情って、ほんと儘ならないものだって思うわ。あの時の俺は、そばにいたはずの杏珠のことなんてこれっぽっちも、気にも留めてなかったもんな。
難しいことだけど、気を付けよう、うん。
成瀬親子には、時間も遅くなるからと、幸奈が帰るよう促した。俺は様子見のため、ここで一泊である。
杏珠のお母さんがずっと申し訳なさそうにしてたけど、娘のしでかしたことへのお詫びが、きっちり出来る親なんて今時貴重だろうと思う。
ま、もうちょっと娘の性格を穏やかなもんにしておいて欲しかった……、っていうのはあるけどな。
あいつは、あれだ、ちょっとめんどくさそうだよなぁ……。これからうまくやってけるかな? 心配すぎる。
「幸音。ようやく二人になれたところで、今日のこと……。説明してもらえるわよね?」
うへぇ、やっぱ見逃してはくださらんのですね、だんな。
「ううぅ、わかった。そのぉ、お手柔らかにしてね……」
ベッドの横の丸椅子にどっかと座り、幸奈は聞く体勢十分である。幸奈さん? 大人の女性だったらもうちょっとお淑やかにしませんこと?
と、兎も角、俺は今日の出来事を話す他ない。あんまり気乗りはしないけど、仕方ない。洗いざらい、全部話した。
「…………これ、私にも責任あるね……。あの時、幸音を呼んだのは私だし、そのあとずっと話し込んでしまったのも私が断り切れなかったからだし……。そばでずっと待ってたはずの杏珠ちゃんの気持ちにも気付いてやれなかった。……うん、幸音は悪いことなんてなにもしてない。むしろ完全、被害者だよ……ね」
うわぁ、だからいやだったんだよなぁ。
「そ、そんなことないから、幸奈は全然悪くない! あんなの普通じゃん。どこでだって、誰だってやってる。むしろおしゃべりしてないお母さん連中なんていやしないし! 誰が悪いって話でもない!」
そんな俺の必死の言葉にしばし黙り込む幸奈。
やたら長く感じた沈黙のあと、幸奈が深く息を吐いたかと思うと俺の頭にそっと手を置いた。
「姉さん……、でしょ? ごめん、……そうだね。私ちょっと気持ちに余裕が無くなってたかもね。誰が悪いとか……、そういうことじゃないよね。ふふっ、今日は幸音に説教されちゃったな」
そういいながら、いつものごとく頭をグリグリされた。
「ちょ、姉さん! 髪ぐちゃぐちゃになるから! 今日はもうこのままなんだから、乱さないでよ~」
「あら、幸音からそんな言葉が出るだなんて以外。とうとうオシャレに目覚めてきたのかな?」
「ち、ちがっ、そんなんじゃないし! お風呂入れないし髪も洗えないでしょ!」
はぁ? 何言ってるし? ぐちゃぐちゃになるのが嫌なだけだし!
「ふふっ、そうね、今日はお泊りだし、お風呂入れないわね。う~ん、そうだ、私が拭いてあげるわ。うん、そうしよう。そこの洗面台でお湯を用意するとして……、でも濡れタオルで拭くくらいしかできないけど、我慢してね」
うへぇ、どうしてそうなるんだよ? で、でも、まぁ……いっか。今更恥ずかしいってわけでもなし。やっぱキレイにはしたいし。
「ほら、恥ずかしがってないで脱いで、ぬいで」
「う、うん……」
やっぱ、はずい。こんなお風呂でもないとこで服脱ぐとか、恥ずかしいに決まってるわ! だがしかし、もう拭いてもらうしか道はない!
しっかし、上だけだと思ってたのに……、
ぱん一にされた。――泣いていい?
「ねぇ幸音、あなたちょっと胸、膨らんできてるわよ? 服で擦れて痛いとか、ない? 最近お風呂、一緒に入ってないから気づかなかったなぁ」
うえぇ、なんですと。そ、そうなんか? 太ったとかじゃないんですかね? 痛み……、そう言われれば思い当たらなくもない。……な、ぬあぁ、ちょっと幸奈さん、タオルの当て方がエロくないですか! さきっぽ、そんなに擦らないで!
「こ、これ、そうなの? てっきりちょっと太ったのかなぁ……て、っうか、姉さん、もうそれ位にしてっ……」
なんか変な気分になるでしょ!
「ふふっ、ごめんごめん。幸音の反応が面白くって。……でも、これからはまた時々、一緒に入りましょ? 幸音に任せておくとなんだか不安だし……」
「ええっ、姉さんと? べ、別に、一緒に入らなくても……」
「あきらめなさい。そうねぇ……胸がそれだと、あっちのほうも、もう近いかもね。準備は以前してるけど幸音もほんと、覚悟決めなさいね」
そう言ってコツンとおでこを叩かれた。俺のおでこ、叩かれてばっかりだよな。しかしなんだ、ついに俺の時代到来か? ぼんきゅぼん、くるかっ!
ま、無い……な、うん。
「ところで幸音」
拭き終わったところで、幸奈が唐突に俺を呼んだ。
そして俺の目をじっと見つめてくる。
「え、なに?」
「あなたの声……、また聞こえたわ。直接頭に響いてきた。……距離なんて関係ないのかな」
ま、まじか。
「そっか。あのときかなぁ? 階段落ちた時……」
「そうね。……私、その時、心配になってすぐ末永先生にCHAIN送ったわ。あとで会ったとき、すごく驚かれちゃった。余りにタイミングがぴったりだったって。鳥肌立ったっんだって」
俺に服を着せながら話を続ける幸奈。っていうかさ、俺、自分で着れるんだけど。……まぁ、やりたいようにやらせるけど。なんか釈然としない。しかしなんだ、もう三度目かな? 俺の声がどうのってやつ。
「あのさ……、姉さん。その件でさ、もう一つ不思議なことあって……」
「うん、なに? 他にも聞こえた人が居たとか言う? もう居ても驚かないけどね」
それ位ならマシだったわ……。
「違うよ……。そのね、言っとくけど、これまじだから」
「はいはい、わかったから……、なに?」
い、言うぞ。言っちゃうぞ!
「なんか、階段から落ちてく杏珠、助けようって思ってさ……。でも、どうやったって、絶対間に合わないタイミングだった。でもね。それでも助けたい……なんて、強く思っちゃったら、さ……」
俺の言葉をそこまで聞いた幸奈の表情が強張ってきた気がする。
「思っちゃった……ら?」
「杏珠のね。杏珠の落ち方……、が、急にゆっくりに……、ゆっくりになっちゃった……」
言ってしまった。
「それ、それも誰にも言ってない? 言ってないわね?」
「う、うん。もちろん。こんなこと絶対言えない、言えるわけないよ……」
「そう、ならいいの。……絶対、絶対言っちゃだめよ……」
幸奈は相変わらずジッと目線を離さない。ずっと見つめてる。
「うん、そだね……」
う~~~、気まずい。なんかもう、俺、自分が一体何なのか、わからない。
ペンダント……、また色変わったし。
そして俺の目の色も、また……、
すみれ色に……、戻ってた。
まじめは疲れるからやだ




