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BlackSheep2

 私は今日も屋敷に行かないでいた。今日はジーザスと待ち合わせだ。というよりも、私が彼の待ち合わせの時間つぶしの相手という珍しい日だ。もしかしたらこれから会う人物が私にも用時があるのかもしれない。

「君はまだ屋敷に行ってないんだね」

 規則正しく並んだ空港のベンチ。空港の建物は妙に天上が高くて、なんだか苦手だ。時刻は昼過ぎ。今は二人そろって待ちぼうけ。飛行機が遅れているのか、それとも人のトラブルなのかそこまでは分からない。

「はい」

「どうして?」

 正面から聞かれてしまった。少し悩んでから正直に答えた。

「私は思い出を話したい。けどシモンとレンは私が早く何があったのか話してほしいみたいなの」

 私は私にとっての過去をなぞる続きをしたい。最初はすぐ話すつもりだったけど、あの屋敷に居て過去と今を考えていると、思い出したいのだ。私の二年間の青春の日々を。

「それは困ったね。二人とも罪を感じているのかもしれない」

「罪ですか?」

「そう。あの二人は真面目でよく似ている。もちろんルカも真面目だけど、あの二人は恐怖からくる真面目なんだよ」

「恐怖からくる真面目?」

 思わず彼の言葉を復唱する。

「例えば、勉強しないと進学できないかもしれない。夢がないと、なんのために生きているのかわからない。あの二人の思考にはいつも恐怖があるんだよ。今回なら、ルカが何か不都合な話をするかもしれないだね。これは信頼とは別の、もしもの恐怖。ルカは信じられている。だけど恐怖の原因は彼らの性格だから、許してほしい」

 どうしてジーザスが許してなどと言うのだ。それこそあなたが言うことではない。

「シモンはそんな風には思ってない気がします」

「彼はそれをスリルと捉えて楽しんでいるからね。失敗するかもしれないという綱渡りをずっとやっているんだ。たくましいよ」

 生徒会や大学の活動もその同じ綱渡りなのかもしれない。恐怖心と戦うというのはよくわからないが、納得できる話でもある。

 アナウンスが飛行機の到着を告げる。

「はぁ」

 思わずため息が零れる。約束していたといえ、憂鬱だ。

「ほら明るくしていないと怪しまれるよ」

「ジーザス。やっぱり私には無理」

「大丈夫。ルカは隣にいてくれるだけでいいよ」

 それが嫌なんだとは言えなかった。それが嫌で断れるぐらいなら、ここには来ていない。ただこの役にはトマスにもレンにもできないものだ。しかたない。

 今さっき到着した飛行機の乗客が流れ込んでくる。それはゲートを潜るといろんな方向に散っていく。

 一人の背の高い男性が一直線に歩いてくる。ジーザスに似た端麗で細い目。ただジーザスよりも攻撃的な目つきと、ワックスで固めた髪が威圧的で苦手だ。首元で金のペンダントが揺れている。

