オフイべ!(けんぴ)~まえ編~
春休みも中盤に差し掛かり、世間一般的にはそろそろ桜の便りが増えてくるころだと思う。
けど残念なことに、俺たちの住む街に本当の春がやってくるのはもう少し先、4月も半ばを過ぎたころになるはずである。
したがって、肌寒い日がもうしばらくは続くのである。
寒さは残るものの、早春の日差しが降り注いでいる中、俺はJRの駅中にある待合室で幸奈とともに人を待ってる。外は寒い! 中で待つに決まってるし~。
「ほら幸音、見えたわよ」
相変わらずひっきりなしにある、不躾な人の視線がいやで、ずっと俯いたままスマホゲーでモンスター捕獲に勤しんでた俺の腕を、幸奈が小突きながらそう言った。幸奈の言葉で顔を上げた時には、俺の目の前にそいつらは居た。
「ゆっきねちゃ~ん、こんこ~ん! 久しぶりだけど、相変わらず可愛すぎだね~! お持ち帰りしていいかな? かな~?」
「おいこら、鈴にゃ、いや、林堂さん! いきなりトップギアかよ!」
こ、こいつら、いつでもどこでも元気な。現れたのは馬鹿ツートップ、鈴にゃんとけんぴだ。鈴にゃん、でかいトートバック肩に下げてるけど、何入ってるんだか。嫌な予感しかしない。
「こ、こんにちは。お久しぶり……です」
「林堂さん、飯田君、今日はわざわざ立ち寄ってもらってごめんなさいね」
幸奈が微妙に呆れた表情を見せながらも無難に挨拶をした。幸奈、いやならさ、もうね、いっそ断ってもらってもかまわんのだぞ!
「いえいえ~、大事な姪っ子ちゃんをお借りするんですから迎えに来るのは当然のことです! むしろご褒美です!」
「す、すみません、北美さん、あとで叱っておきますので……」
けんぴ、大変だな!
ま、要は鈴にゃんは無事幸奈を陥落せしめた!
絶対に一人にしない。迎えに来る。早く返す。などなど、あの手この手をつかって落としやがった。まぁ幸奈自身、いつもまでも俺を家から出さないなんてことは無理だって分かってたはずだし、この辺が引き際として丁度いいところだったんだと思う。
元々幸奈が言ってたんだしな……、色んな人と交流深めろって――。
「行ってきま~す」
俺はそう言いながら、心配げに見送ってくれてる幸奈に、小さな手をふるふると振ってみせた。なんだよ鈴にゃん、微笑ましそうな目で俺を見んな!
今日の俺は、外を歩き回らないといけないからってことで結構ボーイッシュだ。襟足に近いところでツインテールにくくってベースボールキャップ、オン。フリースパーカーにショートパンツ、その下にスパッツを履き、足元はスニーカー。冷え込みに備えてPコートもしっかり着せられた。ついでにスキンケアで日焼け止めもたっぷり。ベースボールキャップいいよね、目深に被れば目元が目立たないもんな!
「う~ん、眼福が過ぎる! 鈴にゃん幸せ! けんぴもそう思うよね」
「お、おう。思うから! 頼む、キャラネームで呼ぶのはオフイベ会場に入ってからにして……」
そこそこ人で賑わう駅のホーム。恥ずかしそうに、そう伝える、けんぴがいるのだった。
電車を乗り継ぐこと1時間と少し。目的地であるオフイベ、オフラインイベント会場に到着した。道中、攻める鈴にゃん。防戦一方の俺。遊撃にけんぴが出るも、けっちょんけちょんにされる……というカオスな状況ではあったものの、そうやって人と楽しく電車で小旅行なんてものをほぼ経験したことのない俺はそれなりに楽しんだんだと思う。
「幸音ちゃんの可愛い寝顔も撮れて悠乃感激! 一生の宝物にするね」
途中うたた寝したときに撮りやがったらしい。今消せ、すぐ消せ、いやいっそスマホ捨てやがれ! けんぴ、今こそ役に立てよ、おら!
