プロローグ
「ーーーーーん。」
朝日の光で目が覚める。
「おはよう、兄さん。」
眠そうにしているであろう俺の顔をみて、服を着替え終わった青年が挨拶をしてきた。
他の人が、自分とこの青年が並んでいるのを見たら間違いなく双子だと思うだろう。実際双子なのだが。
真っ黒な髪に特に特徴があるわけではない顔立ちはそっくりだが、兄の自分とは違い、目を鋭くない。
平凡な村の平凡な一家に住む、双子の兄、アドス・クラスタ、弟、ティミス・クラスタ。双子だけあって、目の鋭さ以外は大きな違いは見られないと兄の自分でも思う。
「ああ、おはよう、ティミス。」
のっそりと起き上がりながら返事をする。
「母さんがごはんってずっと呼んでるよ。急がないと朝ご飯父さんに全部とられちゃうよ。
ーーーーはいこれ。」
「おぉ、ありがと。そりゃ大変だ、急がないとな」
ティミスが投げてきた服を受け取りそそくさと着替え始める。
ーーーーー
「「おはよう。」」
特に意識するわけでもなく、挨拶が同時に響く。いつものことだ。
「おはよう。アドス、ティミス。はやく座りなさい、母さんもうおなかぺこぺこで我慢の限界だわ。」
「お!やっと起きたか!相変わらず息ぴったしだなおい!父さんも、もうおなかぺこぺこだ!」
本当におなかが減って仕方がなさそうな母と、朝から元気で、言葉とは裏腹に朝ご飯の、パンとスープに既に手をつけている父。相変わらずだ。
「待たせてごめんな母さん、しかし、父さんには謝らん!」
「ごふっ!なぜだっ!」
「父さんはもうパン食べてるからじゃないかな。僕もごめんね母さん。兄さんを起こそうと思ったんだけどあまりにも気持ちよさそうに寝てたから、仕方なかったんだ。」
アドスとティミスの息のそろった攻撃により、ぶつくさ言いながらパンとスープを食べることに集中する父。
大柄な体格で顔も迫力があるが、家族のなかでは一番弱い立場だ。
「あら、それじゃ仕方ないわね。」
弟の言い訳にもならないような言い訳に何故かすんなり納得する母。
俺と同じでというか、俺が母に似ている訳だが、少し目つきが鋭い母は、マイペースで天然だが、怒ると恐い・・・。わざと天然を演じていたのではないかと思うほどだ。
「納得してくれたから良いけど、明日からはどんな寝顔でも起こしてくれよティミス。」
「うん、わかったよ兄さん。」
すんなり返事をするが、なぜかいつも起こすのが少し遅い。本当にわかっているのだろうか。
パンとスープをのどに通しながら疑問におもうが、大した問題でもないかと思い気にするのをやめる。
ーーーーー
「アドス、ティミス今日は森に行くの?」
後片付けをしている母が言う森とは、村を囲むようにして全貌がわからないくらい広がっており、そこに、毎日のように、俺とティミスは探検に行っている。
主に地図の作成が目的だ。村の人に聞いても、森の全貌はわからないと言うので好奇心が湧いたのだ。あと、なんかありそうな気がする、多分。
「ああ、もちろんだぜ!今日は南側の森に行こうと思う。今日こそなんか発見してやるぜっ!」
「そう、じゃあ、お弁当つくるからできるまで勉強しなさい。」
「はーーい、じゃあ部屋で勉強してくるから、できたら呼んでくれ。」
勉強は好きではないが、仕方がない。
「兄さん、僕もついてっていい?」
「ん?当たり前だろ、ティミスが一緒じゃなきゃ、道に迷って帰れなくなる!」
「兄さんは道に迷っても大丈夫だと思うけどね。ありがとう、じゃあはやく勉強しよう。」
「おまえの俺に対する謎の信頼はなんなんだ・・・。」
ティミスは弟といっても、双子なわけで、特に兄と弟という意識はないのだが、ティミスのほうは、俺に何故か絶対的信頼を置いているようだ。