 新道寺初。新道寺祐一。つまりジーザスのお兄さんである。屋敷で見たことは過去に二回だけ。それ以外では二回ほどあったが、どれもいい思い出ではない。

 ただ彼が長男だったから、次男のジーザスがマリアを救えたという事実もある。ただそれは神様の巡り合わせという奴で、私が彼に感謝する通りはない。

「お久しぶりです。兄さん」

「祐一。お前ちゃんと食べてるか?また細くなってないか?」

「大丈夫。昔からこんなだよ」

 似ている顔なのに、受け取るイメージは全然違う。初さんは圧力のある大きな声で体によく響く。一方ジーザスは優しく、耳によく届くといった感じだ。

「と珍しいのがもう一人いるな」

「兄さんはあったことありますよね。戸松陽歌。僕の恋人です」

 といってジーザスが私を紹介する。少し緊張して、私も前に出る。

「お久しぶりです。初さん。覚えてますか?」

「覚えてるよ。あの屋敷に入り浸ってたガキの一人だろ。いい女になったなぁ」

 セクハラでぶん殴りたくなったが、彼がさして私に興味なく言ったことは目を見ればわかった。

 医局というシステムに私は明るくはないが、彼が巨大な組織の後継人あるいは事実上のトップであることはおぼろげながら知っている。

「兄さんそれぐらいにしてください。彼女怒ると怖いんですよ」

 失敬な。私がジーザスに怒ったことなんてあんまりないはず。

「俺はあの屋敷からお前が出て行ってくれただけで満足だ。あの屋敷はもう一人のガキに渡すつもりだろ?あれもなかなか使えるから話したいんだけどな」

 初さんが言っているのは、おそらくシモンのことだろう。

「彼はもう少し自由が好きですよ」

「関係ねぇよ。俺ならどこにでも口きいてやれる。頭の悪いガキじゃないんだろ」

 なんというかやはりこの人は苦手だ。力のある大人だけど、相手の力量を少し見ただけで判断している。見透かされているといよりは、値踏みされているという感じ。

「でお前が俺に話って、婚約の破棄だろ。いいぜ。勝手にやって」

「いえいえ、もともとは僕のワガママから始まったことです。一番偉い兄さんに話しぐらいしておこうかなってことです」

「嘘つけ」

 初さんは今日一番楽しそうな肉食獣みたいな笑顔を浮かべた。

「ホントですよ」

 対照的にジーザスは柔和な笑みで答える。兄弟だというのにその笑顔は似ても似つかない。

 彼は煙草を取り出して吸おうとしたが、ジーザスがその手を抑える。そのまま高い位置の看板を指さす。

「禁煙ですよ」

「かー。そういえばそんな国だったな」

 舌打ちをしながらそれをしまう。代わりに別のものをポケットから取り出す。包みを破いて棒付きの飴を咥えた。

「わざわざ買ったの。忘れてた」

「体に悪いのにまだやめてないんですね」

「ちげーよ。吸わないとやっていけないんだよ」

 初さんから荷物を預けられ、私がそれを受け取る。ジーザスと初さんは並んで歩き始め、私を二人のあとをついて歩いた。

「お前まで、家に縛られなくてよかったんだぞ」

「またその話ですか」

 ジーザスが少し呆れたように答える。

 聞けばジーザスは別に医学の道を親に強く勧められていたわけではないらしい。というよりも、親の方は彼が婚約という選択をした時点で彼の自由を尊重するつもりだったようだ。

 会話は次第に昔話になっていく。

「古い考えの人たちだからな。婚約させたうえで、人生まで奪いたくなかったんだろう」

「まったく僕から頼んだことだったのに」

「吉祥の家の二人があんなに早く死ぬなんて誰も思わなかったんだろう。あの時でも一番力があったのは俺たちの家だ。だからこそ吉祥家の財産と人脈をうちが取り込むことを誰も強くは勧めなかった。大きくなりすぎると思ったんだろうな」

 マリアの家の話。彼女の親が急死し、ジーザスが彼女の助けた話の裏側。マリアが何もないという理由だ。

 初さんは話を続ける。

「親父もそこは気を使っていたところで、お前の申し出だ。子どもも吉祥家の問題も俺たちの家なら容易く解決できたからな」

「当時の僕はそんなこと知りませんでしたよ。ただ香恋が可哀そうで、僕は彼女を守りたかった」

「お前がそういう奴だから、誰も止めなかったんだろうな。親父が何も言わなかったのは、都合が良かったからだろうけど。吉祥グループはそのまま俺たちの下部組織になり、新道寺の影響力は更に強まった。めでたし、めでたし」

 随分昔にも聞いた話だが、やはり遠い場所のことのように思えてしまう。

「知ってたか?」

 突然初さんがこちらに振り返った。

「何回か聞いたことがあります」

 それはあの屋敷のトマスの前任者の方や、マリアが私に話してくれた。

「なーんだ」

 つまらなさそうに初さんはこぼす。

「彼女は香恋の親友だよ」

「マジか。あいつ俺のずっと警戒しているのに。時間泥棒だーとか言ってたな」

 私は思わずクスリと笑ってしまった。

「どうしたんだいルカ?」

「いえ少し昔のことを思い出したの」

 ジーザスの問いに私は昔彼女に『モモ』という話を勧めたことを話した。その物語には煙草を咥えて、人々から時間を奪う存在がでてくるのだ。

「つまり俺は悪役か」

「そういうことになりますね」

 私ははっきりと初さんに告げた。

「お前も気を使わないんだな」

「あっすいません」

「いいよ。面白いから」

 そういって初さんは凶悪な笑みを浮かべる。何か企んでいるみたいで少し苦手だ。

 話題は次第に二人の近況に変わっていき、私はすっかり蚊帳の外だ。空港内をしばらく歩いてから、駐車場に移動する。

 ジーザスの車に乗り込む。二人が前、私が後部座席だった。

「お前らさぁ。もっとちゃんとした嘘つけよ」

 車内に入ってから、低い声で初さんは静かに口にした。私は思わず背筋を伸ばしてしまった。

「そういうことにして置いてください。しばらくは」

 ジーザスは静かに空調を調整しながら返した。動揺などは見られない。

「わかったよ。まったく今度は何を隠しているんだが」

「言いませんよ。まだ」

 念押しするようにジーザスは付け加える。

「わかった。わかった。聞かないからさっさと行ってくれ」

 初さんは会話を切り上げて、ジーザスにそう急かした。

 私も喋らない奴だけど、ジーザスも同じくらい話していないのかもしれない。そんなことを思ったのは、自分と同じと思いたかったからだろうか。



ルカ 戸松陽歌

マリア 吉祥香恋

ジーザス 新道寺祐一

シモン 門田祐樹

トマス

レン 椎名蓮子


ルカ 戸松陽歌

マリア 椎名蓮子

ジーザス 新道寺祐一

シモン 門田祐樹

トマス


新道寺初


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