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なんでこういうことになったのかって話し

 

 町角ミナトは生徒会長、野球部のエースという学校の有名人であった。

 成績も優秀で常に学年でトップを争い、整った容姿でスポーツ万能で教員たちからの評判も高かった。


 もちろん、彼女だっていた。

 学年でもかわいいと評判のバスケ部のマネージャーだ。

 彼女と2人で歩いているとほとんどの奴らが振り返る。羨望の眼差しを受け、それに浸るのがたまらなく気持ちのいいことだった。


 野球部としての成績も県でベスト4に入る強豪校のエースとして活躍した。

 特にその中でも主力として活躍していたと自負している。

 同じ地区のみならず、県内の強豪校はみんな俺の名前を知っていた。


 たしか最後の夏はぶっちーのエラーで負けたっけな……

 ぶっちーとは1つ下の後輩で打撃も守備も上手い、年下だが尊敬できるやつだった。

 しかし、プレッシャーのかかった9回裏満塁のピンチでサードを守るぶっちーのところへ速いゴロが。

 まあ、いわゆるトンネルってやつだ。

 あの瞬間、俺の頭の中は真っ白になったが、それ以上にパニックになったのはぶっちーだろう。

 あいつが普段から練習も真面目だし、気配りもできるいい後輩だったから誰もぶっちーを責めなかった。

 泣きじゃくるぶっちーに

「あとは任せたぞ、新キャプテン」

 最高にクールにキメた一言を残してグランドを去った。

 そうして、俺の夏は終わったーー



 高校を卒業して、地元の大型スーパーに就職した。

 教員からは大学に行けと散々言われたが、卒業したら就職すると決めていた。

 生徒会長がまさかの高卒で就職とは……と校長も思ったのであろう。

 何度も実家まで来て俺を説得してきたが、気持ちは変わらなかった。


 なぜならおれは高校を卒業して、就職してやりたいことがあったからだ。

 就職すれば仕事をしなければならない。

 正直、仕事なんてしたくない。

 なるべくなら楽に生きたいってのはみんな思っているだろ?

 おれはただお金を稼ぐ、その一心で就職を選んだのだ。

 それなら大学に進学してから働いてもいいんじゃないの?と思うだろう。

 それに大卒と高卒の生涯通して稼ぐ金額は大きく差があるしな。

 しかし、それは特に問題ではない。

 どちらかというとすぐに稼ぎたかったのだ。

 すぐにお金が欲しかった。

 お金でやりたいことがあったのだ。



 時は過ぎて、町角ミナト20歳は時計を見ていた。

 ここは職場の休憩室。パイプ椅子に腰掛け、腕を組み、クセの貧乏ゆすりをしながらただ壁に掛けられた時計をじっくりと見ていた。


(あと1分……あと1分……)


 そうして、時計が午後5時になると


「定時でーす!!みなさんおつかれーしたっ!!」


 そう言って着ていたスーパー仕様のエプロンを脱ぎ、ロッカーに放り込み、黒いメッセンジャーバッグを取って休憩室を出た。

 周りのひそひそ声なんぞ耳に入るものか。

 本来なら有休を取ってでも行きたかったのに……


 社員専用の駐車場から勢いよく自転車で俺は飛び出した。

 スーパーから登り坂を500メートルほど登ればそこにある。

 18歳以上の我々大人の楽園に……




 町角ミナトは20歳にして重度のパチンコ依存症であった。


 休日には朝一から並び、常連客と攻略トークに花を咲かせながら開くのを待つ。給料日には普段は打たないマックス機と呼ばれる大当たり確率が低いかわりに、多くの出玉獲得が狙えるハイリスクハイリターンの台に座る。


 この生活に親も特に何も言わない。

 なぜならこのパチンコ生活は両親の影響によるものが大きいからだ。


 父親はパチンコライターの仕事をしており、母親はパチプロだ。パチンコで生計を立てている町角家にとって、俺がパチンコをするのは至極自然なことであるのだ。



 さてさて、それにしても今日は何を打とうか。

 昨日勝った『山物語in南アルプス』か荒い台だが『羅王の拳』にするか迷っている。


 よし!、 ここは安定の『山アル』でいこう!