「まぁ、悪い気はしないね、うん。」
「弟に慕われてうれしそうだなアドス!おまえも父さんを慕ってくれて良いんだぞ!ていうか慕え!」
「父さんを慕える要素が見つかんねぇよ!勉強するから邪魔するなよ。」
朝ごはんを終えて、日課の木剣の素振りをしている父と軽口を交わして部屋に戻る。
ーーーーー
「それじゃ、行ってきまーす!」
「行ってきまーす。」
「いってらっしゃーい、暗くなる前には森からもどりなさいよー。」
「いってこーい!夕飯までに帰って来んと全部父さんが食べてしまうからな!」
両親に見送られ、ティミスと一緒に家をでて、南の森に向かっていると、
「おお、相変わらず仲が良いのぅ、今日は南の森に行くのかえ?」
村の広場でいつも椅子に腰掛けているじいさんに話しかけられる。
「ああ、北と東の森は入り口付近はあらかた探索し終えたからな、次は南だ。」
「ほぅ、ほぅ、そりゃすごい。あんまり奥まで行くんじゃないぞ。ティミス坊も気をつけてな。」
「・・・う、うん。」
ティミスは小さい声で返事をする。このじいさんが恐い顔をしているわけではない。ティミスは家族以外と、接するのが苦手なのだ。
「わかってるよ。じゃあいってくる。」
「そうかそうか、いってらっしゃいな。」
長話するとティミスがどんどん縮こまってしまいそうなので、早々に話を切り上げて森に向かう。
ーーーーー
「兄さん、ここら辺は地図に記したよ。」
「おお、ありがと。こっちも変なキノコ見つけたぜ。食うか?」
ティミスが地図を作っている間に、森に生えている植物や、虫を探していたらいかにも身体に悪そうなキノコを見つけたので、ティミスに食べさせようとしたが、
「そんないかにもなキノコ食べる勇気ないよ。兄さんが食べてみたら?身体が悪くても兄さんなら大丈夫だよ。」
と、冗談なのか本気なのかよくわからない返しをしてきたのであきらめて腰につけたポーチにキノコをしまう。家に帰ったら父さんに食べさせてやろう。
「さてと、それじゃあもう少し奥に行って・・・」
みようと言おうとしてティミスを見ると、目を見開いて村とは反対側、俺が行こうとしていた森の奥をみていた。
「に、兄さん!あれ見て・・・!」
ティミスがここまで動揺するのは珍しい、一体なにがあるというのか・・・
「な、なんだこれ?」
ティミスがみていた方をみると、自分たちより三歩ほど先に、真っ黒な円状のなにかが浮かんでいた。
特に動く気配がない。
「さっきまでこんなのなかったよな・・・?」
「う、うん。どうする?」
家にもどるか?ということだろう。こんな得体のしれないものを見たら当然の考えだ。しかし、自分は興味が恐怖を上回っている。これは一体なんなのか?どこからあらわれたのか?疑問がいくつも湧いて、家に戻るか、調べるか、数秒考えていると、
「ぐっ!なんだっ!引っ張られるっ!ティミス!大丈夫か!」
突然黒円から凄まじい勢いの引力を感じる。しかし、まわりの木々や草は微動だにしていない。俺とティミスだけが黒円に吸い込まれようとしている。
「兄さんっ!」
「ティミスっ!」
近くに捕まる物がなく、互いに手を取り合うしかない。しかし、徐々に黒の面積が視界を支配していく。
「くっ!ごめんなティミス、すぐに村に戻って入ればっ。」
「兄さんのせいじゃないよっ!それに兄さんと一緒なら吸い込まれてもきっとどうにかなるよ。」
黒円はもう目と鼻の先まできている。
「こんな時でもお前の俺への信頼感はすごいなっ!まぁでもそうだ!俺とお前が一緒にいればなんとかなる!だから死なない事だけを祈ろうぜ!」
「うん、兄さん。必ず生きて戻ってこよう。」
そして、視界は黒で埋め尽くされた。