エピローグ
その後は昔のように和気藹々と話をした。話題は主にみんなの近況と、真理愛のこれまでのことだった。
夜更けまで飲んだり話したりをして、みんなもう立派に大人なのだとしみじみと感じた。
終電を逃すと帰れないといって私は一人帰路についた。トマスが送ろうかと提案してくれたけど、私は夜風に当たりたいと言って断った。
「そうこれで良かったのだ」
薄暗い林道を歩いていると、不意にそれを仰いだ。夏の星座の姿が目に入った。けど涙は内側から溢れてくるようで、自然と流れてしまった。
レンはもう大丈夫だ。トマスもいるし、特にシモンが彼女のことを真剣に大切に思ってくれている。私と違ってずっと一緒にいたんだ。こんなに心強いことはない。トマスも大丈夫といよりも、私が彼女を心配するのは可笑しな話だ。きっとあの屋敷の中で一番大丈夫なのは彼女だ。
あぁもう、持て余しそうな感情が自分の中にたまっていく。私は嫌な人間だ。
真理愛はもうすぐジーザスと暮らし始める。結婚を祝福されて、レンとも再会できた。これまで一緒に住んでいた私にとっても感慨深いものだ。
嫉妬なんてしない。私は真理愛に救われたから。他の人に嫉妬するのも滑稽な話だ。無意味に自分を貶めるだけだ。
だから私が抱える思いの名前は、「寂しい」だけなのだ。誰かに打ち明けてもしかたないし、一番愛する真理愛には言えない悩みだ。いや誰にも話してもしかたないことで、こうなることは予想していた。
覚悟はしていたけど持て余してしまう。これからの人生がすべて消化試合のようにも感じてしまう喪失だ。
夜道の後ろから車がゆっくり近づいてくる。道路わきによって道を譲るがすぐに抜けていかない。
少しの不安を抱くが、それさえもどこかどうでもよく思えてしまう。
車は私の隣に来ると窓が開いた。
「よう」
信じられないことに運転手は初さんだった。
「何でここにいるんですか?あっ飲み会ならまだやってると思いますよ」
うんざりしながら興味なさげに早口で答えた。実に会いたくない人物にあってしまった気分だ。
屋敷の外の友人なら、彼氏と別れたとでも言って誤魔化せたのに。嘘が通じない一番厄介な相手だ。
自然と歩幅を速めるがもちろん車から逃げられない。
「お前に会いに来たって言ったら信じるか?」
「えっ?」
「乗れよ。送ってやるよ」
不気味なほど優しい言葉で思わず従ってしまった。
「先越されちゃいましたね」
「あぁ何が?」
「ジーザスが先に結婚しましたよ」
「弱ってるくせに生意気な奴だな」
「弱ってないです」
「嘘つけ」
ついいつもの調子で言い返そうとするが、うまく言い返せない。それだけ真理愛が私の中で大きかったということだ。しかたないことだ。
「お前あいつに弱味でも握られてたのか?」
「降ります」
走行中の車のドアを開けて、本当に降りようとすると慌てて初さんが車の速度を落とした。
「悪かった。落ち着け」
しぶしぶ思いとどまることにした。こんなことでみんなに心配をさせたくもない。お酒が入っているから感情の制御が上手くいかないのだと一人納得する。
「何かあったのか?」
「救われたんです。高二のころに。」
何も知らない自分のことを心の底から心配される喜びを知ってしまったし、そんな彼女の力になりたかった。ううん。そんな彼女の傍にずっといたかった。もう叶わない願いだ。
真理愛にはジーザスが私よりも、前にいたから。真理愛の隣は最初から彼のものだ。
「だから香恋を傷つけたのか?」
「同意の上です。私が彼女優しさを利用しましたけど、多分彼女も気づいていたと思います」
結局私は嘘つきなのだ。
「それは話さなかったのはどうしてだ?」
「聞いてたみたいに話しますね。簡単ですよ。話したくなかったんです。これは私のエゴです。自分をマリアの隠れ蓑にして十年近く一緒に過ごしたんですから。そんなこと誰にも知られたくなかった。みんな不幸になったはずなのに。私だけが得しているみたいじゃないですか」
そう真理愛に怪我をつけたのは私だ。あの屋敷にはそれぐらいの道具はたくさんあったし、私と彼女はいつも一緒にいたからタイミングはいくらでもあった。巨大な氷柱の前で私が彼女を傷つけたのは本当だ。非現実な場所は、非現実な行為を誘発する魔力があるのかもしれない。
真理愛がレンを助けたいことは知っていたし、ジーザスに負い目を感じていたことも分かっていた。そんな彼女に言ったのだ。吉祥香恋をやめてみないって。
ただ私に傷つけられたのは、真理愛にとっての罪滅ぼしだったのかな、なんて今では思えてしまう。あの子は人のことを想いすぎてしまうから。
人を救うなんてことはこんなにも難しく、うまくいかないものだ。
「それにしてもよく気づきましたね。私が傷つけたって」
「香恋の怪我は妙に綺麗すぎたし、転んだにしては他の外傷が少なかった。あとはお前の声だよ。冷静すぎなんだよ、陽歌は。そこはお前と話すようになってから気づいたことだけどな。今回だってそんな鉛みたいな理性で蓋をしておくつもりだったんだろう」
「全部嘘ではないです」
「陽歌は黙っているだけだからな。ただ話さないのは騙しているのと同じだぞ」
その行為は詐欺みたいなもんだと続けられる。
やっぱりこの人は苦手だ。だけど今は言い返すような力は出ない。私の力の源は屋敷から離れていく間に、スーと体から抜けていってしまった。
「辛くなかったのか?」
「いいえ。私は真理愛のことが本当に大切だった。これは嘘じゃないです」
「祐一のことが憎いと思ったことはないのか?」
「それは分かんないです。ただ私はあの二人が好きなんです。あの二人だけじゃない、みんなみんな好き。それは本当です。ただほんの少し真理愛が特別で抑えきれなかっただけです」
話していると雫が頬を伝うのが分かった。強がる必要はないんだ。だけど涙はそれ以上流れなかった。
「なぁ陽歌、昔話俺にもしてくれよ」
「えっ?」
驚いてそちら見ると、初さんは笑っていた。それはよく知るジーザスの優しい微笑みによく似ていて、傷ついた私に向けるのは卑怯だと思った。
だから、
「長い話になりますよ。それに嘘つきますよ」
なんて少し声を弾ませて答えてしまった。冷たかった胸の内が少し温かくなる。それが嬉しかった。あの日々は私にとって宝物なのだ。
「陽歌、俺を騙せると思うか?」
今度は肉食獣みたいに口角を上げたいつもの笑みを浮かべた。この人は騙せないかもと考えるが、そんな必要はもうないのだ。
「やってみます」
ただそこは売り言葉に買い言葉だ。ついついそんな風に答えてしまった。
初さんはその返事に満足したのか、少し声のトーンを変えて別の質問を始めた。
「そういえばお前、祐樹と蓮子が付き合ってるのにずっと気づいてなかっただろ?」
「別にずっと前から気づいてましたよ」
「嘘つけ」
「なんでそんなすぐに否定できるんですか」
「陽歌が恋愛感情に敏感なら苦労する人間は減ってるって話だよ」
飄々と意味ありげに答える彼に、馬鹿にされたようでやっぱり私は初さんが苦手だと思った。
まるで私の気持ちを私よりも知ってるみたいだったから。
後日あとがきを投稿します。ここまで読んでくださりありがとうございました。




