幽霊屋敷の聖書1-7
日曜日。今日は時間があったけど、屋敷には行かなかった。理由は私がマリアに呼び出されたからだ。屋敷の外。しかもカラオケだ。軽い談笑なら喫茶店でも良かったのだろうけど、大事な話のようだ。
まぁそろそろこうなるんじゃないかって思っていた。私の話していることは、彼女にとっては不安の爆弾みたいなものだから。
駅近くのカラオケ。店の前に待ち合わせをしていた。今日のマリアは白と黒みがかかった茶色のワンピース。制服に近い配色ではあるが、あれよりも軽く明るい印象を受けるとのは、白が基調だからだろう。彼女の夏服は白のセーラーだが、それよりも開放的なのは膝上を揺れるスカートのせいかな。
「待った?」
「大丈夫。待つのは慣れてる」
今日は読書をする暇もなかったので、彼女はほとんど時間通りだ。相変わらず、律儀な子だ。
暑い夏の日差しから逃げるように店に入り、部屋を取る。ドリンクだけ先にとって、言われた番号の部屋に向かう。カラオケ特有の音響でコマーシャルの音が耳に届く。
「すぐ話す?」
「まだいい」
「何か歌う?」
「恥ずかしいよ」
どうやらあまりカラオケには慣れていないようだ。壁やテレビに視線が忙しなく動いている。
「そう」
私は一人でカラオケリモコンを操作した。随分久しぶりに歌うけど、覚えているか不安だった。
前奏が流れ出すと、マリアは顔を上げてこちらを見た。
「これって」
入れたのは三人の帰り道で私がよく口ずさんでいた歌だ。どうせ誰もいない林道だからって、二人の間でよく呟いていた。
勢いに任せて歌い切った。途中で彼女が小さく唇を動かしていてるのが見えて嬉しかった。
マイクを置いて、ついでに他のボリュームを小さくする。部屋は静かになったけど、他の部屋から音がよく聞こえるようになってしまった。
小さく咳払いのあと、わざとらしい深呼吸をしてから私は彼女に声をかけた。
「懐かしいね。レン」
彼女は大きく目を見開くと、両端から大粒の涙をこぼし始めた。私は持っていたハンカチを差し出した。きっと彼女の中では、今たくさんのことが思い出されているのだろう。
椎名蓮子。それが彼女の名前だ。トマスの見せた新聞で行方不明になっていて、まだ見つかっていない少女だ。
細かいことはまだトマスには話していない。ただ、私たちは嘘をついている。あの冬の日に、私たちは嘘をついた。私たちと、彼女のついた嘘は少し違うけどそれでも私たちはあの日、嘘をつき続けることにした
誰のためだったのだろうか。自分のため。あるいは彼女のマリアのため。
二人の少女がいなくなって、一人の少女が屋敷に帰ってきた。そこで入れ替わりがあるなんて誰も疑わなかった。
ただ彼女は知らない嘘がある。私たちはレンにも嘘をついているのだ。
「ルカ。私はあの家にいられるのかな?」
「大丈夫だよ」
彼女が知らない嘘。それは彼女が入れ替わった少女だと、ジーザスも気づいていることだ。
レンはマリアになったけど、彼女がマリアのように振舞えるのはジーザスのお蔭だ。そして私たちはその真実を秘匿している。
理由は今私がトマスに話していることと同じだ。まだその時が来ていない。
「何も変わらない。トマスが真実を知っても、ジーザスがあなたを守ってくれる」
「そう……だよね」
「うん。それでも駄目なら私がなんとかするよ」
安心させるように言うけど、私は酷い奴だと思った。本当のことを言っていないのだから。
「うん」
彼女はそういうとストローに口をつける。
「ルカ覚えてる?あなたが私に勧めてくれた本のこと」
「『銀河鉄道の夜』?」
「そう。私。何回も読んじゃうんだ。苦しいことをたくさん思い出すのに」
銀河鉄道の夜。有名な作品の一つだ。ジョバンニとカンパネルラ。二人の男の子の話。孤独で空想好きなジョバンニと、裕福で人気者のカムパネルラ。彼女が自分たちに当てはめるのも無理のないことかもしれない。
「いなくなった時も、考えちゃったんだ。私ルカに勧められて読書感想文書いたの。銀河がどんなふうに綺麗かなんて分からなかったけど、私の世界はカレンがいてくれたからこんな風に輝いていると思った。けどおしまいまで、一緒なんて思わなかった。カンパネルラはジョバンニを置いて、遠くに行ってしまった」
そこで彼女はハンカチで瞼を拭った。
「無理に話さなくてもいいよ」
「聞いて欲しいの。今まで、誰にも、言えなかったから」
たどたどしく口にする。
ジーザスは知らないことになっている。トマスはもともと知らない。シモンにも言えてないことなら、私が聞くしかない。