オフイベは展示会や大きなイベントとかが催される大きなホールを使って行われてる。ホールの入り口前は比較的大きな広場になってるわけだけど、そんな場所は来場者だけでなく、それを目当てに商売する人にも恰好の場所になる。もちろんそれを目当てにしてる人もいるから、もうすっごく賑わってるわけである。
そこかしこに小さなグループがいっぱい出来てるんだけど、まぁ要は、俺たちみたいなのがいっぱいいる訳である。怪しい言葉が飛び交いまくってて笑える。
ついでに俺への視線もそれなりに集まってきて、ちょっとうざい。帽子を被りなおしとこ。
外だと銀髪が日の光浴びてキラキラするのもあって、すっげ目立つんだけど……、こういうとこって変な色というか、それはもうとっぴな髪色のやつが居るもんだから、いいカモフラージュになってくれてる。ありがて~!
「けんぴ~~、もう遠慮なくばんばん、キャラネーム使っていいよね? っていうか、使え!」
「おう! 逝ってよし! おーし、いっぱい見てまわっぞ! ノリちびも頑張ってついてこい! 迷子、なんなよ」
こいつ、急に元気になりやがったよ。
そしてノリちび呼び、復活だよ……。ちっ、調子のんな! なんなよじゃないんだよ、ちゃんと見といてくれないとダメなんだからね!
「グッズ売りもいいけど、まずは中でゲームのロードマップ確認だ! 新スキルに武器も気になる。新エリア情報もあるし、何よりだ、レベルキャップ解放の情報公開もあるらしいぞ!」
な、なんですと! それは聞き捨てならぬぅ。くぅ、一日引き籠ってゲームする事案ではないか! 俺はなんて取り返しのつかないことを!
学校……、行かなきゃダメなんだろうか……。
「けんぴ、情報収集も大事だけど、例の件のこともあるんだから、ちゃんとノリちゃんのこと見ててね?」
「おう! どんと任せとけ! そっちも準備ガンガレ。みんなにもよろしく」
「まっかせなさ~い! ノリちゃん、私はちょ~っとだけ準備あって離れるけど、けんぴの言うこと聞いて、いいこで居てね! CHAINするから見逃さないでね~」
むむむ、けんぴと鈴にゃんの様子がとてつもなく怪しすぎる。これはきっと俺がらみに間違いない。準備ってなんだよ!
気になったけど、けんぴに何気に手をつかまれ、引っ張られた。
「ほれ。迷子になるといけないからな、手繋いでいくぞ!」
まぁいいけど。けんぴ、ちょっと顔赤いぞ? 色々誤魔化すかのようにどんどん進み、とっとと会場内に進入した。ちな入場無料! 運営さん太っ腹!
入ってすぐにゲームのイメージキャラのポスターが壁一面、でかでかと貼ってあり、所々にホワイトボード、他にもテーブルもあって大きなスケッチブックが開いて置いてあった。
「お、あれな。俺たちも書いておこうぜ!」
ほうほう、なんぞ? けんぴに連れられ見てみれば。汚い字くっそ多いけど、ここに来た奴らのコメとか書く寄せ書き帳だった。ホワイトボードはといえば、こっちはキャラの絵なんかが中心だな。へたくそが多いけど、中にはプロ顔負けに上手いやつもあって感心する!
「ワイルドビスケッツ参上! by けんぴ っと。ほら、ノリちびも書いとけよ」
ぽいっとマジック放ってきた。けんぴが以外にも達筆で驚きつつ、俺もまる丸っちい字で、ノリスケ様降臨! って書いてやった。
「ちっこくて丸っこい字だな、もっとデカく書いとけよ~」
そう言いながら俺の頭にボスんと手を置いた。むぅ、帽子の形がくずれるだろが! ちなみに丸っこい字は練習した! 俺ってすごくね? いやね、幸奈さんに言われましてね……、案外スパルタで泣けたんよ?
中に進む。会場の中はむわっとして暑かった。大半の客がむさくるしい野郎どもである。変な熱気でちょっときしょい。ま、俺は我慢できるいい子だ! でも暑いものは暑い。
Pコート脱ごっと。脱いでたら、けんぴがそれを奪い取って、そのまま持ってくれた。け、けんぴのくせに、どした?
「あ、ありがとう……」
「いいって。お前、小さいのにコートまで持って歩いてたら大変だろ。そんなのは大人に押し付けときゃいいんだよ。子供は遠慮なんてすんな」
けんぴ、お、お前、いいやつだな。
わかった。
がんがん、利用させてもらうぜっ!
次でオフイベはおわり




