【自己紹介】新人U-Tuberのアスノソラです!
『BoBoBoooooommm! Hey-yo U-Tube!』
『はいどーも、こんにちはー! U-Tuberのユメノスミカでーす!』
『よぉおめぇらァ! 今宵もチキチキチャンネルの時間がやってきたぜェ!』
『せーの、こんばんはー! 今日からデビューすることになりましたU-Tuberグループ、OverDoozでーす!』
午後七時。かつてはゴールデンタイムと呼ばれていたこの時間帯はテレビ業界の衰退と共にオープンタイムと呼ばれるようになっていた。
インターネット上に突如として出現した謎のバーチャル空間“U-niverse”。
その扉が世界中で一斉に開かれる時刻。
故に、オープンタイム。
世界一の多国籍テクノロジー企業“Uoogle社”が他の企業に先立って“バーチャルロイド”を介した“U-niverse”へのアクセス技術を確立し、異世界動画配信サービス“U-Tube”のサービスが開始されたのが七年前。
以来『誰でも理想の自分になれる』という魅力的なキャッチコピー、そしてバーチャル空間にて未開の地を開拓するマンガや映画のような体験を求めて日々新たな開拓者“U-Tuber”が誕生していた。
現在、その数は日本国内のみで三万人。
今や殆どの子供が将来なりたい職業として“U-Tuber”を挙げる。
僕、始間蒼志もその一人。
一年前にU-Tuberに出会い、以来すっかり虜になってしまった。
将来の夢や希望。そういったものを明確に持っていない僕にとって、『何にでもなれる』というのはあまりにも魅力的な言葉だったのだ。
だがしかし、U-Tuberというのはそう易々となれるものではない。
電脳空間、“U-niverse”へのアクセスを可能とする脳波感応式アバター“バーチャルロイド”は発注するだけでも十数万円。プロのデザイナーに製作を依頼するともなれば必要となる金額は数十万円という単位になってくる。
貧乏学生の僕には手の届かない世界だった。
だがそれでもかまわない。
たとえU-Tuberになれずとも、僕は推しの配信を見ているだけで充分に幸せなのだから。
現在午前七時。
オープンタイムまではまだ十二時間もある。
さて、今日は誰の配信を見ようか、などと考えつつ、部屋を出てリビングにいるであろう父さんのもとへと向かう。
「おぅ、起きてきたか蒼志。朝飯食うか?」
スーツ姿の父さんが自分の食器を片付けながら訊く。
「あれ、仕事? 今日日曜日だよ?」
「急に会社に呼ばれちまってよぉ。ちょいと行ってくる」
「オッケー、朝ご飯は適当に食べとくから準備急ぎなよ」
「そうか、サンキューな」
父さんはばたばたと玄関に向かう。
僕と父さんは現在二人暮らし。
仕事の関係上母さんは海外に住んでおり、年に数回しか帰ってこられないのだ。
よって家事は父さんと二人で分担しなくてはならない。
もっとも父さんも仕事があるため、家事の大半は僕の役目であるのだが。
しかしまぁ日曜日にまで出勤とは、現代のサラリーマンというのは余程大変なものらしい。
父さんも大変だろうが、家で一人で放置される僕も退屈というものだ。
今が午後七時ならば話は別だが。
こういう時僕が暇潰しにする事といえば、U-Tuber御用達のSNSアプリケーション“U-itter”かパソコンでゲームをするかのどちらかだ。
スマートフォンでU-itterを起動する。
タイムライン上で友達として登録しているU-Tuberの投稿をチェックしていると、此方もU-Tuberであるかのような気分に浸れるのだ。
U-Tuberの良さはその身近さにある。
彼ら、彼女らは基本的には二次元存在だが、ゲームやマンガのキャラクターとは違ってファンとの交流などを「本人が」行うことができる。
二次元のキャラクターが自分の友達になる、なんて夢のような話じゃないだろうか。
タイムライン上を見て回っていると、ある一つの投稿が目に留まった。
推しのU-Tuberの一人、ユメノスミカちゃんだ。
『今日の放送はコラボ企画! ナンバーワンU-TuberのHi-Kakinさんとエルダーバハムートを討伐したいと思いまーす! オープンタイムに全員集合っ!』
……豪華!
U-Tuberトップアイドルのユメノスミカちゃんと日本最大の登録者数を誇るナンバーワンU-TuberのHi-Kakinさんのコラボ!?
