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幽霊屋敷の聖書1-2


 数日後、シモンが私に久しぶりに連絡をしてきた。トマスの言ったように、シモンは相変わらずあの屋敷に住んでいるようだ。私とトマスが話をしたことを知っていた。

 ただ考えてみれば当然か。彼は私よりも昔からあの家に入り浸っていた。二階の部屋の一カ所は、私がマリアと出会う前から彼の部屋として使われていた。

 家の持ち主であるジーザスが許しているのだ、私が文句をつけることでもない。私も図書室をほとんど自室のように扱っていた。

 今日はいつも大学に向かう方向とは逆の電車に乗る。私の大学は、市街地から離れた山の手前みたいな場所にある。山肌に沿うように階段状のキャンパスが建てられている。きっと今日も登校する学生を苦しめていることだろう。

 特急に乗っても、三つも先の駅だ。カバンの中には先日洋館で借りた本が入っている。一冊を手に取ると、本の内容もだが懐かしい思い出もゆっくり思い出す。



 マリアと友達になってから、私は何度も彼女の家を訪れた。ただマリアに家の人のことを聞いても、お手伝いの人と、お兄さんのことしか言わなかった。トマスの前任者とジーザスのことだ。

 私はぼんやり彼女には両親がいないのだと、誰に聞いたわけでもないのにそう考えるようになっていた。

 その日私が図書室で本を読んでいると、玄関から若い男性の声が聞こえた。その声は、「マリア」と誰かの名前を呼んでいた。その時の私は、少女の愛称がそれなのだと気づいていなかった。

 本を読む私の隣で、猫のように丸まっていた彼女は立ち上がると、私の腕を優しく叩く。

「行こ」

 短い誘いを断らずに、本に栞を挟んで彼女に連れられて玄関までやってきた。

 玄関には見慣れた黒の学生服の人物が立っていた。私の高校の制服と同じものだ。

「マリア。そいつ誰だ?」

よくよく見れば、そいつの顔を私は見たことがあった気がした。あるいはその声を知っている気がした。

「友達」

 すっきりとした短髪に、整った顔つきをしていてさぞかしモテることだろう。ただし彼が彼女の言うお兄さんとは思えなかった。聞いていた話とかけ離れていたからだ。話に聞くその人物はもっと年齢が上のはずだ。

「戸松陽歌か?」

 ただ驚いたことに彼は私の名前を言い当てた。私はそれまでどうしてか、隣の少女に名前を伝えていなかった。多分必要がなかったからだ。私も友達になった彼女の名前を知らなかったから。

「なんで私の名前を」

「いや見たことあるし。同じ学校だろ。二年四組。進学クラスの」

 彼はスラスラと私について話すが、私のほうはあまりにもピンとこない。ただなぜかその声だけはやけに聞きなれていて、

「生徒会長?」

 と可能性の一つを口にする。名前は確か、

「そう。門田祐樹。ああけどここじゃシモンって呼んでくれ」

 口にしようとして先手を打たれた。

「あなたがこの子のお兄さん?」

「違うよ」

「違うな」

 二人からダメ出しをもらった。

「ジーザスとは会ってないのか?」

「最近忙しいみたい」

 私の代わりに、少女が答えた。

「あれマリア、最近ずっと一人だったのか?」

「一人じゃない」

 といって彼女は私の腕をつかんだ。ぎゅっと服を引っ張られ、少しだけ嬉しくなる。

「それは良かったな」

 門田祐樹改めてシモンは優しい口調でこちらに歩み寄る。

 そしておもむろに私の顔をじっと見つめた。

「何?」

「名前考えてんの?」

「はぁ?」

 私の疑問には彼は答えずに、小さく何かを呟いていた。

「じゃあお前、ここではルカな」

「はぁ?」

 いきなり訳の分からないことを言われて、今度は少し憤りながら口にした。

「いいじゃんか。ジーザス、マリア、シモン、ルカ。それっぽくなってきただろ」

 彼は得意げにそういうが、いまいちピンときていない私は、彼の意味不明な言動に腹を立てるが、

「よろしくルカ」

 とマリアに上目遣いで言われて、何も言い返せなくなった。それどころかこういうのも悪くないかと、名前を呼ばれたことが心地よかった。私のもともとの名前は陽歌。一文字違いの愛称だ。

「じゃあマリア。俺また部屋にいるから、暇になったら呼んでくれ」

「えっ部屋があるの?」

「シモンはずっと前からここにいるんだよ」

 マリアが付け足すように説明をした。

「欲しい?」

 と続けられるが、

「いいよ。図書室にいるから」

 と私は返した。古い本が多い図書室だが、別にそれに不満はなかった。それよりもきちんと本が揃っていることに感動した。あとやけに医学書や、医療に関する本が多くあり、持ち主はそっち系なのだと勝手に思っていた。

