幽霊屋敷の聖書1-5
あの日の話はそこまでだった。
今日は久しぶりにシモンと会うことになった。二か月ぶりだろうか。その場所はなんと遊園地だ。私らしくない、にぎやかな場所だ。行きかう人達は皆半そでで、表情は服装と同じように開放的だ。実に夏休みという感じだ。
「早く来ちゃったなぁ」
迷っても大丈夫なように来たが、一切迷わなかったので当然到着は早かった。待つのは得意だから気にはしない。最近お気に入りの本を取り出すと、適当なページから読み始めることにした。
「おっさすがルカ」
ゲート前の木陰で読書していると、快活な女性に声をかけられた。最初誰かわからなかったが、どうやらトマスのようだ。いつもの給仕服ではなく、明るく動きやすそうな恰好でわかりづらかったようだ。服装だけでこんなにイメージが変わるとは侮れないものだ。
「やぁ。トマスは来られないんじゃなかったの?」
「うん。送りにきたって感じ」
そういうと彼女の陰から、マリアが姿を現した。こちらも夏らしいワンピースだ。いつもの制服特有の緊張感はなく、涼しく明るい。
「ジーザスが私に頼んだんだけどね」
トマスはあっさり真実を明かした。普段の彼女は違って、動きが軽やかだ。
「トマスはこれからどうするの?」
「仕事してからあとで合流するよ!」
服装に似合わない、頑丈そうな革のカバンを見せる。それに仕事着のようなものがあることはすぐに分かった。
「そっかー」
私は人数が揃わなかったことに少しだけ残念に思えた。
「ジーザスは別の用事があるんだって。何か聞いてる?」
「知らない」
「やっぱり外に愛人がいるのかな?」
「そんな言い方良くない!」
おどけたトマスの言葉に、マリアが怒気をこめて返した。
「多分ジーザスは知ってるから。私のことわかってるから」
「そうだね。今学校に好きな人いるんだもんね」
「わかんないよ。ジーザスのことも大好きだもん」
胸を抑えて答えるマリアは少し苦しそうだった。
「あっ誰かと思ったら、トマスじゃん」
沈黙を割ってシモンが会話に加わった。彼も半そでで夏らしい恰好だった。
どうやらシモンも私と同じように、トマスの印象が違っていたようだ。よく考えればいつもの格好で、遊園地の前は逆に目を引いてしまう。
「なんか空気悪くない?」
「トマスがマリアをからかったの」
「なんだ恋する彼の話か」
「シモン!」
マリアが慌てて声を上げる。耳が赤いのはきっと暑いからではないだろう。どうやらマリアの好きな彼について知らないのは私だけで少し寂しくなる。ただ私に恋愛の助言などできそうにない。相談相手は間違っていない。
「二人ともいるなら、私はもう行くかな。楽しんでね」
「なんだトマス。もう行くのか?」
「お仕事!」
「がんばれ」
シモンの言葉を受け、足取り軽くトマスは人ごみの中に消えていった。私とマリアの言葉も届いただろうか。手を振ってくれていたから、きっと聞こえていた。
「じゃあ俺らも行くか」
「うん」
シモンの声に、マリアが声を弾ませた。この三人で遊びに来ることになるとは思わなかった。
二人が前に並んで歩きだす。遅れないようにその後ろをついていく。遊園地が楽しかった記憶なんてないけど、今日は少しだけわくわくしながらゲートをくぐった。
かれこれ四時間ほどたっただろうか。
まことに申し訳ない感想なのだけど、疲れた。楽しくなかったわけではないが、人ごみ、アトラクション、ツッコミどころのある説明にすっかり疲弊してしまっている。
なるほど。真面目というのは欠点だ。羽目を外すということが、こんなにも困難だとは思わなかった。
遊園地の片隅。川のアトラクションが隣にある噴水広場。そのパラソル付きの席に私は座って、ちょっと割高なジュースを飲んでいた。
ちなみにシモンとマリアは二人で別のアトラクションに向かってしまった。
こういうところで一人は寂しいので、少し元気をもらおうと携帯電話を取り出した。
残念ながら、目的の相手はでてくれない。しかたなくジーザスに連絡をし直した。
「もしもしルカだけど。一緒にいるよね?」
私の言葉にすぐにジーザスは答えて、私の意志をくみ取ってくれた。
「今ね。シモンとマリアと一緒に遊園地にいるの。私はやっぱりこういう場所は苦手みたい」
ホントはそんなこと言わないつもりだったけど、言葉はすぐにでてしまった。
「うん。じゃあまた後でね」