 店内でも島1つを占領している人気機種の『山物語in南アルプス』の台に座った。

 すると隣にはアイツがいた。


「あれれ??ミナト先輩!チャース!」


 この軽い挨拶はぶっちーだ。

 軽い身なりで軽い挨拶をかましてきやがったなこのやろっ。


 ぶっちーは高校を卒業したあとに俺についてくるようにスーパーに就職した。

 始めは先輩らしく社会人としての礼儀やら作法やら色々教えていたが、パチンコまで教えてしまった。

 その結果がこれだ。

 スーパーを数ヶ月で辞め、髪は金髪で耳には大きなピアス、剃り過ぎて原形を留めてない眉毛のチンピラのような容姿になってしまった。


 こいつをここまで狂わせたのは、間違いなくパチンコだ。

 始めてパチンコに連れて行った時にぶっちーはいきなり10万円勝った。

 ビギナーズラックってやつだが、そこからぶっちーは変わった。

 あらゆるパチンコ情報雑誌を読み、仕事帰りには閉店までパチンコを打つ。

 そして軍資金が底をつき、消費者金融にまで手を出してしまったクズなのである。



「そういやミナトさん聞きました?トイレの話し」

「トイレの話し?何の話しだ?」

「やだな〜知らないんすか?この店のトイレの話しっすよ」


 ぶっちーはパチンコ打ちながら器用に逆の手でスマホをいじり、見せてきた。


「この店のトイレなんすけど、なんと神隠しがあるっぽいんすよ!」


 そう言って見せてきたのはネットの掲示板だった。

 掲示板によると、個室トイレの中に財布やスマホだけ置いて行方不明になった人がいる、と書いてある。


「あ〜そういや、この間なんか警察が来てたよな。それ関係あるのかな?」

「でしょ!気になるっしょ!おれ今日負けたら神隠ししてもらおっかな〜」


 何言ってんだこいつは。

 消費者金融からそうやって逃げようってしてるのか。


「なんか掲示板によるとその日大負けした人が神隠しにあってるらしいんすよ!それだと無理だな〜俺負けないっすもん!」

「それなら俺も無理だな。だってほら」


 早速リーチに入った。演出も十分。山にいるヒグマの大群演出だ。これは当たったな。

 また今日も勝つのか。

 参ったな〜俺も母ちゃんみたいにパチンコで生活していくかな〜。






「ぶふぉ!先輩激アツリーチ外してるじゃないすか!ぶふぉ!」


 ……これはマジか?

 かなりアツイリーチを外してしまった。

 すでに帰りにぶっちー連れて焼肉でも行こうと考えてたのに。

 完全に当たったと思ってたのにいいいいい!!!



 〜3時間後〜



「うっひょ〜!!!10連チャン!投資抜いても8万勝ち!今日はついてるぜ!」


 隣で浮かれてるぶっちーを横目で睨む。

 少し申し訳なさそうにするかと思いきや、満面の笑みでこっちを見ている。

 5万持ってかれた……

 昨日の勝ち分を差し引いてもこの負けは痛い。

 思わず右手に付けている金運超上昇ブレスレット『昇り竜』を強く握りしめた。

 まだまだこれからだ。

 閉店までまだ2時間ある。

 俺ならここから巻き返せる。

 パチンコ一家の長男坊、町角ミナト様だぞ?

 焦るな。

 冷静に釘を読んで慎重に打つんだ。

 焦るなよ焦るなよ〜



 〜2時間後〜




 やってしまった……

 追加で3万投資したが当たることもなく、大してアツイ演出を見ることもなく終わった。

 店内には閉店15分前の少し寂しげなBGMが流れている。

 ぶっちーは先に換金して帰った。

 帰り際にコーヒーを奢ってくれたが、敗者にとっては屈辱のコーヒーだ。

 悔しいが今日はもう閉店だ。帰るとしよう。


 これはパチンコあるあるなのだが、どうもトイレが近くなる。

 足を組んだり、組み直したりすることから膀胱が圧迫されるのでは?と俺は考えている。

『山アル』の島からトイレは近い。サクッと用を済ませて帰ろう。


 トイレには何人か客がいた。

 きっとこの時間までいたということは、連チャンしすぎて帰れなかった勝者か、そうなることを夢見てつぎ込んだ敗者か……

 つまりは大金をつかんだ者、大金をを手放した者のみがこの場に存在するのだ。

 ……まるで社会の縮図だな、このトイレは。


 個室トイレに入り、便器に座りながら今日の敗因を考えた。

 最初のあのリーチを外したのが痛いよな……

 負けたことをいつまでも考えてたらいけないのだが、あまりの悔しさに何度も脳内でリプレイ検証した。


 ああ、負けた。負けた負けた負けた。


 水を流し、トイレから出ようとしたその時だった。


 頭が割れるように痛む。

 ぐわんぐわんと脳みそが回っている感覚がした。

 な、なんだこれは?

 立ちくらみ?いや、そんなの比じゃないぞこれは。

 思わずトイレ内にある手すりを掴んだ。

 すると、その手すりがぐにゃりと曲がった。


 は!?一体何が起こっているんだ!?

 するといきなり視界が黒く渦巻くなにかでいっぱいになった。

 次第に黒と赤と白の不思議な渦巻きに。

 痛い。頭がひどく痛い。

 そして何か聞こえる。

 日本語?だとは思うが音声案内のような機械的な声が脳内に直接話しかけているような、いないような……



 黒と赤と白の渦巻きの動きがゆっくりになり、視界が徐々に安定してきた。

 手すりも曲がっていない。が、強く頭を打ったような感じがする。


 一体なんなんだよこれは……


 怖くなってトイレから飛び出した。


 するとそこは……


 そこはゲームでしか見たことのない景色だった。




 

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