「わかった。ジーザスに伝えとく」

「ちょっと待ってこの子のお兄さんってどんな人?」

 話を切り上げ、歩き始めようとしたシモンに尋ねた。

「医学生で、マリアの許婚でこの家の持ち主」

「はぁ?」

 短い言葉に情報が詰まりすぎていて可笑しな声がでてしまった。そんなのありか。

「私のお父さんとお母さん死んじゃって、みんなが私の家の財産とりあったから、ジーザスが私のことお嫁さんにするって約束して守ってくれたんだ!」

 中学生の少女は、声を弾ませて嬉しそうに話す。私はまた別の衝撃を受けるが、マリアの無邪気な微笑みが眩しくて、それ以上踏み込みはしなかった。

「ねぇルカ。ジーザスの話、してもいい」

「良かったな。ルカ。マリアがジーザスの話をするのは、機嫌が良い時だけだぞ」

 二人から「ルカ」と呼ばれる。ここでの私の名前を、自然と受け入れていった。それは私のまま、別人になれたみたいで奇妙な安息を感じていた。



 車内アナウンスに顔を上げて、本を閉じる。小説を読んでいたのに、頭の中は昔のことばかりだった。本をカバンにしまい思考を切り替える。出入りの多い駅だ。吐き出される人波に溺れないように、私もそのあとに続く。改札にカードをかざして抜け、待ち合わせの場所に向かう。

 今更ながら別に一人で来なくてもよかったと思ったが、考えてみれば学校のある時間帯だ。平日の日中に歩き回れるというのは大学生の特権だろう。

 改札を抜け、駅から外に出ると人は散っていく。

 それに紛れるように私も目的地を目指す。この付近にあるライブハウスだ。日中ということもあり、仲間内でのイベントということだ。

 もっともシモンが楽器を扱うなどという話は聞いたことがない。彼のことだ。どうせライブハウスのほうか、バンドから頼まれたのだろう。大学でも高校のころとやっていることが、あまり変わらない気がする。人と人の間を取り持つのはもはや彼の癖みたいだと思ってしまう。才能があるのだろう。

「よう。ルカ。暇人そうで何より」

 久しぶりにあったシモンは髪を明るい茶髪に染めていた。服装もカジュアルで実によく似合っている。遊び慣れてそうだが、それでも意外と真面目な印象を受けて少し不思議だ。相変わらず人の注目と期待を集めそうだと思った。

「わざわざ来てあげたのにそれ」

「なんだ。うやうやしく行ってほしかったのか? 一人か?」

「普通は今学校」

「それもそうか。学生だもんな」

 少し昔を思い出すように遠い目をする。私は久しぶりにあの洋館を訪れたことと、トマスに例の話をするつもりだと伝えた。

「まぁ俺が話すよりも適任だろう。俺が言うと嘘くさくなっちまう」

「自覚あったんだ」

「俺シリアスな話とか無理。なんかふざけないと真面目に話せないんだよ」

 矛盾しているようなことだが、意味はなんとなく掴めた。それは人気者としての彼の気質か、あるいは暗い雰囲気が苦手な性格のせいだろうか。

「憧れとか尊敬もあったけど素直に認めるのが恥ずかしくて、あの人のことジーザスなんて呼び出したんだしな」

「すごい敬称だよね。それ」

「いや冗談はなかったんだよ。彼は人を救う人だって迷いなく思ったんだぜ。だからジーザス最初にはうちすごい嫌がれた。小言ばかりだったけど、マリアに意味教えたらすごく喜んだの、覚えてる」

 それでみんなに愛称をつけだしたようだ。話す彼は少年のように照れ臭そうだった。

「門田―そろそろ始めるぞー」

「オーケー」

 控室の扉が開き、スタッフティーシャツの男性が声をかける。シモンはそれに片手を上げて答えた。

「今日は暇なんだろ?」

「まぁね。六時には大学にいかないとだけど」

「じゃあ暇だな。まだまだ未熟な奴らだけど、見ていってやってくれよ。客がいるだけであいつらのやる気に繋がるからな」

 嬉しそうに人懐っこい笑顔で答えた。

 席を立ち、フロアに向かおうとする彼に質問を投げかけた。

「洋館のことどこまで話したらいいのかな」

「お前が話せるところまでだろ。だいたいお前も迂闊なんだよ。話隠れて聞かれてたんだろ?」

「うっ」

 言われて少し押し黙る。いきなり核心と事実だけ話していたら、一波乱あったことだろう。

「俺もジーザスも何も言わないから、ルカが言えるとこまででいいんだよ。それで十分だ。言いふらす話でもない」

 まったくその通りだ。

「トマスは今も昔も、ジーザスにおかしな期待をするからな。納得できるとこまで、ちゃんと話したほうがいいぞ」

 やはり私が話すべきことのようだ。うまく伝えることができるだろうか。やりにくい話でもある。

「あと誰がユダなのかはちゃんと言っとけよ」

「酷いこと言うのね」

 私が一番思い悩んでいることを指摘された。そもそもその呼び方はシモンが勝手に言いだしたことだ。私は嫌いだ。絶対使わない。

「俺から言わしたら、お前が一番酷い奴だけどな」

 口角を上げておかしそうに笑われた。少しだけバツが悪くなる。

「じゃあ頼んだぞ」

 言い返す前に、彼に話を切り上げられてしまった。彼に連れられて、フロアに降りる。嵐の前のザワザワと嵐のような静けさを感じて、鳥肌が立った。

 シモンは私と違って、グングン前に歩いてやがてステージに到達するとマイクを受け取った。

 冗談混じりの謝辞を述べて、バンドのリーダーにうまくバトンタッチをしていた。



登場人物

ルカ 戸松陽歌

マリア

ジーザス

シモン 門田祐樹

トマス

レン


椎名蓮子


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