BlackSheep1
夏休みも後半に入り、私は自宅と下宿先を往復して過ごしていた。私の用事はほとんどが本を取ってくることで、そのついでにお墓の掃除や、両親の手伝いを時々していた。将来のことや、恋人はいないかなどと聞かれたりもしたが結局適当に誤魔化してしまった。
私にも目的ぐらいあるが、それはなんというか順当にいけば叶えてしまいそうなものだ。そのための準備をしているし、備えもしている。夢というには堅実的だ。余裕も余力も残してしまっている。欲しいものは今手に入ってしまっている。
ただ私は夏休みの間、どうしてもあの幽霊屋敷に向かう気になれなかった。話によると、シモンとジーザスは屋敷にいて、マリアをよく連れだしているそうだ。
私もどこか遠くに行きたくなる。
そんな精神的に豊かな生活を送っていた頃、今度はシモンから話がしたいと連絡が入る。話すと言ったのになかなか行かない私への催促だろうか。
駅の改札を抜け外に出ると相変わらずの夏の日差しを感じる。夏なのでこれから逃げることはしばらくできそうにない。日差しを避けるように駅の中に戻った。
どうせなら屋敷で話してくれれば良かったのに。自分が近づいていないのに、そんなことを考えてしまった。
「おっルカ」
少しするとシモンは現れた。すっかり見慣れた明るい茶髪に、動きやすそうな恰好をしている。
「久しぶり」
「遊園地以来か?」
「そうね。屋敷には行ってないから」
聞かれてもいないのになぜか正直に答えてしまった。
「知ってる。マリアとは話したんだろ?」
どうやら私が彼女に会ったことは知っているみたいだ。おそらく本人が話したのだろう。
「それより暑いからどっか行こうよ」
「ちょっと歩くけどいいか?」
「別にいいよ」
私たちは駅を出ると西のほうに歩き始めた。馴染みのある町だから変化に敏感だ。
この町は私たちの学校から一番近い駅だ。夏休みなので、分かりやすい学生の姿は見かけられない。
「あんまり変わってないね」
「三年ぐらいしか経ってないだろう」
それもそうか。
「学校だと随分シモンに苦労させられた」
最近文化祭のことを思い出していたので、つい呟いてしまった。
「悪かったな。けどお前がいてくれてよかったよ」
「えっキモイ」
「本心だって。俺はジーザスほどは凄かないんだよ」
いつもの彼らしくない弱気な言葉だと思った。
「なんかあったの?」
「その相談に呼び出したんだよ」
「ふーん」
興味なさげに答える。駅前の三車線の道路の脇を、しばらく歩く。通り沿いの異様な存在感が目に入る。シモンはそこで足を止める。おそらく南米の変なオブジェがあるお店だった。店に入るといきなり下に降りる階段があり、地下のような場所で店員に席に案内される。物珍しく、店内を観察するが変なものばかり視界に入って答えは出てこない。
「こういうところはマリアと来れないからな」
「二人で出かけたりするんだ。噂になってない?」
「大丈夫だぞ。学校のほうは、俺のことは兄だと思ってるみたいだし」
マリアの通うミッション系の学校は、男女の交友に五月蠅い。
「まぁ学校近くに行くと、良い顔はされないけどな」
「まぁね」
その恰好だとそうだろうねとは言わずに、思うだけにした。どう見てもチャラいし遊び慣れている。
「そういえば相談って、レンのことじゃないの?」
「うーん。近いけど、違うな。俺の相談だし」
「マジで?」
それはなんというかとても珍しい。あの屋敷の男は一人で結論付けることが多かった。私は、マリアとレンの話をよく聞いてはいたけど。
しばらくしてくると料理が運ばれてきた。私が頼んだのはやけにおいしく見えた焼き魚だ。あつあつで、箸でつつくとホロホロ崩れていく。
「ルカこそ。彼氏いないのか?」
「いないよ。いらないし」
「さっぱりしてんな」
彼はそういうと分厚いステーキを切り分け、口に運んだ。値段の割に量が多い。
「俺にとって恋愛って遊びなんだよなー」
「不純な奴」
「まぁ聞けって。俺の付き合い方って、一緒にいて楽しかったら一緒に居て、苦しいとか、無理し始めたら別れるんだよ。なんというか、そういう約束?ルールみたいな感じ」
「聞けば聞くほど不誠実なんだけど」
「お前が真面目すぎるんだよ。誰だって付き合ってる奴と、結婚するとか残りの人生一緒に過ごすまで考えないし、そんな覚悟はできない。自分には未来があると思ってると特にな」
言ってることは分かる。納得できないのは、私がそういう遊びの恋愛というものを知らないからだろうか。
「で問題が、遊びじゃない恋にどう答えたらいいのか分からないってことだ」
「嫌なら断ればいいじゃない」
「ルカ、時々俺より男前だよな」
私は無視するように魚の一部を口に運んだ。
「だってそうでしょ。遊べないなら、断ればいいじゃん。今までそうだったんでしょ。高校の時も、そんな感じだったし」
「あれはみんな本気だったからだ。あんな重たいものを十代から真面目に相手したくない」
両手を大げさに広げて答える。
「じゃあ今回が駄目な理由ってあるの?」
「泣くんだよ。あいつ。絶対、すごく傷つくんだ。そんなことはしたくないんだ。嫌いなわけじゃないんだ」
拳を握り締める様子から、その言葉も本心なのだと思った。シモンにこんな風に思うなんて、珍しい。私なんかに相談しているのだから、相当追い詰められているのかもしれない。