これは永久保存版だぞ!
自室へと駆け上がり、パソコンを起動してUSBメモリを差し込む。
容量の残りは僅か……全て録画出来るか……?
不安だ。
「父さん!」
階段を駆け下りながら、玄関に居るであろう父さんに声を掛ける。
「どうしたー?」
「容量空いてるUSB持ってない? 録画したいものがあるんだけど」
「録画? ユメノスミカちゃんのか?」
「そう! 今日Hi-Kakinさんとコラボするんだよ!」
「うーん、じゃあニ番のUSBメモリもってけ。俺のデスクの上にあると思うから」
「ありがと!」
玄関で靴と奮闘する父さんの背中を見送り、階段を上がる。
「あ、蒼志」
「……何?」
「四番のメモリは触っちゃだめだぞ。絶対に」
…………ほほう。
「……わかった」
「よし、じゃあ行ってくる!」
父さんは駆け出すように家から出ていった。
立つ鳥跡を濁さず。鍵くらい閉めて行ってくれないものだろうか。
父さんの尻拭いをし、再び階段を上る。
さて、確か四番のメモリだったな。
父さんの部屋に入り、デスクの上を探す。
左右を本棚に囲まれた狭い部屋はお世話にも綺麗とは言えず、場所を聞いていなければ探し物一つするにも骨が折れただろう。
デスクの上には父さんのパソコンとディスプレイ。配線の絡まったキーボードとマウスの横に半透明のプラスチック・ケースが置かれており、中に色分けされた八本のUSBメモリが見えた。
四番。赤色のUSBメモリ。
あの釘の刺しよう……見られたらマズいものが入っているに違いない。
仕事用のUSBなら職場に持って行くだろうし、機密書類なんてこともないだろう。
エロゲーだったリするのかも……なんて好奇心に駆られ、僕は4番のメモリを部屋から持ち出した。
「ちょっと見るぐらいだったら……バレないでしょ」
パソコンの電源を入れ、デスクトップが表示されると同時に赤のUSBを差し込む。
ほんの好奇心。退屈な午前の暇潰しになればいい。本当にそんな思いだけだった。
パソコンがUSBを認識し、読み込み始める。
やけに長かった。
待ち時間に動画でも見ようとスマートフォンでU-Tubeを開く。
ここで、僕の最推しの話をしよう。
アスノソラちゃん。
元祖トップアイドルU-Tuber。
現在は活動を休止しているが、数年前まではU-Tuberといえば彼女のことだった。
そして、僕がU-Tuberを好きになったきっかけでもある。
一年前、高校受験真っ只中だった時に出会い、ノイローゼ気味だった僕を癒し、救ってくれたのだ。
僕が今第一志望の進学校に通えているのも彼女のお陰と言っても過言ではない。
勝手な話だが、彼女は僕を導いてくれた恩人なのだ。
僕が出会った時には既に活動休止になったあとだったのでリアルタイムで彼女の配信を見られたことは無いが、彼女の動画には全て目を通しているしなんなら今でも一日一回は見ている。
復活を世界で一番待ち望んでいる、なんて言うと狂信者みたいだが、心待ちにしているのは本心だ。
そうこうしている間にUSBメモリの読み込みが終わったようだ。
直後、見たこともないアプリケーションが勝手に立ち上がった。
「ん?……」
表示されたウィンドウには“U-create”の文字。
聞いたことがある。
確かUoogle社が提供するバーチャルロイド作製ツールの名前だった筈だ。
それがどうして父さんのUSBメモリに入っているのかは謎だが。
「ん……ASU……NOSORA……?」
U-create内に何かのデータが入っているらしかった。
ダブルクリック。
瞬間、僕のパソコンは突如以上な激しさで駆動を始めた。
モーターのような音。パソコンはガタガタと震え、慌てて押さえ込んだ両の手の平に尋常ならざる熱を感じる。
「ヤバいっ……! なんかヤバいってこれ……!」
明らかに異常な挙動。
恐らくは僕のパソコンのスペックの低さが原因だろう。
この、USB、何かとんでもないものが入っている!
