あ、これが幸せってやつ?
雪の中、町医者のおじさま医師の紹介を受け、街の総合病院に精密検査に行ってきた。
おおらかな田舎と違って都会人は異物(俺のことな)に敏感だね。
待合してる間、嫌な意味で好奇の目をいっぱい向けられて気分最悪だった。俺はもうずっと幸奈に縋り付いて離れないようにしてた。飴くれたおばちゃん達を見習えといいたい!
造影剤を注射したうえで、CT検査をした。頭部から胴体まで、一通りの撮影をしたみたいだ。30分もかからずに全部終わって拍子抜けだった。必要だったのは胸のはずだけど、幸奈の意向もあり一応手足除いた、全ての検査って感じだった。もう機械的に次はこれ次はこれで、今どうなってるのかもさっぱりだった。でかい「びょ~いん」はこれだからいやだね。
ま、何にしろ、嫌なことはさっさと済ます。これに尽きるな。
「幸音、なんとかお利口さんにしてくれてて助かったわ。ふふっ、乱暴な言葉遣いにならないかと冷や冷やしたんだから」
帰りの道すがらの幸奈の言葉である。極めて遺憾。遺憾砲炸裂である!
「あのなぁ、俺は分別ある大人だ! 自分の立ち位置くらいキッチリ把握しとるわ! こう見えて日々子供らしい口調と行動をとるよう努力してるんだからな!」
つい勢いで言ったった! ちょっとストレス溜まっててなぁ。 後悔は……、とてもしている。
「へぇ」「ふぅ~ん」「そうなんだぁ」
あ、あの、幸奈さん?
ああ、表情が急速冷凍中――。
「お、お姉ちゃん、私がんばった!」
てへぺろ!
「…………」
すみません、もう2度と幸奈様に偉そうな口ききません。男言葉使いません。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
「ぷっ……。 ほんっと、しょうがないんだから。まぁ、いいわ、今回は大目に見ます、良くがまんしたからね。ほらっ、今からエトワール行くから。幸音も強制連行だからね、あきらめて一緒に来るように!」
「は~い……」
エトワールに着くころには降っていた雪もやみ、出歩くのに雪を気にしなくて良くなった。僥倖である。ただしすっころび注意!
「幸音ちゃ~ん、いらっしゃ~い」
「お姉ちゃん、こんにち……うわっ」
入るなり瑠美のパワフルな出迎えにあった。思いっきり胸に抱かれて前が見えん。会うたび会うたびこれでは身が持たん。それに瑠美の胸ではクッション性は期待できないしな!
「むっ、今、幸音は考えてはいけないこと考えたっ!」
す、するどい!
俺は誤魔化すため、顔を胸にグリグリ押し付けながらもごもご言い放った。
「しらな~い」
「ちょっと、幸音こそばゆい~、にゃははっ、やめろ~」
笑いながら俺のぼんぼん付きニット帽をぽすぽすしてくる。気に入ってくれたようで何よりです。別に役得だなんて思ってないし、実際のところちょっと痛いのでセーフである。チラ見した幸奈が呆れた顔をしてたのは見なかったことにしよ……。
「やあ幸音ちゃんいらっしゃい、それに幸奈もね。こんな天気の中よく来てくれたね、まぁこれでも飲んで暖まってよ」
もう俺の前でも幸奈のこと、名前呼びである。最初は北美さんとか呼んでたのにな。俺も身内扱いにしてもらえたかな、うん。……手が冷たい、紅茶のカップで暖めよっと。
「ちょっと、私はついで? ふ~ん、それならそれで別にいいけど、覚えておくことね」
「ああ、そうだね、任せておいてくれ、これでも記憶力には自信があるからね。ふふっ、君のそれはだいぶたまってるから返すのを楽しみにしてるよ」
軽くさわやかな笑みで返す晃生。なにこの余裕。
「そ、そうなんだ、まぁ今回は借りもあるから許しとく。……た、たまってるっていうなら、しっかり返してもらいますからね。き、期待しないで待ってる」
「ああ、その時は(家に)返すつもりないからね。時間しっかり確保しておいてね。そうだなぁ、幸音ちゃん、瑠美に面倒みてもらうかい?」
「え、ええぇ? ちょ、な、何を……」
寒さで白かった幸奈の頬が一気に染まった。おちつけ! ……何この会話。意味深すぎて引きオタにはついていけねぇ。
晃生、尊敬する。認めよう幸奈をやる!
大人二人の権謀巡らす会話をよそに、俺は瑠美と二人テーブルに着き、お茶とお菓子とおしゃべりに興ずる。(まぁ、俺が一方的に攻め込まれてるだけだがな!)
相変わらずよくしゃべる瑠美である。
「幸音ちゃん、そのポーチかわいいね。猫ちゃんかな? 幸音ちゃんは動物グッズ集めるの好き? 今度私もなにかプレゼントするよ!」
スマホを取り出すところで目ざとく突っ込んできた瑠美。しゃべりネタハンターの称号を授けよう。ちな、俺のグッズ、みんな幸奈姉さん由来ですからして。俺の趣味はひとっつも入ってないんで勘違いしないで!
なぜ出したかと言えば、以前スマホを持ってることがばれた俺は、瑠美に持ってくるようせがまれてたのだ。(持ち歩くと重いんだよな、これ)
そう! 俺は瑠美と『CHAIN』っていうスマホのSNSアプリのフレ登録なんてものをしてしまった。引きオタの俺は今までそんな奴がいなかったのでちょっと感動である。初めてがJKだなんて俺も偉くなったもんだ。
ついでに、その様子を大人二人に見とがめられ、なぜか晃生と幸奈ともフレ登録することになってしまった。幸奈なんてなぜか拗ねてるし。
解せぬ。
親しい人たちとゆったりとした時を過ごし、いつも通りの名残惜しそうな瑠美の顔を見つつ、帰宅となった。
「幸音ちゃ~ん、CHAINするからね! 既読スルーしちゃだめだからね~~」
「うん、わかった、わかったから」
帰るんだから離して。困った瑠美である。
しかしなんだ、結局何をしに寄ったのかわからずじまいだったな。
でも、なんか……、こういうのいいな――。
そういや客が来ないなって思ってたら、いつの間にかドアの表にはクローズの看板がぶら下がってた。
やる気ないなおい、それでいいのか晃生!




