石と幸音
なんだろ、俺なんでこんなにダルく感じてるんだろ。
冗談交じりで疲れたって言ってただけなのに……、もうほんとに座り込みたくて仕方なくなってきた。
「ちょっと幸音、大丈夫?」
俺の様子から変化を感じとったのか、幸奈が心配げに俺の顔を覗き込んできた。ちょっと前までの俺だったら照れてすぐ幸奈の顔を押し返すくらいのことしただろうけど、今はそんな元気もない。
「だ、大丈夫……じゃないかも」
もう強がりも言えない。幸奈相手に強がっても意味ないし。なんでこうも急速に体がだるくなってきたのか。ちょっと考え、俺はすぐその要因に思い当たった。こんな小さな体で慣れないところを歩きまわったせいもあるだろうけど、一番といえば……。
「姉さん、あの石のところ……戻りたい。まだ早いってことはわかってるけど。出来るまでお店で待ってるだけでもいいから――」
最初は気にならなかった。街へ出てテンション上がってたのもあるかもしれない。でも今こうなって、それがないことを認識して、どんどん俺の気持ちの中で大きなものになってきた。
「ん~~、そっか。理由はわからないけど、そんな顔して言われちゃったらダメなんて言えないね」
俺どんな顔してるんだろ……。気になるけど戻るほうが大事。
「お願い、ごめん姉さん」
「うん。気にしないでいいよ、十分楽しめたしね。じゃ戻ろっか」
そう聞いて心からホッとし、自然と微笑みを幸奈に向けた。心なしか頬を染めた幸奈の顔が印象に残った。
約束より早い来店にいやな顔をすることもなく、店主さんは笑顔で迎えてくれた。
とはいえ仕上げには、当たり前だが今しばらく時間がかかるってことだったので、店内の接客スペースがいくつかあったのでそこで待たせてもらう。姉さんは俺が落ち着いたのを確認するや店内をぶらつきだしている。また買い物の品が増えるかもな。
――そう、俺の体調は店内に入って早々、改善の兆しが出てきた。それはもうあからさまに。近くにあるだけでこれって……。内心穏やかではいられないが、今は置いておこう。
俺の前には温かい紅茶と可愛らしお菓子、向かいには高校生らしき女の子が座ってる。きっと店主さんに接待を仰せつかったのであろう。
「ねえ、お名前聞いていい? 私は星川瑠美。お兄、あ、店主……の妹。初めまして!」
む、挨拶か……。仕方ない引きオタとはいえ応えねば。
「北美幸音です……」
「そっか、幸音ちゃんか。よろしくね!」
早速「ちゃん」付けしてくるこの子はなぜにこんなに元気なのか。初対面の人にこれとは……、俺の理解の範疇を超えてるのは確かだ。
「幸音ちゃんって、幸奈さんの娘さん? ん~、それはないか。じゃ、妹? え~、なんだろ~?」
活発を地で行くこの子は、好奇心旺盛に次々話しかけてくる。他人と……、更には女の言葉でしゃべるなんて慣れてないんだ、心底勘弁してほしい。
「えっと、姉さんは私のおばさんです。父さんの妹なので」
なるべく素っ気なく答える俺。懐かれてはたまらん。
「へぇ~、そうなんだ。幸奈さんの姪っ子さんなわけだね~。かわいいね~~、私もこんな妹がいれば良かったなぁ」
笑顔を振りまきながらそんなことを言う彼女は、なかなかの顔面偏差値だ。まぁ俺ほどはないがな! 茶髪をお団子ツインにした髪型も似合ってると思う。しかし、そんなことで落ちる俺ではない。
「お洋服かわいいね! ベレー帽もとっても似合ってる」
俺の服を褒めることから星川さんの独演が始まった。適当に相槌や誉め言葉のお返しをするしかない俺。――褒められたら褒め返す、これ大事ね、幸奈にさんざん言われた。引きオタの俺にどうしろと!
「ハーフなのかな? 私銀髪なんて見るの初めて! それ地毛かな? ツヤツヤしてとってもきれいだね! 触ってみてもいい?」
ぐいぐい押してくる! なんぞこれ。こいつ今にもテーブルに乗り出して手を伸ばしてきそうだ。調子に乗せないためにもここはきっちりお断りだ。
「ハーフ……だと思う。地毛だけど……、あんまり触ってほしくない」
「ええ~、そんなぁ。って、わぁ、幸音ちゃん、目の色も変わってるね! 紫っぽい感じ? うわぁ、かっこい~」
遠慮ねぇなこいつ。さすが今時の女子高生! 俺の含みを持たせた言葉にも気付いてないのか、今度は目の色に食いついてきた。俺はもう引きまくりである。その後も次々と押し寄せる星川さんのビッグウェーブ。ついには隣にきて頭なでなでコース入り。俺の堤防は低すぎた。抵抗むなしくカンペキ懐かれた。
いくら幼く見えるとは言え、俺12歳設定。春には中学生なんですけれども!
――泣きたい。
「瑠美、もうそれくらいにしておいたら?」
助け舟キターーー!
店主さま登場である。その隣には含み笑いを浮かべてる幸奈。こいつ、いつかシメる。注意された本人を見ればテヘペロ顔だ。
もう瑠美呼びでいいよね、こいつ。
「お待たせして申し訳なかったね。簡単なペンダントトップだしそう時間はかからないと思ってたんだけどね……、少々手こずってしまったよ、面目ない」
苦笑いを滲ませるも、その顔はさわやかだ。イケメン爆発しろ!
俺の石は淡いピンク色をした簡素な箱に収めてあった。ピンクか……、ピンクね。まぁ何も言うまい。
店主さんは丁寧な手つきでそこからペンダントになった石を取り出し、俺の小さな手のひらに乗せてくれた。表面を仕上げてもらった石は滑らかな光沢をみせ、その透明感にも磨きがかかってる。形を整えてもらったようで気持ち小さくなったかな? 石の尖った先には小さなリングが通され、そこからシルバーの鎖がキラキラと光を帯びながら伸びてる。
くぅ、なんだよこの安心感というか充足感。初めて石を手に取った時も感じたけど、今はその時の比じゃない。うう……や、やばい、なんかうるっと来るんだけど!
俺はどうにも感情の抑制が効かなくなり……。
元男35歳の俺は。
3人が見守る、その目の前で……、
泣きだしてしまったのだった――。
このお話は100%フィクションでできております。
一日での仕上げなんて普通やってもらえないかな?w