数秒後再び静けさが訪れた時、僕の目はとんでもないものを捉えていた。
ディスプレイ。
電子の水槽に浮かぶ一人の少女の姿。
それはあまりに可憐で、而して太陽のように漲るような力強さを感じさせた。
心臓が動いて、呼吸をして、血液が流れる僕よりずっとずっと生き生きとしていて、そこにあるはずのない鼓動が胸の下を打つような気さえしてくる。
それが自分の鼓動であることに気付くのに数分の時を要した。
「こ……これは……!」
それが何かは直ぐにわかった。
バーチャルロイド。
U-niverseにアクセスするために必要な脳波感応式アバターである。
その滑らかすぎる肌はいったい幾つのポリゴンで構成されているのか。
おおよそ個人の技術で生み出せる完成度ではなかった。
「アスノソラ……!? な……なんで父さんがこんなもの持ってるんだよ……?」
僕の父親、始間大悟はごく平凡なサラリーマンだ。
ゲームこそ好きだが、プログラミングや3Dモデリングをしてるなんて聞いたこともないし、親父の部屋から配信の声が聞こえてきたこともただの一度も無い。
ましてやトップアイドルのアスノソラと父さんなんて縁もゆかり無い話であるはずだ!
とすればこれは何だ。
父さんの会社もU-Tuber市場に乗り出すとか?
それがアスノソラ?
企業がプロデュースするU-Tuberなんて今日では珍しくもなんともない。
もっとも、親父の会社のような名も無い企業がプロデュースしている例はあまり聞かないが。
目の前の美少女をもう一度まじまじと見る。
肩の辺りまで伸びる艶やかな黒髪の内側には満点の星空が広がっており、無数の星がチカチカと瞬いていた。頭の上には爽やかな水色のリボンが輝いており、白く透き通る肌はその滑らかさが画面越しでわかるほど美しい。
メタリックな青と黒のパーカーを着ており、その首周りには白と水色のゴツいヘッドホンがかけられていた。
パーカーに短パン。
服装はボーイッシュだが、顔立ちや体つきは可憐で女の子らしく、そのギャップが……いい。すごくいい。
間違いなく、アスノソラだった。
「すごい……! アスノソラのバーチャルロイドが目の前に……!」
思わず机の傍にあったU-Headを取り出し、装着していた。このゴーグル式のデバイスから僕の脳波が送信され、U-niverse内へと転送されたバーチャルロイドと僕の意識を同期させる。こうすることで、操縦者はバーチャルロイドを自分の肉体のように操縦し、バーチャル世界での出来事をリアルに体験する事ができるのである。
少し前に衝動的に購入したものだった。もっとも、今の今まで机の横でオブジェと化していたわけだが。
暗くなった視界に“Uoogle”のロゴが浮かび上がり、やがて周囲の景色が浮かび上がってきた。
天を突く空中摩天楼。無数の電脳掲示板。街の中心部に位置し、街全体を制御する巨大なオベリスク。初心者の為に存在する情報と娯楽の街。
配信で幾度となく見てきたU-Tuberの初期スポーン地点、“U-Gate”の日本支部“TOKYO”である。
「うひゃ……! 遂に来ちゃった……!」
そう呟いた自分の声に心臓が止まりそうになる。
アスノソラだ。
誰が何と言おうと僕は今アスノソラなのだ!
咄嗟にパーカーのフードを深く被って顔を隠す。
休止中とはいえアスノソラは超が付くほどの有名人だ。中身が僕だとバレたらどんな目にあうかわかったもんじゃない。
さて、これからどうしようか……。
憧れのU-niverseに来たのはいいものの、いざ来たとなると何をしたいのかさっぱり思い付かない。
そもそもどうしてこんなことになったんだ?
そう、父さんのUSBメモリ。
絶対に触るなと言われていたUSBメモリを使ったからこうなっている。
本来使うはずだったUSBメモリ。
僕はそれで今夜の配信を録画しようとしていただけのはずだ。
……今夜の配信。
……ここで……やるんだよな。
……見に行ってはダメだろうか。
現トップアイドル、ユメノスミカと日本ナンバーワンのU-Tuber、Hi-Kakinの夢のコラボ。
当然並のU-Tuberでは近付くことさえ困難な場所で撮影を行うのだろう。
僕らはモニター越しにその活躍を眺めるしかない。
……本来ならば。
今の僕はアスノソラ。
元トップアイドルのバーチャルロイドだ。
もしかしたら、二人の姿を間近で見られるかもしれない……!
僕は、街の外へと走り出していた。
U-Tuberになりてぇなぁ……!