少ししか会話はできなかったけど、元気は十分もらった。
大きく伸びと深呼吸をする。あたりを見渡すと、二人が戻ってきているのが目に見えた。手を振るとマリアが私に向かってかけてきた。
「おっちょっと元気になったか」
「まぁね。ありがとうシモン。マリアも次は一緒に行こうね」
「うん」
マリアはひまわりみたいな笑顔で答えた。私とシモンの間にマリアを入れて手を繋いだ。傍からみたらどんなふうに見えるのだろう。
「ねぇルカ」
「なに?」
「本当に全部話すの?」
「恐い?」
彼女は小さく頷いた。彼女にとって足元が崩れるようで不安なんだろうな。
「大丈夫だよ。シモンも知ってるから」
「でも」
私はつないだ手を強く握りしめた。
「大丈夫。きっと何も変わらない」
迷いなく答えて、彼女の不安をできるだけ取り除こうとする。
「心配するな。怒られるなら俺だろうからな」
マリアに向き直って飄々とした態度で、シモンも答えた。
「それより今日は遊ぼうぜ」
マリアの頭を優しく撫でて、彼は一番大きな建物を指さした。
それは大きな城のような建物だ。来た時から視界に写っていてなんの建物かと思っていたが、あれも何かのアトラクションだったようだ。
「マリアは笑ってるのがよく似合うんだからよ」
彼女と視線を合わせて、シモンは優しく声をかける。
「うん」
不安を振り払うようにマリアも返事を返して、また私たちの手を握った。
「私ってお邪魔」
「なんでだよ?」
「一緒に居てくれないの?」
あまりに良い雰囲気で尋ねたが、二人からツッコミをもらってしまった。嬉しい半分、なんかもう半分は複雑な気持ちだ。
「どうしたもう疲れたか?」
「まさか」
さすがにそれは体力が衰えているとは違うとも思った。
「それにしても懐かしいね。こういう風に遊ぶの」
「昔は金なんか使わなかったけどな」
冗談交じりにシモンが言うが、言われてみればその通りだ。遊ぶのも、過ごすのもいつもあの屋敷だった。
「そういえばみんなで昔肝試ししたよね。屋敷の電気全部消して」
「やったなぁ。俺はお前が一番怖かった」
隠れる側と探す側に別れて、何日かに分けてやっていた。あの時、私たちの中でそれは一つの流行りだったのかもしれない。
「私はジーザスが一番怖かったかな」
「あれは別格だから」
当時のジーザスは医学生で、その時はたまたま屋敷にいた。肝試しで彼が見せたのは暗闇で白衣とメスのおもちゃをもった姿だ。ただ真剣な目に狂気を感じて、心底怯えたことを覚えている。目が合った瞬間、ジーザスが笑いだすのだ。しばらく暗い部屋でジーザスとは会いたくない気持ちになっていた。
「みんなで集まりたいね」
私の何気ない言葉に、
「そうだな」
シモンは同調して、
「うん」
マリアは少しだけ寂しそうに頷いた。
やっぱり私たちが揃っていると思い出してしまうようだ。昔の話をするたびに、昔いた子のことを思い出してしまう。
「笑ってればいいよ。彼女はそれを望んでるよ」
「ルカが、いうならそうする」
彼女は答えると、口角を上げて目を細めて子どもみたいな笑顔を浮かべてみせる。
「そうそう」
私の心はチクリと何かが刺す。それを無視して私は優しく彼女の頭を撫でてあげた。
城に近づくと行きかう人も増えていく。紹介の看板が目に入ると、マリアはたまらず駆け出した。
「だんまり女」
マリアから距離を置いたタイミングでシモンが私にそう言った。
「そうよ」
私はそう答えた。そんなこと自分が一番よくわかってる。
「話さないのか」
「まだ時期じゃない」
彼の問いに誤魔化すようにそう答えた。
「全部トマスに話すんじゃないのか」
「レンのことは全部話すよ。順番にね。だから余計なこと言わないで」
もう話すことは決めてある。あとは順番に上手に話すだけだ。
「女って怖いなぁ」
「それ誰のこと言ってるの?」
「お前らだよ」
シモンの言葉に曖昧な笑みで答えた。心当たりも特にないのだ。私にできるのは胸に秘めた言葉を、切り崩すように話すこと。それぐらいなんだから。
「そろそろ行こう。マリアがこっち見てるよ」
「そうだな」
シモンの追及を逃げるように私は歩き始めた。
シモンは勘違いをしている。私は怖い奴じゃない。昔と変わらない、臆病でずるいだけの生き物だ。
ルカ 戸松陽歌
マリア
ジーザス ユーイチ
シモン 門田祐樹
トマス
レン
椎名蓮子




