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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

鳥の群れ

作者: あいの水海

 その夏。優しかった祖母が息を引き取り、私たちは祖母の生まれ育った村へと向かうことになりました。

 まだ幼かった私が村へ行くのは初めてで、車に乗る前からやたらとはしゃいでいたのを思い出します。

 三人で乗った車は建物もまばらな田舎道をひた走り、森を越え、山の麓までやって来ました。そうしてようやくたどり着いた村は、父母でさえ何年も訪れていなかった疎遠な場所とは思えないほど、私たちを温かく受け入れてくれました。

 村に入ったばかりの場所では、牛の世話をしていたお爺さんお婆さんがぺこりと車の方へお辞儀をしてくれます。更に通り過ぎた家では、お姉さんが手を振ってくれました。

 次に見えてきた古くて大きな家の前で、車は停まります。そこが祖母の生家で、一日お世話になる予定なのです。

 車から降りてバタン、とドアを閉めると、家の前で待っていた喪服で身を包んだ見知らぬおじさんとおばさんが私たちに歩み寄ってきました。

 その中の数人が私を囲んで、「君が××のお孫さんかい」「××××の娘ちゃんかい、もうそんな年かぁ」などと頭を撫でてくれます。時には懐に入ったお菓子を分けてもくれました。母には「後にしようね」と取り上げられてしまいましたが。

 父母が彼らに向けてよく知らない名前を呼びつつ、お久しぶりですと挨拶をした後、私の手を引いてそのまま家の中へと入りました。

 先導してくれるのは、先ほどお菓子をくれたうちの一人の少し太ったおばさんでした。彼女が母とは従姉……つまり、祖母の兄弟の娘であるグレッタおばさんということでした。今この家に住んでいるのは、そのグレッタおばさんと旦那のモーガンおじさんの二人だけのようです。残念ながら子供には恵まれなかったそうで、だからこそ一段と優しく接してくれたのでしょう。


「本当はね、おばさんが運ばれてきて、すぐにでも執り行いたかったんだけど。あなたたちが来るまでどうにか我慢していたのよ」


 グレッタおばさんは、私たちが寝泊まりする部屋を案内しながらそう言います。

 グレッタおばさんの言う「おばさん」とはもちろん祖母のことで、どうやら村の人たちの様子を見る限り慕われているようでした。父と母は当たり前のように、特に気にする風でもなく続けて説明を聞いています。

 だけど私は、まるで知らない故郷での祖母の姿に、何だか一人だけ置いてけぼりにされているような気持ちになりました。

 だから持ってきた本をカバンから取り出して、部屋の隅っこでそっと読み始めます。

 おそらく、部屋やその他についての説明と葬儀については二人が聞いているでしょうから。


「鳥葬は夜の7時から始まるから」


 それだけは辛うじて耳に入ってきました。ちらり、とこちらを見る視線に気付いた所為でもありました。

 小さい子供に葬儀、それも見慣れない葬り方を見せることが気がかりだったのでしょう。

 そう思って、幼心に大人の心配を申し訳なくなったのを覚えています。

 一通りグレッタおばさんが説明を終えて、扉が閉まったのを確認してから、私は母の傍へと寄りました。


「お母さん。7時からって、お祖母ちゃんのお葬式の話?」

「え? ええ、そうね」

「ちょうそうってなに?」

「……お祖母ちゃんを天国に運んでもらうのよ。鳥さんにね。そういうお葬式のやり方なの。この村は」


 たくさんの鳥さんが嘴で祖母の体を引っ張って飛んでいくのでしょうか。幼く、まだよく空想をしていた私はそんなふんわりとした絵を頭に浮かべます。


「……変わってるね」

「そうね」


 母は複雑な顔をしてそう言いました。父は後ろを向いていたので、大きな背中しか見えませんでした。


「×××」

「なぁに?」

「まだ時間はあるから、ここで好きにしていなさい」

「……うん」


 父は煙草を持って、母は私の頭を撫でて、その部屋を出ていきました。

 私は静かに二人を見送りました。




 夜になり食事の時間になると、流石に部屋から引っ張り出され、グレッタおばさんとモーガンおじさん、それから遠い親戚と親しかった村人らしい何人もの大人と食卓を囲みました。

 私はまた優しく構って貰いましたが、そんな大人たちの顔よりも、食卓に並ぶ村で採れた野菜と野兎の肉を使った料理の味の方が記憶に残っています。

 大人たちが私の知らない昔の思い出を語り合い、懐かしんでは笑い合って、酒とその美味しい料理を摘まみます。

 けれども料理の量は少なくて、あっという間に大半の皿が空になりました。そこでグレッタおばさんが立ち上がり、儀式の音頭を取ります。


「それじゃ、そろそろ始めましょう」


 そこから、食卓を囲んでいた私たちはぞろぞろと外へ出て行きました。

 今までどこに保管していたのか、それとも私たちが来てすぐにそこへと置いたのか、家を出てすぐの場所で、祖母の遺体は大きな黒い台の上に横たわっていました。祖母の顔には黒い布が敷かれ、胸で手を組んでいます。その手も布の隙間から見える顔も、しわしわで、記憶にある祖母の肌より真っ白でした。

