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BlackSheep5

 私もシモンも志望校に合格した、二月頃の話。二月といえば寒く、そのころ私は図書室から客室で過ごすことが多かった。

 図書室にエアコンなんてものはなく、小さなストーブが置いてあるぐらいだ。結局空調の効いた部屋に逃げ込んでいた。私が客室にいるから、マリアとレンはよくこの部屋にいた。トマスとジーザスは大学のほうが忙しく、顔を見せることは少なくなっていた。

 屋敷の人間が三人同じ場所にいることが多く、結局は最後の一人であるシモンも客室で過ごすことが多くなっていた。

 ただみんな同じことをやっているということは少なかった。シモンはパソコンを操作していたし、私は本ばかり読んでいた。マリアとレンはいろいろしていた。シモンが持ち込んだ雑誌を読んだり、テレビを見たりしていた。

「あっ」

 マリアの声に私は本から視線を上げる。マリアは窓の外を見ている。マリアは黒いシックな長袖のワンピースを着ていた。ゴシック系の白い襟元がお洒落だ。彼女の視線の先、窓の外を見ると雪が舞っているのが写った。

「寒いわけだ」

 同じようにそちらを見ていたシモンがぼやく。彼は無地のカッターシャツという日曜のお父さんみたいな若者らしくない恰好していた。そんなこと言ったら彼の小言が聞こえそうなので黙っている。

「結構強いね」

 レンが窓に近づいてこぼした。レンは白いシャツの上にワンポイントのついたカーディガンを着ていた。そんなレンに近づき、私は窓から外を見る。

「そうだね」

 雪は風に吹かれて、降っているというより舞っているようだ。窓から見える空も白く重い。空を見上げているはずなのに白すぎて、距離感がおかしくなりそうだ。そんな不安を抱きながら、元いた席に戻った。

「まったくもう少しなのに、何度も降りやがって」

 シモンが忌々し気に呟く。彼は今年の例年よりも多い積雪に苛立っているようだ。どうやら雪が強いと、ネットが繋がりが悪くなり、屋敷での作業が多くなるようで、それが不満という話だ。

「もう少しってなにが?」

 マリアはそんな少しイラついているシモンに声をかけた。一つ大きく息を吐いてから、シモンは答えた。

「大学に出す宿題みたいなものだよ」

「宿題なのにパソコンでするの?」

「パソコンでする宿題なんだよ」

「ふーん」

 マリアはシモンの答えに満足したのかまた窓の外に視線を戻した。

「ルカはしないの宿題?」

 今度は私に質問が飛んできた。

「私とシモンは行く大学が違うから、そんな宿題はないよ」

「離れ離れなの?」

 マリアは一瞬すごく驚いた表情を見せる。

「別の学校に行くからね。大丈夫。みんなには会いに来るよ」

 言い終わると、ガシャーンとグラスが割れる音が室内に響いた。私とシモンとマリアは一斉にレンの方を向く。

「動くな。危ないぞ」

 シモンが最初にそう言って、私も落ち着いて周りを見た。どうやらレンが持っていたグラスが床に落ちてしまったようだ。

「レン。大丈夫か?」

「うん。ごめんなさい」

「いいよ。ただちょっと動くなよ」

 シモンが優しく指示を出す。部屋を出て、新聞紙と箒とちりとりを取りに行く。私も彼の手伝いをして、レンとマリアには部屋の隅で座ってもらっていた。

 幸いけが人もなく、ガラス片はすぐ片づけることができた。ただ、マリアの隣にいたレンの顔色はずっと悪くて気になった。

「淹れ直してこようか?」

 シモンがしゃがんでレンと視線を合わせる。

「その前に聞いて欲しいことがあるの」

 レンは顔色が悪いまま話を切りだそうとする。けど、何度か口を開こうとするが言葉は続かない。

 私は黙って彼女の言葉を待っていた。レンと何度も視線が合う。そのたびに彼女は両手を握り締めて、何かを言おうとする。けど続かない。

「辛いなら言わなくてもいいんだぞ」

 シモンの言葉にレンは首を横に振る。少しの沈黙のあと、少し大きなレンの声が室内に響く。

「私もう会えないかもしれない」

 言い切ると、彼女はその場にしゃがみ込み静かに泣き出した。マリアがレンに寄り添う。彼女も辛そうな顔をしていた。

「レンの親が離婚するんだって。それでレンはどちらかについていくことになるの」

 マリアはそう話を切り出す。

 レンの両親がもうすぐ離婚すること。多分四月が来ると学校を転校することになること。どちらの親についていくことになっても、この町を離れることになる。レンには何も選べないこと。

