杏珠(うしろ編)
最近、1投稿あたりの文字数多めになってきてしまい……
長すぎでしょうか?
「幸音!」
今、幸音の声が聞こえた。
何よこれ。すっごくいやな気分だ。まるであの時と同じ……。
スマホを確認する。今はちょうど休み時間くらい? 今週はまだ授業、始まってないから微妙だけど……。どうしよう、さすがに急には抜けられない。
思い違いかもしれない。幸音に『CHAIN』入れておこう。学校では使うなって言ってあるけど、見るくらいならしてくれるはずだ。
そんな、見ることができる状況なら……だけど。
そうだ、末永さんにも連絡してみよう。彼が担任って聞いた時は驚いたけれど、『CHAIN』も入学式の時に一応フレンド登録したし、有効活用だ。
ああもう、じれったい。この胸騒ぎが気のせいであって欲しい――。
「あぁ、き、北美……さん」
「どうした! おまえ、成瀬。おい、どうしたんだ。さっきの声はなんだ?」
女生徒の大きな声に驚いて職員室の外に出て、声の聞こえた方を見てみれば、そこにいたのは俺のクラスの成瀬杏珠だった。慌てて駆け寄るが成瀬は放心状態になって、その場にへたり込んでいる。言葉をかけても呆けたまま返事が返ってこない。そんな成瀬が見つめている先をたどる。
「き、北美!」
下り階段の踊り場に北美が倒れ伏していた。まずいな、意識を失ってるのか?
俺は階段を飛ぶように降り、北美の元へ急ぎ駆け寄った。北美は完全に気を失っているようで微動だにしない。口元に耳を近づけてみれば、しっかり呼吸の音が聞こえてくる。脈も取ってみたが、しっかり感じ取れた。うん、とりあえずは安心ってところか。
「頭を打ったかもしれんな? なら、下手に動かさないほうがいいのか? 見たところ出血とかは無いようだが……。って、なんだ?こんな時に」
胸元に放り込んであったスマホが鳴っている。煩わしさを感じながらも急いで確認だけはしておく。
「うそだろ……」
北美の叔母、北美幸奈からの『CHAIN』だった。しかも内容がこの子の安否ときた。
俺は一瞬総毛だった。
このタイミングでかよ……。
「末永先生、何があったん……、あっ、その子! だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃない! 気を失ってる。階段から落ちたようなんだ。石上先生、悪いがすぐ救急車を手配してくれないか? 頭を打っているかもしれんから、下手に動かせん!」
「わ、わかりました。急いで連絡します!」
よし、救急車はまかせるとして、あとは体を冷やさないようにしないとな。
「成瀬! おい、成瀬! いつまでそうしてるつもりだ! 体が動くんなら保健室行って毛布を借りてきてくれ! そうだな、ついでに一緒に来てもらえ。ほら、急げ!」
まだ上で、へたり込んでいた成瀬に大きな声で活を入れ、仕事を与える。
「は、はいぃ! そ、その……、借りてきます」
今にも泣きそうな声だったが、さっきよりはだいぶマシになったようだ。不安げな様子でこちらを窺っていた。
何があったのかは知らんが、この子の状況と無関係ではないのだろう。だが、ジッとしていても、ろくでもないこと考えるくらいで、いいことなど何もない。動いていれば気も紛れる。使えるものは使わないとな。
北美にも連絡入れておくか。『CHAIN』で連絡……は、さすがにないな。家族への連絡なんだ、しっかり電話で連絡しておこう。
んん……。あ、あれ?
俺、どうしたんだっけ……。
「っつ、いったぁ……」
身動きしようとした途端、頭めっちゃ痛いんですけど!
「幸音! 気が付いた?」
んあ? えっと……。
「幸音、幸音? 聞こえてる?」
ゆ、幸奈……? え、なんで幸奈が学校にいるんだ? ……っていうか、ここ……。
「うぇぇ? ええ? なに、なに? ここどこっ?」
「幸音、幸音ったら、落ち着いて。ここは病院よ。ほら、気を落ち着かせて……」
おおぅ、幸奈さん、急に手でほっぺ挟み込まないで……。落ち着いた、落ち着きましたからっ!