 私たちは悼みながらその周りを囲みます。村長さんが皆より前に出て、神父さんの代わりに決まり事を述べていきます。山近くの小さな村なので、村長さんが知識と資格を持っており、神父の役割も行っているのです。

 真っ黒く大きな鳥が一羽やって来て、烏よりも低く嗄れたような声で鳴きました。

 ごくり、と誰かの喉が緊張で鳴った気がしました。

 また一羽、知らない鳥がやって来ました。

 がさり、と誰かが一歩踏み出しました。

 更に鳥が舞い降りました。

 どうやってこの鳥たちが天国へと祖母を運ぶのでしょう。綺麗というよりは怖く、獰猛そうで、それでいて数は想像よりずっと少ないのです。これではまるで、この鳥たちに食い殺されて地獄へ運ばれるのではないかと思いました。その一部の想像は正しいのですが、けれど全てが正しくはありませんでした。

 そのうちに村長さんの閉じていた目が開き、神への祈りが終わります。

 どきどきと心臓が鳴って――ぽん、と肩に手を置かれました。母の手でした。


「お母さん……?」

「もうお祖母ちゃんとのお別れは済んだわね」


 母の手は震えていて、きっと涙を我慢しているのだと思いました。

 母は私を輪の中からすっと引き離し、急に家の中へと押し込めてしまいます。


「え? お、お母さん?」

「いい? 家から出ては駄目よ。絶対に」


 母は慌てたような、それでいて必死な表情で私に言いました。

 それから扉をバタン! と閉めて、私は一人になりました。

 親は子供に美しいものを見せたくて、子供から恐ろしいもの、汚いものを遠ざけたいのでしょう。が、もう少しで見れたものを突然隠されてしまって、私は余計に興味を持ってしまいました。ただでさえ子供は、そういった奇妙で恐ろしいことに興味を持つものなのですから。

 しかし、残念ながら扉は外から何かで押さえつけられているのか、ちょっとやそっと力を入れただけでは開きません。

 窓から覗こうかとも思ったのですが、残念ながらリビングの窓からは位置が悪く見えませんでした。丁度良い窓はグレッタおばさんとモーガンおじさんの部屋だったので、流石に無断で入るわけにはいきません。

 仕方なく私は、せめてもと扉に耳をくっつけて様子を窺いました。

 すると、扉の奥から鳥の声が響いてきて、肉を啄む音が聞こえてきました。私が息を呑み、数秒じっと待つと、今度はバリボリと何かが砕けるような音が聞こえるのです。

 ……鳥は、骨まで食らってしまうのでしょうか?

 先ほどよりもずっと心臓が激しく鳴っていると、やがてその音はなくなり、静かになりました。

 次いで、こちらへ向かってくる足音が聞こえます。私は慌てて扉から離れ、リビングの隅に座り込みました。

 戻ってきた大人たちは、泣きはらしたのか赤い目をしながらも、私を見かけると優しい顔で口々に「もう遅いから寝ようね」「また明日ね」と笑いかけました。そんなモーガンおじさんの懐からは、赤いハンカチがはみ出ているのが見えました。




 あれから時が経ち、大人になってからようやく、私は全てを理解しました。

 鳥は骨など噛み砕いて食べはしません。砕いて他の部位と混ぜてやれば別ですが、そのような機械も器具も誰も持ち合わせてはいませんでしたし、粉末や細かな欠片の残り滓すらなかったのです。

 あるいは、器具なく砕いて鳥に食べさせた方がよっぽど信憑性は高いのですが、結局は後から真実を知ってしまいましたので、ああだこうだと穿つのも無意味でしょう。

 何よりもそれがわかってショックだったのは、母があの鳥葬に交じっていたいたことでした。

 

 鳥は既に、あの輪の中に大勢いたのです。

 何故理解できたのかというと、それは、私もあの村の血を引いているのですから。

 今日は、母の葬儀の日です。

なろうさんの公式企画「夏のホラー2018」に参加するために書いた作品です。

相変わらずあまり怖さのないホラーですが、昨年同様、参加すること自体が楽しいという気持ちで書きました。

読んで下さった方に少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 短く手堅くまとまっている点。 [一言] ダラダラと引き伸ばしせず、サクッと手堅くまとめて合って、大変読みやすかったです。
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