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BlackSheep8

 それから初さんに呼び出しが、妙に増えた。彼は医局の偉い人だと思っていたが、どうやら複合企業の社長のような立場のようだ。最も私はそんなことに興味はない。ただ彼の連れていく場所には貴重な書物があり、私はその資料を纏める日々が続いた。自分で手に取って記録することは貴重な体験であり、次第に余計な知識も身に着ける羽目になったが悪い気はしない。この頼みが初さんからという一点を除いては。

 まるで屋敷に向かう時間をそのまま初さんに奪われてしまっているようだ。ただ充実しているから、困ったものだ。初さんは少ないというが、バイトにしてはかなりの額を頂いている。それも断り切れない理由の一つだ。

 そんな大学と初さんの呼び出しの隙間に、シモンと会うことになった。彼と会うのも随分久しぶりだ。

 待ち合わせの場所には珍しくジーザスがいた。

「久しぶり」

「そうだね。ルカも大変そうだね。兄さんが喜んでいたよ」

「あははは」

 乾いた笑いが口から洩れる。しばらく私たちはお互いの近況を話した。ジーザスは相変わらず忙しくあちこち飛び回っているようだ。専門的なことには踏み込まず、漠然と捉える。

 談笑していると、シモンが後から姿を現した。

「二人とも連れてこなかったんだな」

「呼ばなかったのはシモンだろ?」

 おそらくマリアのことを言っているのだろう。私たち三人は、マリアが生きていることを知っている。私たちはいくつも嘘を重ねている。

 一つ目はマリアとレンが入れ替わっていること。世間ではレンがいなくなったことになっている。

 二つ目はジーザスがレンの入れ替わりを知っていること。これは私たちがレンだけを騙している。そうしないと彼女は、今の自分の立場に負い目を感じてしまう。マリアの代わり、その役割を与えてあの屋敷にレンを置くことが、マリアの願いだ。

 三つめはマリアが生きていること。私とジーザス、シモン、初さん、お婆様、あの事件に関わりのあるごく一部がそのことを知っている。これを明かさない理由の一つはやはりレンのためだ。生きていると分かれば、レンは今の場所を奪って手に入れたときっと考える。あの子も優しく繊細な子だ。そして、もう一つはマリアとジーザスのためだ。

 幼いころに婚約して人生を縛ったと互いが思ったから、彼らは別の道を歩くと決めた。それにこれは初さんの願いも含まれている。

 複雑なたくさんの人の願いが、この虚構を作り上げることに至った。

 だからこそ脆く、その時が来るまで私はこの嘘を守らなければいけない。

「全部話したんだろう」

 シモンに問われて、私は少し迷ってから頷く。

「一部は隠してる」

 話はしたが、すべてじゃない。そんな微妙な返事をしてしまう。

「なぁルカ」

「何?」

「お前、俺にも隠してることあるだろ?」

 シモンの問いに私は即答できなかった。

「どうしてそう思ったの?」

「事件の状況。お前しか知らないんだよ。時々考えるんだ。マリアは自分で怪我をしたんじゃないかって。そういう危うさがあいつにはあったし、ルカは絶対にマリアの味方をする。あいつもそう思っていたはずだ。これだけ嘘ばかりだと、疑いたくもなる」

 シモンからそんなことを尋ねられたのは初めてだ。予想していないことに、どう答えたらいいか分からなくなる。

「シモン。立ち話ですることじゃないよ。移動しよう」

 私たちの間に、ジーザスが割って入る。おかげで私は答えずに済んだ。三人そろって、ジーザスの車に乗り込む。私が乗った後部座席にはファイルと、トランクが置いてあり、少し狭い。