「読書感想文で私はジョバンニのことばかり書いたの。私には大切な親友がいて、特別だった。だからカンパネルラがいなくなって、ジョバンニはたくさん辛いけど頑張れるって書いた。カンパネルラの言葉が応援してくれると思った」
レンらしい言葉だ。彼女も私なんかより本当はずっと強い心を持った子だ。譲れない価値観をちゃんと持っていて、他人に負けない子。疎外されて、いじめられても、屈しなかったことを知っている。
「どうだった?」
ついそんな言葉が出てしまって、「しまった」と思った。言い方が素っ気なくて、冷たく突き放すように聞こえたかもと内心慌ててしまう。
「その通りだったよ」
表情を固めて、彼女は無理やり笑って見せた。その両目からはまた涙の雫が見えた。
「カレンが応援してくれる。居場所を奪ったのに。それでも私の思い出の彼女は、私に幸せになっていいって言うの」
言い終わると、玉のような涙が零れる。
「恨まれたかった。呪われたかった。嫌われたかった。けどそんなこと絶対に言わない!」
声を震わせて、悲痛な叫びが耳に届く。
彼女は肩を震わせて、下を向いて泣き続ける。彼女も私と一緒だ。
マリアの優しさに救われた者同士。
「何もなければ、いなくなったのは私のほうだったのに」
私は黙って彼女の言葉を待った。
「知ってるよね。私の親だった人たちのこと」
「うん。少しだけ」
レンの家庭は裕福な方だった。ただ彼女の両親の仲は悪かった。母親が無理やり中学からミッション系学園に通わせ始め、父親はずっとそのことに不満を抱いていた。互いに仕事があり、子どもの面倒を押し付けあうような家庭だったと記憶している。
「私がいなくなれば、家族はおしまいなんだ」
苦しいのか。寂しいのか。あるいはそうなってほしいのか。そんな風にとても静かで澄んだ声で、私とマリアに話をしたこともあった。
「帰りたくない。私は卑怯だ。もし、もしもマリアが生きていて、帰ってきても、この場所を渡したくない」
「大丈夫。マリアはそんなこと言わないよ」
「けどルカは、トマスに話すんだよね。私がマリアじゃないこと」
「うん。……そのつもり」
少し迷ったけど、嘘はつかなかった。
「大丈夫だよね」
「大丈夫だよ。今更誰にもどうすることもできないよ」
きっとその通りだ。時間は過ぎてしまった。
「レンはジーザスを一人にしたいの?」
「そんなのいや。私しかいないんだから」
私こそ汚い人間だ。あの時と同じ言葉で、彼女の心を縛っている。ジーザスにはマリアが必要。そんな幻想でレンに彼女の立場を押し付けているのは私の方だ。
彼女の隣に移動して、優しく抱きしめる。
あぁ嫌な気分だ。人を騙して黙っている。
優しいレンに嘘をついて、そして私は心配しているような顔をしている。
全てを明かす時が来るまで、真実を隠し続ける。
「私がユダだから」
その言葉に心が波立つ。
「誰がそんなこと言ったの?シモン?」
「うん。私も知ってるよ。学校で習ったもの。裏切り者の代名詞」
「ふざけないで!」
怒りで声を抑えられなかった。レンは体を震わして、怯えた目が私を見る。はっとして、慌てて彼女の手を握って撫でた。
「ジーザス裏切ってるのは、みんな同じだから。トマスだけが、裏切ってない。だから安心していいんだよ」
私たちは嘘つきの仲間で、トマスは知らないけど仲間。二つの意味を込めて優しく語り掛ける。
「それに、もしもジーザスに知られていても、彼はきっと許してくれる」
口を滑らさないように慎重に言葉を選ぶ。
落ち込んでいた空気が少しずつ遠ざかり、瞳に力が戻っていく。
「そうだよね。ジーザスは許してくれる」
「えぇ。だから大丈夫」
笑顔で答えて、胸がチクリと痛んだ。ジーザスは知っている。幼い彼女の嘘なんて、最初から見抜いている。彼は優しさからその嘘を守るのだ。けどそれを知っていて、話さない私はとんでもなく悪い奴だと思えてしまう。私はまだ都合が悪いから、隠している。
それに私はこの話をトマスにするつもりだ。レンの嘘を、ジーザスは見抜いているのだと。レンを一緒に騙そうと、話しかけるのだ。
私の方がよっぽど裏切り者だ。
あぁ今は笑っていないと。たとえ裏切っていても、私は彼女の味方でいたいから。
昔
ルカ 戸松陽歌
マリア カレン
ジーザス ユーイチ
シモン 門田祐樹
トマス
レン 椎名蓮子
今
ルカ 戸松陽歌
マリア 椎名蓮子
ジーザス ユーイチ
シモン 門田祐樹
トマス