 私たちにはどうしようもないことばかりだ。

「嫌だよ」

 レンの弱々しい声もきっと彼女の両親には届いていないのだろう。

「酷い話」

 私は率直にそう言い切った。けど自分のことも嫌になる。他人を罵倒するぐらいしかできないから。

「ううん。いいの」

 レンは涙を拭って答えるが、部屋の誰もそれに納得していないと思った。マリアはレンに寄り添って、手を握り締めている。シモンは彼女の飲み物を淹れ直すようだ。

 私はレンに歩み寄る。

「思い出を作ろう。絶対に寂しくさせないから」

 レンに向き直って真っすぐに声をかける。

「うん。そうしよう」

 マリアが声を弾ませる。レンの手を握ったまま立ち上がる。その手に導かれるようにレンも立ち上がる。

「ユーイチもトマスも呼んで。みんなで思い出を作ろうよ」

 マリアの声が屋敷に響く。泣き止んでいたレンがまた目元を抑える。存外悪い提案じゃなかったみたい。


 話を一端そこで区切った。

「どうしたの?」

「ちょっと考え中」

 ここからのことをどう話すべきなのか悩んでいた。いや何回も頭の中では考えてきた。それこそ学校の授業の発表よりは綿密に備えていた。

 けどやっぱり言い淀んでしまう。

 やっぱり最初にはっきりさせた方が話を安いのかもしれない。

 はー。ふー。深呼吸。

「トマス。大事なことがあるのそのマリアのこと」

「いきなりどうしたの?」

「本当はもっと早くに言うべきだった。だけどこれから先のことは上手く話せそうにないから、先に伝えておきたいの」

 今。屋敷にいるマリアは、マリアじゃない。

 それから今の屋敷の歪な関係のことを続けた。

「マリアは本当はレンなの。新聞に載っていたレンは、今のマリアなの。このことはシモンもジーザスも知ってる。今の吉祥香恋は、椎名蓮子。あの日の私たちに関わった人はみんな知ってて黙ってるの」

「……嘘」

 さすがの彼女も驚いているようだ。頭を押さえて、何かを言おうと口を開くが何も言わない。彼女の中でも混乱があり、今それを必死に整理しているのかもしれない。

 一方で私は話し終わると落ち着いていた。目を閉じて、昔の情景を思い出せる。

「けどね。レンだけは勘違いしてる。レンは自分がマリアと入れ替わっていることにジーザスが気づいてないと思ってる。私とシモンとジーザスはレンを騙している」

 酷い話だ。もともとの彼女に蓋をして、無理やり屋敷で暮らせるように嘘をつくように仕向けている。

「だからトマスも、手伝って」

 そして私は最低なお願いを口にするのだ。一緒にレンを騙そうと、話しかけるのだ。

「ちょっと、ちょっと待って。えっどうしてそんなことになってるの?それに本物のマリアはどこにいったの?」

 その疑問は至極当然だ。いなくなったと思っていたレンがいて、いると思っていたマリアが本当はいない。それこそ私が話すべきことだ。

「わかった。じゃあ続けるね」

 私は一瞬目を閉じ、思い出す。寒い日が続いた冬の日々。突然の別れ。嘘をつき続けると決めた日のことを。

 運が悪かった。これはそういう類の話だ。


ルカ 戸松陽歌

マリア 吉祥香恋

ジーザス 新道寺祐一

シモン 門田祐樹

トマス 吉相由紀美

レン 椎名蓮子


ルカ 戸松陽歌

マリア 椎名蓮子

ジーザス 新道寺祐一

シモン 門田祐樹

トマス 吉祥由紀美


椎名蓮子→吉祥香恋


新道寺初




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