 私たちを乗せた車が駅から離れていく。平日の昼間。

「ルカが嘘をつく必要があるなら、それはマリアのためだよ。シモン」

 運転しながらジーザスは隣のシモンに話しかける。

「兄さんが言っていたけど、ルカは敬虔なる信徒だ」

「そうかよ。やっぱりルカは恐い奴だ。何がどうしてそんな考えができるのか、俺には一切理解できない」

 シモンの突き放すような言葉に、少しだけ心が痛い。

「シモン。君はレンのことが大切なんだね」

 私の代わりにジーザスがシモンに話しかける。私はそれを後ろから黙って聞いていた。

「俺とあいつは屋敷で一番長くいるんだ。情ぐらい移る」

「君はそれでいいんだ」

 ジーザスの優しい言葉を最後に、車内に沈黙が広がる。

「ルカはマリアのことを。シモンはレンのことを本当によく思ってくれてる。だから僕は今日まで幸福な日々を送ってこられた」

 春風のようなジーザスの言葉が耳に届く。

「これでよかったの。ジーザス」

 私はなんとなく彼に尋ねた。

「あぁこれでよかった。いつかマリアが好きだった物語のような結末を迎えられたいいね」

「そうね」

 私は小さくジーザスに答える。

 少し高めのレストランに三人で入店する。

 昔話は車の中で打ち切り。私たちの話題は近況のこと、そしてこれからのことに移っていった。私たちの思い出の屋敷の権利みたいなのは、一応シモンということになるらしい。

 彼らの間でどんな話があったのかは分からない。ただ私の知らない誰かのじゃないならいいかと、安心して聞き流していた。

 ジーザスはこれから数年海外が中心に活動して、それから日本に戻ってくるらしい。その時にはどこかに自分の診療所を構えてゆっくりしたいと笑っていた。

 シモンはあまり話たがらなかった。どうにも今が迷いの時期らしい。それとなく、話題に出すが具体的な目標はまだ話すつもりはないようだ。

 私は正直に最近、初さんの手伝いでいろんな古書を見ていることを話した。もともとは大学病院の倉庫に眠っていた学術書や、絶版本を探していただけ。だけどもしかすればより本格的に手伝うかもしれないとそれとなく話した。

 ただ私自身は、初さんが苦手なので誘いは受けたがはっきりと返事をしていなかった。

「ルカらしいね。君はいつも本とマリアと一緒にいるからね」

 ジーザスにそう言われて、

「そうね。本当にそう思う」

 少し胸の内が温かくなる。

「結婚いつするの?」

 一通り食べ終わった後、私はジーザスに尋ねた。シモンが一瞬こちらを見てから、ジーザスに自然を移した。

「戻ってきてからだよ。だからそれまで二人には迷惑はかけるね」

 少し申し訳なさそうに彼はこぼした。

「ジーザス。そろそろあんたもワガママになっていいと思うぞ」

 シモンがはっきりとそう言い放って少し虚を突かれた。ジーザスも同じように少し驚いていてるようだ。

「僕はワガママだよ。シモンも辛いなら、あの屋敷から離れてもいいんだよ」

「できることを言ってくれ」

「ありがとう」

 男たちは相変わらずな会話を交わす。

 少ししてから私たちは店を出た。ジーザスの車に乗り、屋敷のほうへ進み始める。すっかり暗くなった空。屋敷に向かう道中は、少しずつ光が少なくなっていく。

「顔ぐらい見ていったらどうだ?」

「もう眠ってるだろ?大丈夫。明日来るよ」

 屋敷の前で会話を交わして、シモンと別れた。明かりの見えない屋敷は本当に幽霊屋敷のようだった。車は多くの光がある方向に向かって進んでいく。

「これでよかったのかな」

「どうしたんだいルカ」

「トマスに話をしたこと。嘘ついたんだ」

「マリアのためだろ」

「そうだけど」

「君は真面目だね。ルカは自分が誰の味方なのか考えたことがある?」

「なかったけど、誰の味方かは決めてる」

「それが答えだよ」

「そっか」

 簡単なことだ。私はマリアの味方だ。私が頑なにマリアの味方をすることは、他人から見たら奇妙なことなのかもしれない。

 信仰。

 確かに私のこの態度は初さんが言った言葉はぴったりだ。

 思考にふけっていると、家の前についた。

「会っていかないの?」

「今日は兄さんに呼ばれているんだ。また会いに来るよ」

 ジーザスはそう答えると、車を発進させる。車は角を曲がり、その姿はすぐに見えなくなった。

 マンションのオートロックを解除して、エレベーターに乗り込む。枯葉が少しだけ通路に落ちていて、秋がやってきていることを少し感じた。時間は緩やかだけど確実に過ぎていく。

 自分の部屋の鍵を開けようとすると、鍵が開いていることに気づいた。そのままに室内に入り、

「ただいまー」

 と声をかける。すると

「おかえり」

 と部屋の奥から可憐で少し弾んだ耳に優しい声が届く。

 パタパタと足音がした後、私が高校で着ていたのと同じ制服の少女が姿を現す。真っすぐ伸びた髪。まつげが長くてはっきりとした目に、吸い込まれそうになる。少女の目は私をとらええて、少し残念そうに瞼が下がる。一緒に瞼の上の傷も動いた。

「今日はジーザスいないよ」

「ちぇ」

 小さな子どものような言葉が可愛らしい。

「マリア」

「あっルカお帰り。ねぇねぇ聞いて欲しい話があるんだ」

 彼女は私の手を取って、部屋に引っ張る。こうして腕を引かれるたびに、すごく心が弾む。

 私もワガママなのだ。だからこうして私は嘘をついている。

 私は消えたマリアとずっと一緒にこの場所に住んでいる。


ルカ 戸松陽歌

マリア 吉祥香恋

ジーザス 新道寺祐一

シモン 門田祐樹

トマス 吉相由紀美

レン 椎名蓮子


ルカ 戸松陽歌

マリア 椎名蓮子

ジーザス 新道寺祐一

シモン 門田祐樹

トマス 吉祥由紀美


椎名蓮子→吉祥香恋

新道寺初




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