003 黒き少女 3
遅くなりました…。仕事がストレスしかたまりません…。仕事辞めたい…。ゲームしたい…。あ、つい本音が
壁に刺さっていた二つの刀を勢い任せに抜き、滴っていた血を飛ばしてから鞘に収める。
わたしは辺りを一度見渡し、溜め息をついた。
「最悪ね。本当に…」
いつものことだとわたしは決めつけ。出口に向かい歩を進める。
「なんだぁ?もう終わっちまったのか…。もう少し骨のあるヤツだと思ってたんだけどなぁ」
扉に近づくと男の声が聞こえた。少し嗄れた男性の声。わたしにとっては馴染み深い声だ。
「遅かったわねソーン。戦闘バカの貴方にしては珍しいじゃない」
「しかたねぇだろ。逃げ道を防がれちゃあどうしようもなかったからな」
わたしの言葉に答えたのは魔物…と思われても仕方がない様な男性。簡単に言えば蜥蜴男。正式な種族はリザードマン。緑色の鱗に尻尾。凶悪そうな顋。軽装の皮鎧を身につけ、大きな戦斧を担ぐ。味方だと言われなければ攻撃してしまいそうな人物であった。
「? どういうことよ」
わたしが首を傾げると、彼はほらよっと無造作に持っていた大きめの袋を投げて寄越す。
「…ああ、なるほど。暗殺部隊どもが来ていたのね」
「そういうことだ。偵察だろうがな、潰しておいたぞ」
わたしはその袋の中を見、納得し彼に投げ返す。その中には暗殺部隊が使っていたであろう武器などが入っいたのだ。彼はそれを帰ってから売るつもりなのだろうと思う。
ソーンはよくターゲットの武器や貴重品などを奪っては売っているらしい。普通こういう仕事はスピードが大事だ。一つの間違いが死に直結してしまう。その為、大概が重たい武器などは奪うことはしない筈なのだ。確かにそれを売れば自身の糧にはなるだろうが、死のリスクを犯してまですることではない。
「よく生きてられるわね貴方は」
「は?なにがだよ」
「別に」
わたしは素っ気なく返し、彼は不思議そうに首を傾げるがすぐに興味を失ったように首を振る。
「それにしても盛大にやったもんだな。アイツらもやっちまったのか…」
ソーンはわたしの後方をチラッと盗み見るようにして確認しそう呟く。
「ええ、仕方ないでしょ。一度隷属してしまえば治すことは不可能。殺すのが…一番いいのよ…」
わたしは瞳を閉じ、深呼吸をするように呼吸を整える。
(もう…止まれない。あの時わたしはそう決めたんだから)
「そうかい。お前がそういうなら何も言わねぇよ。オレだってそうするだろうからな」
「そ、ありがと。それじゃさっさと───」
突然な殺気。後方から強大な魔力反応。
「リラ!」
「っ!!」
わたしは咄嗟に身体を駒のように回転させ、振り向き様に腰の刀で抜き打ちを放つ。それは寸分違わず何かを切り裂き、ドチャっと気味の悪い不快な音をたてながら床に落ちる。
それは腕。血にまみれた腕が血を撒き散らしながらのたうち回っていた。
「おいおい。やっちまったんじゃなかったのかよ。なんか浮いてんぞ!あれ!」
ソーンが部屋の中心部を指を差す。
そこには赤い目を限界以上に見開き、こちらを見据えるそれは女王の"首"。固まった血をこびりつかせ長い亜麻色の髪を垂らしながら浮かぶそれは最早ホラーの何物でもない。
『ひひっひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ────』
それはわたしたちを見据えると狂ったように奇声を発する。
「亡霊…か」
わたしは静かにそれの正体を呟く。
亡霊。それはこの魔境世界には馴染みある言葉だ。もともとは亡くなった霊のことを表す言葉であったが、世界が歪んでからそれはもう一つ違う意味のある言葉に変わった。
「ああ…。魔力のある亡骸に霊魂が宿っちまったか…。めんどくせぇな」
「ええ…そこまで考えていなかったわ。悪いわね…。これはわたしの過失よ」
亡霊と呼ばれるそれは。魔力…特に強大な魔力を有する者の亡骸に魔界の霊が宿ることで存在する魔物の様なモノだ。霊と言ってもいろいろあるがこの世界の霊はすべて邪気に当てられ狂ってしまっている。その為、その霊魂が宿ったとしても行動原理はその身体の記憶によるものと言われている。
「で、どうする?やっちまうか?」
「いえ、目的は達成してるわ。これ以上長引かせると危険でしょ。さっさと逃げるわよ」
「だな。女王の亡霊なんてめんどくさいだけだしなぁ…じゃっさっさと逃げちまうか…よっと!」
逃げることに同意した彼は最後の言葉を言い切る前に何かを投擲する。
それは上手く亡霊の顔面にぶち当たり、衝撃でその何かごと吹っ飛んでいった。
「は?貴方何を投げたのよ…」
「は?アイツの腕だけど?」
「貴方のその豪胆なところ本当に尊敬するわ」
「ん?そうか?」
彼は何でもなくそう返答し、それにわたしは一層呆れかえり何も言えなくなる。
「そら!さっさと行くぞ!」
「そうね…」
わたしたちは亡霊が状態を立て直す前に出口に向かって走り出す。
「で?ちゃんと逃走経路は覚えているんでしょうね!?」
「大丈夫だ!問題ない!」