「ええっと、その……?」
俺はとりあえず、なんか、ベッドに寝かされてるようである。つぅ、頭いたい。
「意識はハッキリしてるみたいね……、よかった……」
ちょっと疲れた様子を見せてる幸奈。あぁ、また心配かけちまったかぁ……。
「幸音、どうしてこうなったか……、覚えてる?」
「う、うん、まぁ……ね。私、その、階段から落ちた……と思う」
「うん、そう。幸音は階段から落ちたね。みんな、それはもう大変だったんだからね」
「ご、ごめん……なさい。……って、そ、そうだ! 成瀬さん、成瀬さん大丈夫だった、あっ」
ベッドの横に立ってた幸奈の後ろから人影がふらりと現れたかと思うと、そのまま俺に覆いかぶさるように抱き着いてきた!
「北美、北美~~~! ごめん、ごめんなさいっ、ごめんなさい~~っ」
「うわぁ、な、なに? なんなの?」
あの時見た勝気な雰囲気を微塵も感じさせない、可愛い顔が台無しになるほど泣き崩れた表情を見せ、俺に泣きすがってくる。
な、なんだよこれ。どうしてこうなった? そのまま俺のお腹の上あたりでグズグズしてる成瀬の頭をそっと撫でつつ、俺は幸奈を見る。
きっと俺の顔はすっごく情けないものに違いない。そりゃそうだろ、こんなのどうすりゃいいんだよ? 幸奈はそんな俺を見て、やれやれといった表情を浮かべる。
すまんな、ポンコツで。
「成瀬さんだっけ、その子、幸音のそばからずっと離れなくって。さっきまでお母さんも一緒だったんだけど。ああ、今はもう15時をまわちゃってるのよ? 幸音がここに連れてこられて、かれこれ5時間は経ってるんだから……」
俺のお腹の上で泣きべそかいてた成瀬が急に顔を上げた。涙で目元がひどいことになってるけど、もう泣いてなかった。
俺の顔をジッと見てくる。
「北美……、その、えっとね……」
「うん……、なに?」
幸奈が静かに部屋から出ていくのが見えた。さすが大人。気が利く。
成瀬もベッド脇に降り立ち、きっちりこっちに向き直った。
「た、助けてくれて、ありがと。……そ、それとね、そのぉ……、意地悪なこと言って、ごめんなさい!」
そう言った成瀬の顔は楚々として可愛らしいものの、ちょっと無理をした笑顔を浮かべていた。
くぅ~~、こんな顔を向けられてなお怒るとか、許さないとか言うやつ、出てこい! 俺様が直々にしばき倒す!
「うん……、いいよ。……成瀬が無事でよかった」
「……っ、許してくれるんだ。よかった……」
なんつーか、健気な子だな。イメージだいぶ変わったわ。
っと、まだ何かいいたそうだな? くねくねしてるぞ。
「……ねって……で、いい?」
ん?
「……なに?」
聞き取れんわ!
「……もうっ、幸音って呼んでいい? って言ってるの!」
な、なんでぇ、そんなことか。みんなそう呼んでるし全然かまわんな。
「ん、いいよ……。じゃ私も杏珠って呼ぶ」
その途端の成瀬、いや杏珠の表情の変わりっぷりは後のからかいネタに撮っておきたいくらいだった。
「そ、そっか! うん、幸音、よろしくね」
俺の手を取ってぶんぶん振りながら、そうのたまう杏珠。あのぉ、手、痛いっす。
「わからないことあったらいつでも私に聞いてね! 志倉や咲元なんかよりよっぽど頼りになるからね、私!」
こいつ、なんのかの俺たちのことよく見てたんだな、愛い奴め。
「わかった。わかったから立夏と麻衣とも仲良くして……、じゃないともう杏珠って呼ばない……」
途端、泣きそうな顔になりやがった。百面相か!
杏珠、面白すぎ。
でも、これからは仲良くしような、杏珠。
展開ベタですみません
捻りなんていらないんですん、子供の話ですん