「そんなに大事なら付き合ってあげなよ」
「それはなんかズルい気がする」
「ようはまだ遊びたいだけでしょ」
私はため息交じりに口にした。
「まぁそうだな。そういうことか」
シモンもため息をこぼした。
「ジーザスも、マリアも、どうしてあんな風に一人のことを思えるんだろうな。ってお前もそっち側か」
「まぁシモン側ではないね。トマスに相談すれば、多分私よりは役に立つよ」
正直あまり力にはなれそうにはない。
「弱音ばっかりなら、それこそどっかで遊んでくれば。シモンらしくないと思う」
「そうだな。そうする。夏はイベント多すぎて、忙しかったからな」
「昔とやってること近いよね」
「まぁ自分がやりたいことだからな」
やりたいことがはっきりしていることは、羨ましい話だ。
会話は一旦途切れ、残っていた皿を空にする。食後に飲み物が届く。私はアイスティー、彼はアイスコーヒーだ。
「お前そろそろ話しにこいよ」
「うっ」
真正面から、私が最近屋敷に行ってないことを指摘されるのは辛い。自分でも、すべきだと思っていたのだけど、気分が乗らないのだ。
「レンも心配してたぞ」
「トマスは何か言ってた?」
「夏だからねって言ってた。俺はルカにそんな友達がいるとは思わないけどな」
「いるよ。大学の友達もだし、どこかの誰かが文化祭で騙してくれたお陰でね」
「なんのことやら」
「文化祭の劇の語り手役。あれ最初から、シモンが私にやらせるために仕組んだってもう知ってるからね」
恨みがましく言うのは、知らなかったことが気に食わなかったからだ。誰かの手のひらの上というのは、気分の良い話しではない。恨みはないけど、根には持っている。
「なんだ。バレてたか」
彼は涼しい顔で、アイスコーヒー飲んでいた。あまり気にしてはいないようだ。
「なんであんなことしたの?」
「お前のことジーザスにちゃんと教えたかったから」
「はぁ?」
確かにあの時は、珍しくジーザスが来ていた。ただ私が劇に参加することと、それを彼に見せることがそんなに重要だとは思えない。
「言っとくが、本気だから。学校と屋敷でルカは、別人みたいに変わるからな。それを見せたかったんだよ」
「そんなことのために?」
「こっちは大事だったんだよ。面倒だったら、他のタイミングでお前を嵌めてたと思うぞ」
今でこそ良い思い出だけど、彼にそんな思惑があったとは今日まで気づかなかった。ただ私自身、私の別側面なんて意識して考えたことなんてなかった。
シモンがジーザスにどんな私を見せたかったのか、それは私には分からない話なのかもしれない。
「そっか」
短く答えを返した。結局私の恨みは、知らなかったことだけでそれはなんだか子どもみたいな感情だ。
「そういえばなんで『嵐が丘』だったの」
「似てると思ったから。いや全然似てないんだけどさ、変に閉塞的な環境だったから」
「何が?」
「俺たちと似てると思ったんだよ。あの時はそう思ったんだよ」
まるで今はそう思っていないと言ってるような口ぶりだ。
あの屋敷の思い出で嵐と呼べることは少ない。むしろ見渡す限りの草原に風が吹くような、ノビノビとした環境だった。
愛憎と復讐の話は確かに似ても似つかない。重なり合う場所があるなら、閉じた世界という点ぐらいだろうか。
あっけどマリアの内には深い愛憎があったような気がする。昔彼女が言っていた、「可哀そう」が誰に向けられていたのかようやくわかった気がして小さく笑った。
「どうした?」
「なんでもない」
答える声は少し弾んでいた気がした。
「はぁーどうすればいいんだろうな」
「さっきの続き?」
「そう」
「いいんじゃないたくさん悩めば。少なくともいつもと違って真剣に考えてるってことなんだからさ」
「相変わらず視点が自由だよな。ルカは」
「本読んでるからね。あと所詮は外野だもの」
付け加えたことは少し自虐的な気もした。私は彼の悩みにそこまで真剣になれていないのだろう。
「わかったよ。はぁー」
深いため息だ。シモンはなんだかんだで、先の展望を見据え計算高く動いていると思っていたから本当に新鮮だ。そんな彼にそこまで真剣に悩ませる人物というのは、いったい誰なのだろう。
興味は出たが、聞かないことにした。
「そろそろ出るか」
「そうね。これからどうするの?」
「解散してもいいし、屋敷に来るか?」
「……やめとく」
少しだけ考えて、そう答えた。私どうも急に予定というのが苦手のようだ。
二人が合流した駅まで戻り、私だけ改札をくぐった。
「話に来いよ。レンがいて話にくいなら、言ってくれていいからな」
「わかった」
別れ際に念押しされる。いい加減話さないといけないのだろう。上手く話せるか、それが問題なのだ。あるいはもっと単純に、私は順番通り話したいだけなのかもしれない。
あの日の事件の話は、あの頃の屋敷での最後の思い出だから。私はまだトマスにあの屋敷の思い出の半分も話してない。
きっとシモンもレンも呆れてしまう。ジーザスだけは笑って、許してくれるかもしれない。
結局私は思い出したいだけなのだ。誰かに話す過程で、あの優しいマリアとの思い出を振り返りたいだけなのだ。
昔
ルカ 戸松陽歌
マリア カレン
ジーザス ユーイチ
シモン 門田祐樹
トマス
レン 椎名蓮子
今
ルカ 戸松陽歌
マリア 椎名蓮子
ジーザス ユーイチ
シモン 門田祐樹
トマス