来た道を戻り、逃走経路を探すわたしたち。侵入した経路を使うのかと思っていたのだが、彼は途中で方向を変え館の一番大きな階段へと向かってゆく。
「ちょっと待ちなさい!何でそっちに行くのよ!」
「侵入経路は使えねぇんだよ!暗殺部隊どもがいたからな!巫女さんが言っていた経路を使う!」
「はぁ?!巫女姫様が!?聞いてないわよ!」
「絶対嫌がるだろうからお前には最後まで言うなって言ってたんだよ!」
「何よそれ!?」
そうこうしてる内にわたしたちは階段をほぼ駆け上がり、最上階へと踊り立つ。
「右だ!早く行くぞ!」
「分かってるわよ!」
最小限の掛け合いをしながらわたしたちは廊下を駆ける。ここは女王がいた階とは違い大きな窓が此処彼処にあり、開放感がある階になっていた。
(本当なら綺麗な景色が見えたんでしょうね…)
チラッと窓からの景色を見ながらそんな関係のないことを考えるわたし。
この館は山頂の頂きに建っており、館自体もかなり大きく見渡せば辺りを一望できるほどだ。しかし、この世界にはそもそも綺麗な場所などが存在しない。今見えている景色は赤黒く覆われた空と暗い闇に侵食された大地が見えるだけ。
「……」
「何だどうした?」
「何もないわよ」
突然無言になったわたしを不思議に思ったのかソーンが声をかけてくる。
それに軽く首を振りながら返答し、同時に頭を切り換える。
(今考えても意味がないわね…。今はとにかく脱出しないと)
わたしたちは廊下の角を曲がり、一直線な長い一回り大きな廊下へと躍り出る。
「よし!この先だ!」
「ええ。わか───っ!?」
唐突に巨大な魔力反応が頭を過る。
「ソーン!!来るわ!」
「なに!?」
ソーンの言葉とほぼ同時に轟音が響く。わたしたちの直線上。廊下の壁をぶち壊し、巨大な何が勢い任せに這い出てくる。
「っ!?なんだありゃ!?」
「あれは…」
わたしたちは足を止め、ソーンは驚きわたしは不快な顔をする。
それは大きな大きなゴーレムの様な何か。死体がより集まった死臭の塊。サキュバスの死体で造られたゴーレム。その頭の位置には女王の首が鎮座し、瞳から赤い燐光を撒き散らしている。
「ちっどうする?リラ」
ソーンは心底嫌そうな顔をしながらもわたしに聞く。
「時間がない。このまま駆け抜けるわよ」
「はっ。そんな気はしてたよ!」
わたしは大太刀。ソーンは戦斧。自身の得物を同時に抜き放ち。走り出す。
「わたしは左!貴方は右よ!」
「オーケー!しくじるなよ!」
「そちらこそね!」
わたしたちの掛け合いは最小限だがその意図はしっかりと伝わっている。
こちらが動き出したことで亡霊も動き出す。亡霊はその巨体で二人を踏み潰さんと腕を叩きつけてくる。
普通のゴーレムよりも滑らかな素早い動きだ。しかし、それぐらいわたしたちには想定内だ。
二人は同時にスピードを一気に上げる。それにより亡霊の腕を掻い潜り懐に飛び込む状況を作る。先に敵の攻撃を誘い、それを避けることでこちらの有利な状況を作る。戦いの常套手段だ。
「はぁっっっ!」
「おりゃ!!」
交錯は一瞬。わたしたちは亡霊の足下を抜け、駆け抜け様に両足を切り裂いていた。
『ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっっっ』
異様な奇声を上げながらバランスを崩し、倒れる亡霊。
「よし!上手くいったな!」
「っ!まだ来るわよ!」
倒れた衝撃で術式が途切れたのか、バラバラと崩れてゆく亡霊たち。しかし、それは終わって訳ではなく。その分裂したサキュバスの身体は狂ったようにのたうち回り、こちらへと迫ってきた。
「マジかよ!こわ!」
「煩い!早く行くわよ!もう少しなんでしょ!?」
「ああ!そのつきあたりの窓だ!」
「はっ窓!?」
彼は廊下の再奥にあるここでは一番大きいであろう両開きの窓を指差して叫ぶ。
「勢いよく行けば大丈夫って言ってたぞ!」
「いやそれ大丈夫じゃないでしょ!?」
「ごちゃごちゃ言うな!ここまで来たらそれにすがるしかないだろ!行くぞ!!」
「ちょ!?」
ソーンはわたしの肩を強引に掴み。言葉のまま勢いよく窓をぶち破る。
「うひょーーーー!やべぇ!!たけぇぞこれ!!」
「きゃーーーー!?!??!」
わたしたちは亡霊に負けず劣らずな奇声をあげ、最上階の窓から飛び出す。真下は真っ暗な谷底。怖くない筈がない。
『逃がさない───逃がさないひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!!!』
重力に引っ張られ落ちていく状況の中で亡霊の言葉が聞こえる。それでわたしは一瞬だけ正気を取り戻し後ろを振り返る。女王の亡霊は首だけになりながらもこちらへ向け飛び出さんとしているところであった。
「しつこいのよ!!!」
わたしは短剣を抜き、その飛び出した首に向け投擲する。
『ぎゃ!?!?!?!』
その短剣は上手く亡霊に刺さり壁に縫い付ける。
「はぁ…。ここを生き残ったらちゃんとあの子を叱らないとね…」
わたしは大きな溜め息をつきながら、谷底へ落ちて行った。




